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347話 味噌料理の探求

「これが、(くさ)り豆…。『腐豆(ふとう)』ですか…。」

「なかなか、アレね? ちょっと、食べられる物か見た目では判断できないわね…?」


 リーヒャさんとミハさんが揃って微妙な顔で、目の前の木桶を見つめている。

 中身は当然、異世界お味噌だ。


 本日は屋敷の調理場にて、新たに入手した食材を使った創作料理研究である。



「ちょっと泥水とか、粘土みたいな感じ有りますよね。これを作っている村でも、『泥豆(どろまめ)』とか『黒泥(クロドロ)』とかって呼ばれてたみたいです。

 でも、ちゃんと美味しいですよ?」


 お2人は共にベテラン主婦だ。この食べ物の魅力が伝われば、素晴らしい料理を生み出されるはず。ここは是非とも協力いただきたいところ。


 解説をしながら、警戒心を解いてもらう為に先陣をきる。

 用意してもらったキュウリもどきである水瓜(ミズーリ)を手に取り、異世界お味噌に付けて(ディップして)1口噛る。



「」シャクシャクシャク…


 うん。これもシンプルに美味しい。味噌の塩気とキュウリの瑞々(みずみず)しさは抜群に合うよね。


 まあでも、できれば夏に食べたいやつだな…。

 なんでこの世界のキュウリはこんな晩冬でも青々と()ってるんだろう…。やはり魔力か。



「大丈夫、そうね…。」香りは良さそうなのだけど…


(立ち(のぼ)る独特の「障気(しょうき)」が、気になりますね…。)本当に無害なのでしょうか…?




 ──────────




 次に簡単な味噌ダレを作って、薄切りの魔猪肉に絡めて焼いてみた。

 焼けた味噌の香りが鼻をくすぐる。とても良い感じ。



「では、これもいただきますね。」


 ナイフで1口サイズにカットし、鉄箸で口に運ぶ。


 うん! これは美味しい!


 加熱したら風味が薄まるかと思ったが、むしろ旨味が増えている気がする。なかなかの幸せ味。

 砂糖なんかを混ぜた影響もあるだろうけど、これはこの味噌の特性なのではないだろうか?



「加熱するのがむしろベター? 常温で使うよりもアリ…。炙り以外にも煮込みも…。」ぶつぶつぶつ…


「テイラちゃん、私もいただいて良いかしら…?」

「あ、どうぞどうぞ。」


 味噌ダレにしたことで見た目の悪さが改善できたからか、ミハさんが味見を申し出てきた。

 うっすらと橙色の光に包まれた指で、肉を1切れ摘まみ、口にする。


 もぐ…もぐ…もぐ…こくん…

「面白いわね…! 美味しいわ…!」きらん…!


 ミハさんの目の色が変わった。

 見た目はキラキラ髪のエルフ美人だが、その瞳に宿るのは、スーパーで特売品を見つけた主婦のごとき熱意だ。



「私も、よろしいですか…?」

「ええ、リーヒャさん。いけそうならいっちゃってください。」




 ──────────




 その後、リーヒャさんも異世界味噌の魅力に嵌まり、3人で色々と料理談義をしながら試作を続けた。


 私には見えないことだが、異世界味噌から発せられる「障気」が、加熱することで消え去る為により抵抗なく食べられる様になるらしい。

 この世界で言うところの障気とは、微生物が発する魔力反応ことだと推察される。だから、熱で異世界コウジカビが死滅し、その生命反応が止まるのだろう。


 生きた麹菌(こうじきん)が体や腸内環境に影響を与える恐れもあるし、他人に提供する時は加熱が基本になるかな。



「そう言えば。腐豆(これ)を持ってきた方と揉め事になったと聞きましたが、大丈夫だったのですか?」

「え? ああ、はい。まあ。

 顧問さん達のご助力のおかげで、なんとか。」


 あの次期村長を自称する男は、男女差別はしても種族差別はしない奴だったらしい。

 土エルフの顧問さん達が交渉してくれたおかげで比較的スムーズに取引を終えている。


 この町の女冒険者達は実力派揃いだから不用意な言動は控えた方がいいと、やんわり釘を刺してくれたらしいので多少は落ちつくと良いのだが。



「ミハさん、顧問さんに改めてお礼がしたいんですけど何が良いですかね?」

「それはいいのよ。父さんも気にしてなかったし。」

「いやぁ、そうは言っても。私が個人的に依頼したことでひどく手間を掛けちゃったんで…。」


 ものすごく申し訳ないんだけど…。

 一応、こっちも手を出してるから傷害罪に問われかねないし。日本とは色々と価値観が違うとは言え、犯罪は犯罪だしなぁ。



「むしろ父さんは喜んでたわよ? テイラちゃんに恩返しができたって。」


 まだまだ返せていないって嘆いてたくらいよ? と言って、ミハさんが優しく微笑む。



「へ? 恩返しも何も、むしろ(こっち)がお世話になりっぱなしですけど…??」


 住む所に、食料調達、各種手続きと、顧問さん達が様々なものを提供してくれているおかげで快適な生活ができ、かなり好き勝手やらせてもらっている。

 迷惑度合い的に私側の負債が超過しているくらいだが…。



「ふふ。やっぱりテイラちゃん、分かってないのね。

 父さんに『蒸留酒』の作り方を教えてくれたこと。これってとても凄いことなのよ?」

「蒸留酒ですか…?」


 まるで釣り合いが取れている様には思えないけど…。



「父さんは一般的な土エルフの生まれだけど、鍛冶の腕はからきし駄目で魔法の技量も並、魔力量もエルフの水準からすると低くて色々と劣等感…と言うか、苦労してきたのよ。

 そんな父さんにとって、土エルフの命とも言える『お酒』を作る技を教えくれたテイラちゃんは恩人なのよ?」


 父親の過去を淡々と語るミハさん。

 大陸中央から離れて特殊なギルド職員になっているのには、色々と事情が有ったらしい。



「い、いやぁ、そうは言っても…、私がお伝えしたのは、聞きかじった知識で…。しかも元々お酒になってるものを加工して、違うお酒にするだけのものですし…。生産ラインを確立した顧問さんの方が凄いと言うか何と言うか…?」

「覚えた魔法の鍛練をするのと、魔法が使えない人を魔法が使える様にするの。どちらが凄いかは言うまでもないでしょ?」


 確かにそう聞くと偉業の様にも聞こえるが…。なーんか納得し難いな…。



「それでも何か父さんに利が有ることをしたいなら、それを使ってシリュウに美味しいものを作ってあげて? それが一番、皆が幸せになると思うわ。」


 それはもちろんそうするつもりだったけれど…。(けむ)()かれたと言うか、上手く話題を逸らされた感じだな。

 まあ、問答しても仕方ない。前向きに考えよう。



「分かりました。とことん美味しいものを作ってみせます!」

「ええ。そうしましょう。」

「お手伝いしますよ。」

「ありがとうございます! じゃあ次は『お味噌汁』を作ってみたいんで──」

「なるほど。スープにして──」

「煮込み料理にも──」


次回は10月6日予定です。

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