352話 お出掛けと供物奉納
すみません、遅くなりました。
「良い天気ですね~…。」
「結構、曇ってますけど…?」
私の言葉に、後ろを歩くトニアルさんが戸惑いの声をあげる。
「それが良いんですよ。
太陽が燦々としてたら外套の中が一気に暑くなりますし、かといって羽織らないとまだ寒いし…。
雨も降らず、風も穏やか。絶好のお出掛け日和、って意味での天気です。」
「そう言うものですか。」なるほど…?
「適当言ってんじゃないよ。」
隣を歩くダリアさんが口を挟んだ。
軽い口調とは裏腹に、左右別色の瞳が揃いのジト目で私を見下ろしている。
「本当に、そう思ってますけど?」
「普通に『過ごしやすい天気』って言いな。孫に馬鹿教えてんじゃないよ。」
「色んな意見に触れてもらう異文化交流じゃないですか~。」
「『異次元文化』の間違いだろ。」
流石はダリアさん。異世界文化であることを見抜くとは…、やりよる。
日本語は主観で表現がガラリと変わるからねぇ。
「でも、実際ちょうど良い気候でしょう? ほら、魔猪の森が在る北に比べれば。」
「そりゃ当たり前だよ。」
今日はこの3人で、町の南にある草原を歩いている。目的はシリュウさんの居る魔鉄家への訪問だ。
異常に寝続けているびっくり人間さんへの定期観察である。
「ところでダリアさん、本当に良かったんですか? 折角の休みをこんなことに浪費して。」
「あん? 居ちゃ悪いかい。」
「いや、ようやく長期の任務から帰ってきたのに、無理してないのかな、って。」
「この程度、休んでんのと変わんないよ。」
ダリアさんは、赤熱魔鉄が仕込んである保温容器を肩に担いでくれている。一抱えは有る上に、中に調理済みの料理を入れてあるのに随分と余裕そうだ。
トニアルさんにもこの後調理する予定の食材をいくつか持ってもらっているが、彼は重量を軽減する効果の有る簡易魔法袋持ちなのでまだ分かるんだけど。
流石は筋肉隆々エルフと言ったところか。
「シリュウ、元気だといいね。」
「どうせまだ寝てんだろ。」
──────────
魔鉄製の家へと到着した。
すぐ近くで待機していた魔物使いトリュンさんとその従魔鳥リーンさんに声を掛けてから、中へと入る。
今でも上級冒険者達による警戒監視は続いていて、今日は彼らの番だったらしい。こんな何も無い所でじっとし続けるのは苦痛でしかないはずなのだが、顧問さんから出る報酬が高く、存分に体も休められると言うことで、意外にも好評なんだとか。
とりあえず荷物を置き、シリュウさんの様子を見にいく。
「う~ん、やっぱり結構錆びてますね。パパッと取り替えますね?」
「ああ。念入りにね。」
「は~い。」鉄操作開始…
シリュウさんが寝ている要塞寝室の扉の手前には、私の鉄で簡易的に仕切った小部屋を設置してある。
これは寝室を開けた時に、外に異常魔力が漏れない様にする為のものだ。
私の呪怨鉄はシリュウさんが魔力を浸透させれば全く錆びなくなるが、意識が無い状態でその魔力を浴びただけではその現象は起きないらしい。
次の機会には魔鉄で二重扉にしないとダメだな。
「よし、完了。んじゃ、中に入りましょうか。」鉄扉をガチャッ…
「おう。」
ダリアさんと2人、寝室の中へと入る。暗い部屋の中で、シリュウさんは相変わらずスヤスヤと寝ていた。
鉄のリクライニングシートの上で、丸まった猫の様な有り様である。
水差しなんかを素早く確認して、悪影響が出る前にすぐに退出した。
「ったく、ぐーすか寝てやがったねぇ。」
「でも、水差しのお水がちゃんと減ってたから、時々起きて飲んではいるっぽいですね?」
「蒸発しただけだろ?」
「いや、アクアの生成水は自然蒸発しづらいんですよ。水魔力たっぷりなので。」
「あの狂った魔力場の中で状態を保ってる方が異常だけどね…。」
「あー…、そう考えるとやっぱり蒸発分解されただけだったかな…?」
まあ、考えても仕方ないことは放置しよう。うん。
部屋に戻った後は料理である。
作るのは試作が完成したばかりの、なんちゃって味噌ラーメンだ。
食いしん坊なシリュウさんのことだから、美味しい新作料理をこれ見よがしに作れば起きてくる可能性もあるかも?って淡い期待を込めている。
さながら、神前に奉納する供物の如し。
食の神様、異世界で、こんなに美味しいものが出来ましたよ…。感謝です…。的な?
──────────
「」もぐもぐ! がつがつ!
トニアルさんが、まるで食べ盛りの子どもの様な勢いでがっついている。
味噌味の濃厚スープに浸かった麺を鉄フォークで器用に絡めとり、スパゲッティーの如く口に運ぶ。存分に咀嚼して呑み込んだのも束の間、保温器から出した温か唐揚げをブスリと刺し、口いっぱいに頬張る。
キラキラ茶髪のイケメンな風貌が、完全に霞んでいるね。幸せそうだから良いけど。
「いや、やっぱ美味いですね、この麺料理。」ちゅるパクっ…
「お口に合った様で良かったです。」
外に居たトリュンさんにも味噌ラーメンの味見をお願いしつつ、魔鉄家の中で休憩してもらっている。流石に忍びないからね。
小さな鳥魔物のリーンさんは、小皿に注いだアクアのお水をとても優雅に飲んでくれているので、少しは癒しになっていることだろう。
「田舎の豆の漬け物を使ってるって聞いて、警戒しましたけど、全然いけます。」ちゅるり…ちゅるり…
「アタシとしちゃ『激不味実』の汁入り、ってことにビビるけどね。」それでもずるずる啜り…
「全くそう思えないっすよね…。」げんなりしつつも手は止めない…
うむうむ。概ね、好評だな。
それなりに食える物には仕上がったらしい。
ミハさん達からも好感触の感想を貰っているし、ひとまず完成と見て良いだろう。あとは細かい改良を加えつつ──
──キュラ… キュラ…
「え?」
要塞寝室の扉が開く音が聞こえた。魔鉄ベアリングの回転音だ、間違いない。シリュウさん、起きてきた──?
ポロポロ… パラパラ… ザァー…!!
「「「──!?」」」
私が疑問に思っている間に、小部屋の鉄がまるで砂の様に崩れ、その向こうが露になる。
「………飯………。」
次回は10日予定です。




