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350話 味噌料理の探究とズレた恩返し

 ずずずっ…

「美味しいわぁ~…!」ほわぁ…!


 汁物を飲んだ紅蕾(ママ)さんが笑顔でそう口にする。正しく、花が開いた様な素敵な表情だ。

 今日は彼女のお店で新作料理の味見をしてもらっている。



「ん。これ。美味(おい)、しい。」はぐ、もぐ、ずずっ…!

「これ、ホントにクロドロじゃん…??」ずずっ… もく… もく…


 凄まじい勢いで具材を掻き込むウルリと、疑いの目を向けながらも木匙(スプーン)を動かし続けるエギィさん。



「お口に合った様で良かったです。」ほっ…


 ベースにした野菜スープは異世界(こちら)の料理だから、そう外れないだろうと推測していたが。田舎の無名発酵食品である豆味噌もどき「黒泥(くろどろ)」が果たして受け入れられるかは、かなり不安だった。

 一応、屋敷でミハさん達にも試食してもらっていたが、(準)身内扱いで贔屓(ひいき)してくれていた可能性が消せなかったし。


 そっと、安堵の息を吐く。



「よくあんな見た目の物、魔猪肉(まちょにく)のスープにぶち込む気になるよね…。」ジトーッ…


 お店の若き料理長サシュさんが、呆れを含んだ強烈なジト目を向けてきた。

 正気を疑う様な視線が私にズビッと突き刺さる。



「あははは…。色々と試行錯誤した結果、と言うか…。作りたい料理が出来なくて、方針転換した産物と言いますか…。」


 私が店の調理場で作りあげたのは「豚汁(とんじる)」だ。

 豚肉の代わりに、薄切りにした土魔猪肉を。大根や人参はそれらに近い見た目の異世界野菜達を使い、どっしりとした旨味の汁物(スープ)を作る。そこにおたまを使って異世界お味噌をガンガン溶かしていき、最後に足りない塩っ気を削った岩塩で足してやれば、ほっこり温まる至高の豚汁の出来上がりである。



「これが諦めた結果なんだ…。」そうは思えないけど…

「テイラさんは、博識ですねぇ~…。」美味しいわぁ…


 元々は王道たる「味噌汁」を作ろうとしていたですけどね…。この町で手に入る食材では再現できなかった。

 やはり、鰹節と昆布じゃないと味噌汁って感じにはならなかったのだ。決して不味くはなかったのだが、「これじゃない」感が無限大。

 魚の特殊な発酵食品に、海の雑草。とてもではないが似た物を用意できなかったから断念せざるを得なかった。


 残念である。

 まあ、豚汁も美味しいから良いんだけど。



「それで、魔猪汁(これ)どうするの?」


 紫色の大根をはぐはぐと食べながら、ウルリが尋ねてくる。



「どうするって?」

「や、ギルドとかお貴族様に売りつけるのかな、って。」ずずっ…!


 ああ、レシピの行方が気になるのか。



「できれば、このお店のメニューに加えてほしいかな。」

「へ…?」手が止まる…

「ん…??」眉を寄せる…

「は…?」ぽかーん…

「あらぁ~…?」首傾げ…


 ん? 皆さんが固まった。あ、『お品書き(メニュー)』が通じなかったか?



「ここで出す料理として作ってもらえたら嬉しいな、って思ってる。具体的に言うなら、紅蕾(コウライ)さんとサシュさんに作り方を無償で売る形になるかな?」

「…、え~…???」


 なんかものすごく顔をしかめられた。迷惑だったかな?



「別に無理にとは言わないよ? 色々と抵抗感の有る料理だってことは自覚してるし。」

「や! 違う!

 なんでこれ以上良くしてくれるのか、分かんないだけなんだけど!?」

「」無言の全力肯定首振り!


「ん? どゆこと?」WHY(ホワーイ)…??

「あのねぇ…。

 ママを救う為に鏡の煙突とか精霊の水とかくれた人が、なんで、新作料理まで教えてくれるの、って話をしてるの。」

「そうですよぉ~、こちらが恩を一方的に貰いっぱなしですぅ~。」


 ん~…、別に一方的って言うほどの偏りは無いと思うけど…。



「私だって異世界モンブラン(美人強壮)を散々いただいてますし、レシピ(作り方)まで教えもらってますけど…?」

「それ、釣り合ってませんよぉ~??」

「いいえ! 凄まじい甘味を思う存分楽しめる空間は、(ひと)生命(いのち)に匹敵します…!!」

「…、(何、その力強さ…。食の変態過ぎる…。)」呆れ…


美人強壮(あれ)だって、ウルリがやらかした()びにって話じゃん…??」

「ん…。そうね…。」思い出し遠い目…

「それはそれ! これはこれ!」

「…、ほんと、テイラって変な所で話が通じないよね…。」もう良いけど…


 皆さんが頭痛を覚えたかの様に呆れた雰囲気になった。

 よし、これで過去の細かい話は有耶無耶(うやむや)になったな。



「話を元に戻しますけど、この料理をここで作ってもらうのは私にも利益が有るんですよ?」

「…、どこに…?」


「ズバリ、黒泥料理文化(・・)がこの町に定着することです!」ババーン!


「…、(ウルリ、意味分かる?)」ひそひそ…

「…、(分かる訳ないでしょ…?)」

「つまりぃ~、この町の名物にしたい、ってお話ですかぁ~…?」

「ママ、今の分かったんだ…。」すごい…


「流石は紅蕾さん。その通りです!」ザッツライト!

「でもぉ、それならギルドに売った方がお得じゃ有りませんか~? ウチじゃ力になれませんよぉ~?」


「いえいえ、そんなことは有りません。ここには、黒泥(クロドロ)の扱い方が分かるエギィさんが居ます。それに普通の豆を発酵させて作る調味料ですから、植物の力を操れる紅蕾さんなら色んな状況にも対応できると思うんです。新しい加工方法を見つけたり、万が一の健康被害を防いだり…。」


 いくら異世界豆味噌が有名になろうとも、それが活用されなければいずれ廃れることは明白だ。

 私個人の欲求で取り寄せただけとは言え、ここで終わってしまうのはあまりにももったいない。

 生産地である村では和え物としての活用ぐらいしかないそうなので、バリエーションが増えて需要が増すことこそ、必要なのだ。



「欲しいのは利益じゃありません。美味しい料理が増えて、皆が笑顔になること。それが人として大切なことなんです…!!」力説…!

「…、ねぇ。豆泥(これ)に精神汚染の力とか無いよね…?」当たり前だけど…

「有るかも…。」マジ自信なくなった…


「なるほどぉ~。テイラさんはぁ、竜喰い様の為に、美味しい料理をたくさん増やしたいんですねぇ~。」ほんわぁ…

「はい! その通りです!」

「それなら、是非とも協力させていただきますわぁ~…!」

「ありがとうございます!」

(((…、ママ、すご…。)))諦めの境地…


 やったぜ、シリュウさん! 新作料理がさらに増える予感ですよ! 巨大食文化圏、構築の第1歩だぁー!(適当~)


「豚汁」って、「とんじる」呼びと「ふだじる」呼びで地域差が有るそうですね。

別にどっちが正しいとかを議論する必要はないので、とりあえず、この話ではとんじる呼びで統一させておきます。


次回は27日予定です。

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