346話 異世界お味噌ォォ!!
小さな木桶に入った、焦げ茶色のドロドロ。
存外に水気が多いのか、作りたての泥団子の様な光沢具合だ。
テーブルの上に置かれたそれをじっと観察してから、鉄匙を取り出し少量を掬いとる。
想像していたよりも抵抗が有り、みっちりと高密度。顔の前に持ってきて匂いを嗅ぐと、複雑な香りが鼻に届く。
不快ではない。むしろ期待度爆上がり。
髪留めの危機察知も反応してないし、これはもういくしかあるまい。
「いただきます…。」ボソリ… パクっ!
もぐもぐ…
これは…。 これ、は………!!
「だ、大丈夫、じゃん…?」がくぶるガクブル…
傍らで、やたら怯えながら私を見守るエギィさんが震えた声で問いかけてきた。
スプーンを置き、率直な意見──味の感想を、伝える。
カッ!!
「美味ッッ!!」目かっ開き!
「ひぃっ!?」怖い!?
ついに、ついに!
念願の「異世界お味噌」を手に入れたぞぉぉぉ!! ジョ○ョォ!!
我が世の春が来たあぁぁぁ!!
──────────
話は少し前に遡る。
赤熱剣士さんと戦い終わった私は、すぐさま町に戻り「蜜の竹林」へと直行していた。
本当なら戦いの後始末を皆さんとしてから、魔鉄家に備えつけてあるお風呂で汗を流そうと思っていたのだが、衝撃の事実が判明し予定を変えている。
赤熱剣士さん達は輸送護衛の任務でこの町へとやってきたのだが、彼らの護衛対象が運んでいたのはなんと、私が注文していた「異世界味噌」だったのだ!
風呂入ってる場合じゃねぇ!!と、仲介してくれたエギィさんの所へとやってきて、こうして味見していると言う訳。
「うん、想像以上に塩気が薄いし、何とも言いがたい苦味ってか臭みも感じるけど、この風味とコクはなかなかに美味しい…! これは期待以上ですよ、エギィさん!」
「ひ…、ひぃ…。」がくぶるがくぶる…
はて、なんでこんなに怯えられているんだろう? この食べ物はエギィさんの村で作ってたものだからどんなものかは知ってるだろうに。
「あの? 安心してください? ちゃんと正規の値段以上で買い取りますし、むしろお礼したいくらいですから。」
「」無言ぶるぶる…
「…、や。その変な食べ物のことで怖がってんじゃないよ…。」さすりさすり…
エギィさんにヒシッと抱きつかれているウルリが、彼女の背中を擦りながら呆れた様に言う。
「私、エギィさんになんかしたっけ?」
「エギィのとこの村長、絞め落としたでしょ…。」
ああ、それかぁ。
店の前に放置してある鉄棺の中身のことを思い出す。
「いやぁ、だってあんな横柄な態度取られたら話進まないし、こっちも気分悪いし。別に、エギィさんを責める気はさらさら無いよ?
あと、村長じゃなくてその息子さんで、自称『次期村長』だって。大丈夫だよ多分。」
「ん…。まあ、それは分かるんだけどね…。」よしよし…
「ひぃ…。」絶っ対、ヤバいぃ…(泣)
思い出すのも面倒だけど、異世界味噌を持ってきた村の人はかなりのダメ人間だった。
なんか、村の特産(まだ無名の謎発酵食品)が貴族の目に止まったと勘違いしてたみたいで、やれこれから大金持ちだの、やれ敬えだの、赤熱剣士達は用済みだの、早く町を案内しろ女だの、それはそれは天狗になっていた。
依頼主は私だと説明しても、女で野蛮な冒険者じゃ話にならんとか言って聞く耳持たないし。
とりあえず信じてもらう為に顔見知りだろうエギィさんと引き合わせたら、会った途端に「結婚」だの「奉仕」だの「村への仕送り」だの、まあ差別用語と上から目線のオンパレード。「男尊女卑」が服を着て歩いてるのかと本気で疑ったレベル。
思わず鉄が出たよね。こう、首をキュッ!と。
味噌を持ってきた人じゃなかったら〈鉄血〉ってたと思う。割りとガチで。
「まあ、突然店にあんなダメ人間連れてきたのは、ほんとごめん。今度、なんかお詫びはするから。」
「や、いいよ。紅蕾をあんなに元気にしてもらってるんだから、全然大丈夫。」
「」それはそう!と全力でうなずく…!
「そのママさんを置いてけぼりにしてんすけどね…。」今さら罪悪感…
生やした金竹の処理は本人に任せた方が早いらしいし、体力を使い果たした凡骨さんを同行させるのも気が引けたし、私が行動するのが手っ取り早くはあったんだけど…。
今思えば、ちょっと暴走気味だったよなぁ…。
「それよりその、ミソ?だっけ? どうするの?」
「さっきも言ったけど、全部買い取る。完全に気に入った。」ふんすー…
「や、そのお金を渡す相手が気絶してるのに、って聞いてるんだけど…。」
「ああ、そのこと? んー、エギィさんに預ければよくない? ギルドの個人口座とか有るで──」
「」ブンブンと首横振り…!(泣)
「止めたげて…。」呆れ…
村から持ち込まれた味噌もどき達は、目の前の桶だけじゃなく、一抱えは有る木製樽が数杯もの量が有った。それらは馬車の荷台に乗せられており、先に顧問さんの屋敷に届けてもらえる様に手配してある。
あれら全てを珍しい食材として高値で買い取ったなら、結構な金額になるだろう。個人で持つには危険か。
「あのダメ人間に渡したら、なんか、余計なことに使う未来が見えるしなぁ。」
「それは、私もそう思うけど…。」
「この食べ物を作ってるのは、今も汗水垂らして働いてる村の女性達なんだし、その人達の利益になんないとダメだよね。
ギルドの口座を、村全体の運営資金用に開設して、そこに支払うってのが穏当かな…?」
「え? そんなのできるの?」
「できるはずだよ。法人口座…、は伝わらないか。ほら、えっと、パーティ単位でお金預けたりできるでしょ? 確か。その応用。
エギィさんの村と最寄りのギルド支部の規模にもよるけど──。」
「ああ、なるほど──?」
まあ、ここで話し込んでも進展はしないだろうし、他の人に相談するべきだな。
「それじゃ、私はあのダメ次期村長を連れて帰るね。」
「え? ん…。大丈夫なの…?」
「まあ、なんとかする。
あの手合いは、権力とか見てくれに影響受けまくるから、土エルフの顧問さんとか、貴族対応のゴウズさんとかを間に挟めば割りとすんなり話は聞くと思う。お願いして、説得してもらうよ。」
「うまくいく? それ…。」
「ダメなら、上位夢魔に洗脳してもらう。」てきとー…
「ええ…?」それは非道過ぎない…?
そして私は、棺を即席で作った鉄鎖に繋いで、下部に車軸も付けて簡易荷車にし、引っ張って歩きだした。
気分はちょっとだけド○クエの全滅パーティだ。この棺は決して仲間ではないが。
「シリュウさんが寝てて正解だったのか、はたまた魔力威圧で脅してもらった方が手っ取り早かったか…。どっちだろうな~…。」ゴロゴロゴロ…
美味しい調味料をゲットするのに、余計なケチがつく世の中。ままなりませんね。
次回は29日予定です。




