345話 可能性をもたらすもの
ジリジリと距離を測っている、赤熱剣士さんを見つめる。
別に私はこの人をボコボコにしたい訳ではない。特段、何の被害も受けてはいないのだし。
ただまあ、男のプライドとやらでリベンジしたい気持ちそのものも分からんでもない。舐められたままだと、ずっと劣等感に苛まれるだろうし。
とは言え、わざと負けるのは却って神経を逆撫でするだけだしなぁ。
視線を、解説席で嬉々として実況してるらしいダブリラさんへと移す。
試合中の私達が集中できる様にフミさんが風魔法で遮ってくれているのか、不自然なほどに向こうの声が届いてこない。助かる、じゃなくて。
半端なことをすれば、あの夢魔が横槍を入れてくる可能性がある。盛り上げる為に、凡骨さんを精神汚染して暴走させる、とか。
うん、やるな。やるかどうかで言えば、かなりやる。
こちらを見守ってくれている紅蕾さん、警備監視の冒険者の皆さん、不安気な赤熱剣士彼女さん、何やら野次を飛ばしている観客達。
これだけの人が見てる中で、不真面目なこともやりづらいし…。
よし、何か一撃で決着をつける形に持っていこう。
「相談が、有るんですけど。」
相手に確実に聞こえる様に、喉辺りに気持ち強化魔法を掛ける感じで大声を出した。
「…、なんだ?」
「このままジリジリと戦いを長引かせたくないので、勝負を決めにかかりたいです。
どうしたら、あなたは、納得してくれますか?」
顔を険しくして訝しみながらこちらを睨んでくる凡骨さん。
真剣に悩んでいたらしく、ややあってから口を開いた。
「俺は、この炎剣で、どんな障害でも切り裂いてきた。だが、あんたの金属は斬れなかった。
だから、その金属を、最大防御状態で、俺の全霊で叩き斬ってみてぇ。」
「なるほど…。」思案中…
最大防御…。
また微妙に難しいことを。
普通に思いつくのは、単に分厚い鉄壁を展開することなんだけど…。絵面が絶対地味だよね?
やっぱり障壁は派手に砕け散ってこそだと思うし。
硬さって意味だと、シリュウさんの褐色魔鉄が最強だと思うけど呪鉄の能力とは別カテゴリーだ。それに、防御に使える様な量は手元に無いし。
赤熱魔鉄の方は、槍の穂先用に武器としていくらか貰っているけど攻撃用だから関係ないよなぁ…。
風の防御膜展開魔法〔突風の守り手〕は、バトルの派手さ的には適合するけど凡骨さんの求めることとは違うし…。
「鉄…、鉄の防御…。やっぱり分厚く…? せめて形だけでも…。」ぶつぶつ…
防御、棺、壁。風、膜、受け流し。
身体強化、鉄収納、体質調整、危機察知、凡骨さん。
…なんで私この人のこと、「凡骨」なんて呼んでんだっけ?(脱線思考)
チンピラ風、イキリ冒険者、うるさい人…。あ、そうか。「喚く」人だったから、遊○王の海○瀬人の台詞「喚くな!凡骨!」で連想したんだっけか。
凡骨…、一般人を意味する言葉…、ギャンブル決闘者城○内克也…。
三つ首の顎、伝説の次回予告、墓荒らし、サ○コショッカー、タイムマジック──
「あ、そうか!」閃き走る!
──────────
「さあ! 鉄っち選手、動きはじめた~! いったい何を仕出かすのか~!♪」わくわく♪
「テイラさんの金属はぁ~、魔力に対する抵抗がとても高いのでぇ、本格的に守りに入られると厳しいと思いますぅ~。」
ノリノリで実況をする灰色夢魔と、真面目な解説をする花美人。
2人が見つめる先で、青髪ポニーテールの鉄使いが防御技の準備に入った。
両手を胸の前で叩き合わせ、小さな声で何かを唱える。
すると緑色の髪留めから風属性の魔力が溢れだした。
「あらぁ~、とても良い風魔法ですぅ~。」
「ん~? 鉄に風でも纏わして盾にするのかな?」
この風は単なる演出である。精一杯思いついた防御形態を、少しでも派手に見せる為のもの。
緑の風を隠れ蓑にして、テイラが腕輪を連続起動し自身の周囲に呪鉄を大量展開していく。
その様子を見ながら、赤熱剣士フギドも静かに闘気を高めていた。
「特殊召喚!!」
目をカッ!と見開き、意味の無い掛け声をあげるテイラ。
それに合わせて、彼女が握る鉄の棒と接続された周囲の鉄塊がウゴウゴと蠢き、その姿を覆い隠す様に広がって、何かの形を成していく。
やがてそれは、軽自動車ほどは有る黒く刺々しい鉄像へと変化していった。
大まかな形が出来たところで、内側から赤熱魔鉄2つを目に当たる部分に嵌め込み、完成。
魔鉄を起動し赤く光らせながら、鉄像の中のテイラが叫ぶ。
『──赤眼黒竜の首ッ!!』ゴオオオオッ!
「「「!?!?」」」
突然現れた黒竜の首に観客達が度肝を抜かれる。
一般人からすれば、黒竜の頭を部分召喚した様に見えるのだ。
(いやいやいや!? シリュウくんの火魔力を纏わせるとか悪質だねぇ!?)
(あれはちょっと相対したくないかもですぅ~…。)
もちろん、竜の頭の中身は空っぽのハリボテであるが、その赤き眼から発せられる魔力は最強存在のもの。
テイラとしては赤く発光するちょうど良い物体だったのだが、攻撃用に作った魔鉄が発する魔力波動は絶対強者のそれである為、その姿と相まって威圧感はかなりのものであった。
戦闘狂優男が面白い物を見たとばかりにギラギラとした目で身を乗り出し、クラゲ頭の水エルフが一瞬だけでも怯んだ己を痛烈に恥じる程に。
「は──、はははっ! そうか! あんた、竜騎士か! 相手にとって不足ねぇ!!」
赤熱剣士はただ受け入れ、笑った。青髪鉄使いは、自分よりも高みにいる強者であると。
今この瞬間、全力で挑むのみだと。
「──炎熱超強化…!」
彼の身体から赤い魔力粒子が吹き荒れ、炎に包まれた様な姿になる。
残存魔力を全て注ぎ込み、短い時間だけだが爆発的な能力を得られる強化魔法だ。体内の魔力回路への負担も大きく、最低でも数日は使いものにならなくなり、下手をすれば一生ものの後遺症が残る自爆技。
「──!」
赤い残像となった剣士が、一瞬で黒竜の頭へと到達。
赤熱剣を一閃した。
──キィィンッッ!!
鉄の竜の鼻面に、ぱっくりと溝が刻まれる。
力と技量を以て、斬鉄を成したのだ。
だが、それが限界だった。
「俺、の、負け…だ。」どすん…
赤い魔力を消し、尻餅を付いた剣士は。
汗が噴き出し疲れきった顔をしていたが、どこか清々しい雰囲気だった。
「白き竜がもたらすのは『勝利』。
黒き竜がもたらすのは勝利にあらず、『可能性』なり。」的な何か。
その頃の中の人
「あれ…? 今、何かされた…??」気のせいかな~…?
次回も、月曜祝日の、23日予定です。




