340話 お昼休憩と焼き肉の楽しみ方
──ジュウウウ!
実にお腹の減る、美味しい音が魔鉄部屋の中に満ちる。
今は模擬戦闘を中断しての休憩、もとい、ローリカーナの回復待ち時間だ。
火魔法使いさんの容赦ない火炎でまたまた大火傷を負ったから、時間が掛かるついでに早めのお昼ご飯タイムと洒落込んでいる。
音の発生源は、赤熱魔鉄の上に取り付けた幅広の鉄板。
両腕を広げたくらいは有るそれで焼いているのは、肉と生地だ。
野苺もどき・リンゴもどきの酸味果汁や、擦り下ろした大根もどきに漬け込み柔らかくしておいた土魔猪肉。これには、蜂蜜も結構な量を投入してあるからまろやかな味に仕上がっている。
シンプルに塩・胡椒で下味を付けた火魔猪肉も有るし、主食代わりにキャベツもどきたっぷりなお好み焼きも用意した。
お好み焼きのソースには、焼いた魔猪肉の肉汁に下味の漬け込み汁を合わせたものを流用している。
流石にウスターソースもオイスターソースも作れないからねぇ…。まあ、なかなかな旨味になっているからとりあえず良しとしよう。
寝ているシリュウさんの代理でいただいた風魔猪の生燻製肉(字面がやっぱり意味不明だな…)も特別提供しているが、こちらは馴染みが無いからか、あまり消費されてはいない。
むっちりとした噛み応えがちょっと独特だもんね~。
やっぱり含有する風属性魔力が良いのか、風魔法使いさんだけが鼻息荒くちまちまと食べてくれているし、無駄では無い様だが。
朝から拡声魔法で働きづめだし、気にいってくれたならこちらとしても用意した甲斐が有ったと言うものだ。
「ラーシさん、その辺りの肉いけます。どうぞ。」トング操作で肉焼き…
「悪いわね。」発動…
赤い魔法腕が2つ伸び、1つが熱々の肉を掴み、もう1つが鉄ボウルの中の葉物を取る。
宙へと浮いた肉が、しゃきしゃき葉っぱに包まれ発動者の口へと運ばれていった。
「この組み合わせ、良いわね。いくらでもいけそう。」もぐもぐ…
そう、このレタスもどきはサンチュの代わりだ。
肉単体だと脂が胃にもたれるから、新鮮なレタスもどきで巻いてさっぱりといただける、という寸法。魔猪肉は脂が少ないと言え、余計な要素は排除してしっかり食べてほしいし。
「今日はかなりのご面倒を掛けましたし、どんどんいってください。まだまだ焼きますよ!
あ、フーガノン様、こちら焼き上がりました。庶民料理ですが、どうですか?」鉄コテ持ちかえ…
「いただきましょう。」カトラリーを手に取る…
実はこの場には、珍しいことに竜騎士フーガノン様も来ていらっしゃる。
優雅な手つきで鉄皿に乗ったお好み焼きを持参フォークで切り分け、流れる様に口にする。咀嚼するのも飲み込むのも、なかなか早い。
気にいってはくれた様だ。これはもっと大量に作らねばならないか。
元々の予定では協力してくれている上級冒険者の皆さん用に料理を準備していたのだが、クラゲ頭と激闘を繰り広げた彼にも食べる権利は有るだろうと思いたち、参加を提案してみたらあっさり承諾してくださったのだ。
…まあ、時系列的に正しく言うなら、部下の方から受け取った小さな携帯食を草原で立ったまま食べていらっしゃるのを見かけて。
憑依召喚の反動で相当な空腹に襲われていたらしく、独断での参戦だった為に食事の準備等もなく、ならばとお誘いした次第なんだが。
貴族の彼が冒険者と食事をすることを部下の方達は不安に思っていた様子だったが、フーガノン様が軽く説得して──と言うか半ば強行して──席についている。
今も開けっぱなしの扉の外で待機している騎士の皆さんには悪いと思うが、「返せる恩は返せる時に」の精神でやらせてもらおう。
「やっぱり『憑依召喚』ってのは消費が激しいんですね、竜騎士様?」
「ええ、そうですね。」スッ…パクッ! スッ…パクッ!
「ちょっと。止めときなさいよ、リグ。」
「単なる世間話だって。大丈夫だよ。
ですよね?」
「ええ構いませんよ。」肉も受け取りながら…
ラーシさんにたしなめられながらも質問をしているのは、軽薄男──もとい、「赤の疾風」のリーダー、リグさんだ。
今日の模擬戦闘では、会場の警備を担当──野次馬が乱入しない様に、また彼らに流れ弾が及ばない様に──してくれている。
「いやぁ、あれは凄いですね! 正に人型の竜!って感じで! あ、飲み物、注ぎます。」早口&水差し…
「どうも。」
持参した金竹製らしきコップに入れられた水を、静かにされど手早く飲み干すフーガノン様。
食事を続けながらリグさんとにこやかに会話している。
「魔力切れで無ければ、貴方とも手合わせしてみたかったのですが。」
「いやいや。俺なんてとんでもない。何もできずに瞬殺ですよ。」
「ご冗談を。冒険者の上級パーティを率いる貴方が、その程度など有り得ぬでしょう。」
「俺は器用貧乏でしてね、やれることは多いんですが決定打に欠けるもんで。自パーティが上級になれたのは、そこに居る優秀な魔法使い2人のおかげですよ。」
話題に上がった2人を見れば、フミさんは軽く反応をしたがすぐに生ジャーキーを噛る作業に戻り、ラーシさんは当然のことだとでも言う様に無反応。
あ、レタスの追加ですね、了解です。
「にしてもこれ、随分と新鮮よね。何か秘密有るの?」
「今朝採れたばかりですから。」
「いや、そんな程度じゃないでしょう。王家御用達の畑から今正に盗んできたばかりです、って言われても信じるぐらいよ?」
何ですか、その例え…。
近隣の村から運ばれてきた流通品なんだけどなぁ。
「盗んでませんよ。」
「分かってるわよ。そんな畑はこっちに無いし。」
「普通に洗っただけと言えば、だけなんですけど。」
「やっぱりあなたの魔水の力?」もぐもぐ…!
麻酔…、じゃないな。魔法水のことか。
「アク──えー、高魔力の美味しいお水は、使ってますけど。その力でどうこう、ではないですね。」
「なら、口にできない工夫が有るのね?」
「普通に、綺麗なお水を魔てt──とにかく温めて。そこにレタ──えーと、レタスもどきの葉をサッと通すと、まあなんやかんやで『しゃっきり』するんですよ。」
「なんやかやって何よ…。」説明する気無いじゃない…
「んー、詳しく説明するなら…。」
あ、リグさん、鉄コテお貸しするんで続きを焼いててください。他の男性陣も、トング装備で適当に食べててどうぞ。
調理の手を止めて、鉄板の下に設置してあった鉄ボウルを引っ張りあげる。
「こんな風にそこそこ熱い水を用意してまして──。」
ある一定の温度の水に野菜を曝すと、熱に負けまいと細胞が変化するらしく、瑞々しい新鮮な見た目が復活する。前世でそんな話をテレビでやっていて真似したことが有った。
その温度が、50℃前後。水が凍る温度を0、水が沸騰する温度を100とした場合のちょうど中間である。この温度帯のお湯が生命力復活に最適とかなんとか…。
そんな話を科学用語を使わず説明する。
まあ、細かい理屈は知らない。私に生物分野の知識はあまり無いし。
重要なのは、異世界であろうとも同じ手順で再現が可能であり、それが生活の質を上げること、である。
「ほへー…。」ジャーキーかじりながら感心…
「…、変なところに情熱を注ぎ過ぎじゃない…?」肉よりも手間掛かってる…?
「美味しいものを食べるのに全力になるのは当然のことですよ?」曇りなき眼…!
「…、(食事なんてただの栄養補給でしょうに…。)」とりあえず無言…
「でも、これはお金取れるかもなー。手間暇・素材費を考えるとー…。火魔猪がー…、蜂蜜がー…。」ぶつぶつと頭の中で天秤操作…
ふむ、とりあえず納得は得られたかな?
「んじゃ、肉焼きに戻ります──」
「ちょっと。あなたも食べなさいよ。」
「え? いやでもフーガノン様が…。」
「そっちはリグ達に任せとけばいいわよ。この後もあの高慢貴族の相手するんでしょう? しっかり体力回復しときなさい。」
「ん~…、そうですね。そうさせてもらいます。」
まあ全力で叫んでるだけでも、一応空腹にはなってるし、いいか。
よっし! サンチュ巻き祭りじゃー!
ちなみに、灰色夢魔さんは敗北者の水エルフを弄っており、彼女の惨めな気持ちをランチにしてホクホクです。
次回は18日予定です。




