353話 寝起き怪獣ハラペコンの襲来
「……め、し………。」サラサラサラ…
砂の城の様に呪怨鉄の小部屋が崩れさり、その向こうにシリュウさんが立っていた。
赤の上着を脱いでいる為、黒の肌着Tシャツ姿だ。
右手を魔鉄寝室の扉に付け、眠そうに目をショボつかせている。いつにも増してボサボサの黒髪が寝起き感を倍プッシュ。夏休み中盤の小学生の様な風貌──
「──『砂塵嵐』…!!!」
ダリアさんの力強い魔法が聞こえた。
私達の目の前、シリュウさんの姿を隠す様に渦巻く砂の壁が現れる。
ザァァァ…!! ジバッ…! ボバッ! ズァァァ…!
砂の流れに乱れが走っている。今にも弾けそう。いったい──?
「鉄盾出しなぁ!!」カッ!!
「は、はいっ!!」ビクゥッ!?
私に向けられた怒声に反射的に答え、鉄壁を展開。砂渦の手前に、足を作って自立させる。
「あ、あの、これって──」
「あのシリュウが魔力垂れ流してんだっ!! このままだとアタシら全員死ぬよっ!!」
「はいぃ!?」
ぴしぴしぴし…
会話している間にも事態が悪化していた。
展開したばかりの鉄壁に亀裂が入り、今にも崩壊しそうになっている。慌てて追加の鉄を合体融合させて壁を補修するも、嫌な音は断続的に鳴り響く。
この一瞬で、呪怨鉄の魔力霧散効果を上回る魔力が、叩きつけられてるってこと…!?
「ど、どうすれば!?」
「押し戻してっ扉を閉めるっ! しかねぇっ!」魔力全力注入…!!
砂と鉄の盾から顔を出して向こうを見る。
シリュウさんは寝ぼけた様子で、ふらふらとこちらに近づいていた。
さっき、確実に「飯」って言ってたよね? なら──
「分かりました!」ガシッ!
身体強化を発動させて、側に置いていた魔鉄保温器をひっ掴む。持ち上げながら盾から飛び出し、シリュウさんへと全力で駆ける。
「……ん……お………。」
ゾンビよろしく緩慢な動きで私に注目するシリュウさん。やはり料理が狙いだ。
その横を駆け抜け、要塞寝室の中に入る。
「そぉーいっ!!」
魔鉄保温器を、寝室の床にトスンと置く。
振り返ればシリュウさんが反転してこちらに向かってきていた。
目論見通り!
「シリュウさーん! これの中身は唐揚げですよ~!! 手間暇掛けた、絶品っですよー!!」
「……ん……あぁ………。」
トテトテと寝室へと戻ってきた寝ぼけ怪獣は、保温器の前で膝を着き、その中へと手を伸ばす。
よし、これで完全にシリュウさんの気を惹き付けた…!
保温してある唐揚げは、供物用に持ってきた残りだ。
使ったお肉は、角兎のもも肉。冒険者達が討伐し、新鮮なうちに丁寧に捌かれたとても良い物。
それを、貴重な砂糖と塩そして異世界お味噌の「ブライン液」もどきにしっかり浸して、下味を付けてから揚げたので抜群の美味さを持っている。
作ってから時間は多少経っているが、ちゃんと保温し続けていたから無問題。
腹ペコ怪獣に抗う術はあるまい…!!
「………。」もしゃ!もしゃ…!もしゃ…!!!
シリュウさんは、唐揚げを手掴みで食べ始めている。
まだ寝ぼけているのか目を閉じたままだが、味を堪能しているらしく、どっしり(?)とした謎に勢いの有るスピードで咀嚼していた。
私はその間に取っ手を掴み、踏ん張って扉を閉める。
キュラ… キュラ… キュラ… ガコン…
「ふぃー…、これでなんとかなったかな。」
『──いや、まだ解決してないよ。』ぽよん!
薄暗くなった部屋の中、腰から飛び出してきた鉄巻き貝スライム、アクアから念話が掛けられた。
おはよう。助言してくれるの?
「えと、どう言う意味?」
『彼が料理を食べ終わったら、また出ようとするだろう?』
「あー…。」確かに…
「…。」もしゃっ!もしゃっ! むぐむぐっ!…!
それなりの量は持ってきてはいたが、あの勢いでは数分しか持たないだろう。
「なら、外に出て、残りのラーメンを作りまくって──」
『いや。先ずは、そこの「魔力抑制具」を取って彼に付けるんだ。』ぽよっ…
アクアが、サイドチェストの上に置いてある、シリュウさんの黒い角兜を触手差した。
そっか。あれが普段シリュウさんの異常魔力を抑えてるんだから、安全確実か。
「私が触って平気なの?」
『問題無いと思うよ。とっととやってあげなさい。』
まあ、一応緊急事態ってことで…。
何故か無駄にひんやりする角兜をそっと手に取り、ゆっくりシリュウさんに近づく。
「シリュウさーん? 頭、失礼しますね?」
「…お……、ん……。」もしゃもしゃ…!
角兜は、半円の形をした額当ての両端に黒い角がくっ付いている造形をしていた。
どうやって頭に固定しているのか分からなかったが、ひとまず普段と同じ位置に合わせてみる。
すると不思議なことに、まるで磁石の様に角兜がシリュウさんの頭皮に吸い付いた感じがして、固定された。
座標固定とかの魔法でも掛かってたのかな…?
「アクア…? これで良い…?」
『…、うん。収まったね。』
シリュウさんは変わらず手を口に運んでいたが、異常魔力の嵐は止まったらしい。
よし。これで安全に寝室の外に出せるね。まずは残りの材料で手早くラーメンを作るか。
『溶岩君の自然魔力は、超大型台風と言うより「核爆弾の放射線バースト」って表現の方が近いけどね。』ぽよぽよ~…
被曝したら一発アウト!?
「え、私、もしかして、手遅れ…?」放射能汚染で細胞ボロボロ…?
『君は非魔種上に、風属性世界樹と激流蛇の加護が有るから平気だよ。』ぽよよん…
「そ、そっか、ありがとう…。」
親友も、遠い空から私のことを守ってくれてるんだね…。感謝…。
『感謝するくらいなら、思いつきで飛び出したりしないでほしいけどね? 溶岩君の抑圧無しの魔力は危険だと、隕石の直撃並みだって伝えたと思うんだけど?』
「ご、ごめんなさい…。」反省…
『まあ、動けるのは卑屈娘くらいだったろうし、最善だったろうから許すよ。』
「あ、うん。ありがとう、本当に──」
「うめ……、うめ………。」ほっこりねむねむ…
シリュウさんのうめき声に目をやると、唐揚げを全て食べ尽くしていた。
確かな満足を感じる雰囲気だ。
台詞だけ聞くと「これより毒ガス訓練を始める!!」って続きそうで、なんか不穏だけど。
『彼が溜め込んでいる保存食も出させて、とにかく食べさせてあげるといい。それで適当に落ち着くだろう。』
「あ、そっか。起きてるなら、シリュウさんの魔法袋が使えるか。」
『そう言うことだね。
それじゃ私は寝るとするよ。叩き起こされて疲れたからね。』
「あ、ごめん、本当…。」
『良いよ、この埋め合わせは溶岩君にさせるから。まったく、世話の焼ける「弟」を持つと苦労するよ。』ぽよふら~…
そう言って、アクアは私の腰へと跳躍し、プルプルボディを収納していく。
そして、巻き貝の蓋が閉まる直前、
『溶岩君、一通り満足したらまた眠ると思うよ。その時も君が責任を持って世話してあげることだ。』パコッ…
「え…。」このまま起きるパターンじゃないの…??
そう言って、アクアも眠りについたのだった。
自由人(自由精霊)のオンパレード…。
次の日曜日は少々忙しく更新はお休みします。
次回は24日になるかと。




