334話 天岩戸大作戦?
シリュウさんが爆睡をはじめて、10日が過ぎた。
暦的にはそろそろ冬も終わりが近いけど、大陸の北に位置するこの場所ではまだまだ寒い日が続く。
それでも季節の境目らしく、天気の移り変わりが大きくなっていて、この前は珍しく雨が降ったりもしていた。
しかし、シリュウさんはまるで起きてこない。
監視作業はまだ続けてもらってるし、直接中に入って確認もしているが、まぁ~~見事にスヤスヤお休み状態が続いている。
ここまでガッツリ寝るならちゃんとした寝具を作るべきだったよね。広めの構造とは言えリクライニングシートで何日も過ごすとか、いくらなんでも体に悪い。
まあ、様子を見るたびに微妙に寝相が変わっているから、「床擦れ」の恐れは無さそうなんだけど…。
でも、エコノミークラス症候群とかは有り得そうだしなぁ…。そもそも排泄行為してないだろうし、水分補給もゼロだし…。いや、起きてる時でもトイレ行ってるの見たことないけど…。
1度軽く体を揺すって声を掛けてみたりしたが、無反応。
呪怨の鉄でぶっ叩くべきかとも考えたが、アクア達にもうしばらく待つべきだと言われている。
開き直って、寝室の外、鉄の家の中で料理を作りまくって食べまくってやったりもしたが効果は無かった。匂いも音も遮断できてるから、当たり前なんだが。
まあ、監視任務に就いていた皆さんに振る舞ってみたら結構好評だったみたいなので、労いの気持ちを込めて食事会は時おり開催している。
そして、本日は更なる作戦を展開する日だ。
「皆さん! おはようございますっ!
やってまいりました、スペシャルイベント! 『マボア最強王・決定戦』~!!」ヤーハー!
雲は多いがギリギリ晴れの天気の草原に、魔法で増幅された私の声が響く。
なお、言ってることはその場で思いついた適当なもの。こうなってくると後は勢いだけで突撃するしかないよね。
「実況はこの私、『竜喰い』の飯炊き女ことテイラが務めさせていただきます!
解説には、灰色夢魔女こと、ギルド特級職員のダブリラさんにお越しいただきました! よろしくお願いします!」
「鉄っちがww 荒れまくってるwww」ゲラゲラゲラ~♪
お腹を抱えて笑っているダブリラさんは無視。
この人はどちらかと言えばただの賑やかし要員だ。敗者の負の感情を食べさせて、待機任務の報酬にするだけ。
「さっそく暫定チャンピオンの紹介と参りましょう!
コウジラフ国最強戦力たる『竜騎士』の総本山、イグアレファイト家の赤髪娘、ローリカァーナァァ!」
「キサマァァ! 私を呼び捨てるとは良い度胸だなっ!」
「こちらにおわすローリカーナちゃんは、ドラゴンと契約を結べず! この町に左遷されてきた、出来損ないのポンコツ貴族です!!」
「何を言うかぁ!!!」
「無礼ですわよ!!?」
濃淡の赤髪を揺らして、おバカ貴族が気炎を吐いているが無視。厄介事は淡々と処理するに限る。
1度の敗北で自分の弱さを認めず、私やアクアにしつこく挑戦してくる鳥頭にはこのくらい辛辣でも問題無い。
そう。今回のこれは、このおバカさんの相手を別の人に託しつつ、あわよくば、シリュウさんが騒ぎで目を覚まして天岩戸から出てくることを期待して開催されたイベントなのだ。
「冒険者ギルドにも度々ちょっかいを掛けていたのでご存知の方も多いでしょう!
今回の催しでは! この自己回復魔法だけは得意なポンコツちゃんを、徹底的に痛めつけることが皆さんに求められます!!
どれだけ殴っても! なんなら腕の1本や2本! 斬り飛ばしても大丈夫です!! 軍司令所のトップたるベフタス様から許可を正式に頂いているので! 安心してください!」
「「──!!」」ギャアギャア!!
何やら不自然なほどのおバカ達の声が小さくなった。
良く見たら中間地点に立っている女性がこちらに小さく手を振っている。風魔法使いのフーミーンさんだ。どうやら風の結界魔法で声を遮断してくれているらしい。
私の適当アナウンスを「拡声」までしてくれているのに、ありがたいことである。
負担を減らす意味でもサクサク行こう。
周りにまばらに集まっている関係者の皆さんに軽くルールを説明する。
とは言え、単なる模擬戦なので別段変わった決まり事は無い。大怪我や死亡事故は困るので、危険行為にはダブリラさんや私が勝敗は決めたり直接介入することを通知するぐらいだ。
今回、冒険者ギルドから回復ポーションを支給されているので、挑戦者側が多少の怪我をした場合でも確実な治療を約束している。
まあ、今日の対戦相手に、そんな心配は色んな意味で必要無いのだが。
「それではさっそく、本日最初の対戦相手をご紹介しましょう!
遥か大陸中央から森林魔境探索の為に派遣された、ギルド特級職員! 世界樹の管理を任される偉大な水エルフ! 『泉の氏族』ミャーマレース=カエルラフォーンス選手だぁ!」
「……………、」無言無表情…
ブッスゥと無愛想に佇んでいるのは、ウェーブの付いたキラキラ青髪の美少女、「アクアの下僕」の呼び声高いクラゲ頭ちゃんである。
厄介なバカには面倒な奴の相手をしてもらおうと言う訳で、強制召喚した。下僕くらい倒してからじゃないとアクアとは再戦できるはずも無いしね。
「この一戦に限り、挑戦者側はあらゆる攻撃魔法、及び害を与える行為全般が禁止されています!
なので勝敗は、ローリカーナがミャーマレースに直接触れるか、攻撃を当てることで決します!」
クラゲ頭には、アクアが確立した、人間・エルフ・精霊と敵対しない誓約が掛けられている。
この模擬戦には、それがきちんと効力を発揮するか実際に確認する意味合いも有るのだ。
なのでこの場には冒険者以外に、見届け役の騎士や兵士、そしてクラゲ頭の従者達も居る。
彼ら彼女らにとって意義深い戦いを、是非ともしてほしいものだ。
「それでは! 決闘開始ィィ!!」
蛇足ですが、主人公が実況に混ぜている横文字なんかの異世界言葉は、周りに意味が通じないまま適当スルーされてます。
話の意図は分かるし、テンションおかしくて近寄りがたいので…。
次回は7月7日予定です。
七夕。




