335話 ポンコツ女貴族VS水氏族
「『ドラゴンクロー』ォ!!」
「…、」
「まだまだぁ! 『ドラゴンクロー』!」
「…、」
見世物になることさえ厭わなくなった暴れん坊問題児、ローリカーナちゃん(20代後半)のドラゴンクローが連続で放たれる。
青々とした草原の緑を焼き焦がしながら炎の塊がクラゲ頭へと迫るものの、風船から空気が抜ける様に彼女の遥か手前で小さくなって消失してしまう。
「ローリカーナ選手の火炎攻撃が次々消えていく! ミャーマレース選手は涼しい顔で余裕の構え! 魔力不足で射程圏外かぁ!?」
「ああ♪ 鉄っちには視えてないかぁ♪
レースちゃんが結界魔法を展開してるんだよ~。」
「結界魔法! どう言うことでしょう!? ダブリラさん。」
「自分の周りを魔法の『霧』で覆ってる感じだね~。極小の生成水の粒が、数百個近く周回してる、って言えば伝わるかな?」
「なるほど! その目に見えない水魔法が火を消している、と!」
「そう言うこと~♪」
自棄くそ実況をしている間にも、火に飛び込む夏の虫の如くローリカーナの攻撃が消えてゆく。
「あれだけ大きな火炎の塊を打ち消すとなると相当な量の水が必要になりそうですが、やはりそこは水の氏族のエルフだから問題無いのでしょうか?」
「ぶふっ♪ いや、ごめんごめん♪
レースちゃんの霧は目に見えない大きさでも、籠められてる魔力はそこそこだから問題無いよ~。あの炎に触れても全く消滅してないから~♪」鉄っち無知~♪
「魔力強度に、大きな差が有る、と言う訳ですね!!」なっとく!!
灰色夢魔さんの煽り混じりの解説に内心イラつきつつも、勢いに任せて実況を続ける。
正直、魔力視ができない私には助かる情報だし、そもそもこの戦いそのものが半分茶番だ。バカ貴族の相手をクラゲ頭ちゃんに押し付けて観戦してるだけ、楽なものである。
ダブリラさんへの負感情供給にもなってるし、甘んじて受け入れよう。
「ローリカーナ選手、めげずに火炎攻撃を連打! しかしその全てが完全に封じられています! 膠着状態だぁ!!」
ローリカーナが、虚空を殴りつける動作を何度も繰り返し攻撃をし続ける。
しかし、状況は一切変わらない。
しばらくするとクラゲ頭が、魚の形をした水塊を出現させた。人の身長くらいの大きさの魚水をけしかけて攻撃でもするのかと思ったら、無言腕組みをしたままそれに腰掛けた。
「ミャーマレース選手! やる気を感じさせない動きで休憩モードに入ったぁ! ローリカーナ選手、完全に舐められています! しかし、文字通り“手も足も出ない”ぃ!!」
「レースちゃんww 本気でイラついてるw 反撃も誓約で禁止されてるからw 怒りが煮えたぎって凄いことになってるよぉwww」
「なるほど! (性格的に)どうしようも無さでは、お互いに良い勝負と言う訳ですね!」
「ぶふぅっ!!」笑wかwさwなwいwでw鉄っち…!
「…、(外野がうるさい…!)」努めて無視を貫く…!
「これならどうだぁ!!」ダッ!!
「いけません!? ローリカーナ様!」
状況を変えようと思ったのかローリカーナが動き出した。
侍女の制止を振り切って、籠手型魔導具から炎塊を放ちつつ前進を開始する。
「ローリカーナ選手! 相手に向かって走り出したぁ! 真っ直ぐに突っ込んでいきます!」
「レースちゃんは攻撃ができないから、反撃を気にせず殴り放題だもんね。接近する方がまだ勝ち目有るよね~♪」
「ぬお!?」バヂィッ!
後数歩でクラゲ頭に触れれる距離に近づいたローリカーナが、うめき声を上げて後退した。
反撃はできないはずだが…、何が起こった?
「あれは…? 水の『膜』、でしょうか?」視力強化でうっすら何か…?
「ものすご~く薄い、生成水だね~。まあ、魔力密度もそれなりで、高速回転してるから物理強度は結構有るよ~♪ あの子じゃ破るの無理そう~♪」よわよわ~♪
「物理的な障壁を展開して、ローリカーナ選手がそこにぶつかったと言う訳ですか。
果たして! 為す術は有るのか!?」
そこからはまたまた一方的な光景が続いた。
圧倒的優位な防御側と、その周りで単一の攻撃をバカみたいに繰り返す猪女、と言うテレビ番組なら早々にチャンネルを変えられそうな光景だが。
あまりの変わり映えの無さに、実況もしていられなくなってくる。「は○る」しか使えないコ○キングかっての。早く「わ○あがき」を使え。
「──えー。では、このままだとこれが延々と続くと?」
「うん。あのおバカちゃん、器は小さいのに魔力回復速度だけは異常だから、あの攻撃はずっと撃てるし。レースちゃんの魔力は全然減ってないし。どう考えても終わらないね~。」
流石に私も飽きてきたし、周りの観客達もこんなことに時間を食うのは割りに合わないだろう。仕事で来てる兵士の方々も居る訳だし。
よし、ここは主催者権限を発動するか。
風魔法使いに一声掛けて、私の声を対戦してる2人に確実に届けてもらう。
『えー、模擬戦のルールが変更されましたー。
ローリカーナ選手の次の攻撃を以て、試合を終了させていただきまーす。』
「ハッ! 私の攻め勝ちとっ、言う訳っ、だなっ!」ぜぇ! ぜぇ!
「…、ちっ…!」茶番ですわ…!
何故そうなる。
『いえー。明らかにローリカーナ選手の負けでーす。』
「なんだと!?」
『あなたが「勝ち」だと判断するには、最低でもその防御膜を突破して、クラゲ──ミャーマレース選手に一撃入れてください~。』
「!!」ギャアギャアギャア!
とりあえず反論を聞く気は無いので放送を止める。これは命令なので。
ひとしきり喚いた後、諦めたのか大人しくなったローリカーナ。
さて。場合によっては降参してそのまま敗退かな?
「──良いだろう。一撃、入れてやる。」ググッ…!
覚悟を決めた顔で前を睨むローリカーナ。
一応見ててやるから、適当にチャンスをものにしてくれ。
「『ドラゴンクロー』ォ!」ゴオオ!
やっぱりバカの1つ覚えかと思ったら、今までと動きが違った。
「なんとローリカーナ選手! 火炎を纏いながら突っ込んだぁ!」
「ん~? (あんなのでうまくいくのかな~。)」
籠手から放つ火炎塊を右腕全体に巻き付けて、そのまま防御膜を殴りつける様に叩き込む。
腕の物理力を足しても突破できなさそうだが──
「!?」正気ですか!?
「ぐっがあっ!!!」バジャア!!
ローリカーナが吠えたと同時、水の膜が一部弾けた。
「おお!? レースちゃんの水膜を破った!?」
「な、なにやら血飛沫が上がっている様に見えますがっ!?」
「水の刃に腕を突っ込んだんだから当然だよね~。」
ダメージ覚悟の自爆特攻だったらしい。
しかもそこで終わりではなかった。
「『ドラゴンクロー』!!!」ボガァン!!
一際大きな火炎が発生したと思ったら、ローリカーナが後ろにふっ飛んでいた。黒い煙を棚引かせた体が、地面へと落ちる。
「強烈な炎が炸裂しました! 反動で自身にもダメージが入ってそうな勢いです!」
「──抉り飛ばされた自分の腕を、『爆発』させたね。」
「え…?」
「いやぁ~、自分の爪と髪を増やして魔導具に使うのも狂気だったけど、血肉まで燃やすとかなかなかだね~…。」引き…
ダブリラさんの顔が若干引きつっている。
向こうに目をやると、クラゲ頭も唖然とした顔で固まっていた。でもパッと見、無傷っぽいな。
これ、勝敗どうするか。最後は派手で見応えは有ったが。
「ローリカーナ選手! 素晴らしい健闘ぶりでした! 皆さん、盛大な拍手を!」パチパチパチ!
まあ、敗者を讃える感じで有耶無耶にしとくか~。
次回は14日予定です。




