332話 何と言うことはない昼下がり
「お邪魔しまーす。」ふぃ~…
「遠慮せずに入って入って~♪」ふよふよ~…
「ここ、ダブリラさんの物じゃないですよね。」
「え~? ここに寝泊まりしてるんだから別に良くない~?」
「そうですね…。」
町に戻ってきて即座にやってきたのは、紅蕾さんのお店「蜜の竹林」。
私自身は大したことはしていないが、灰色夢魔さんを伴っての活動だったから精神的な疲労がなかなか。甘い物が食べたい。今すぐにだ。
魔鉄家と言うか要塞寝室の監視は続いている。
ダリアさんと上級パーティーの皆さんがローテーションを組んで、異常が起きていないかこまめに確認しているが変化はない。
シリュウさんが「熟睡して」から今日で3日目だった。
流石に心配になったのでアクアやダブリラさんの力を借りて部屋の中に突入したのだが、シリュウさんはそれまあ、穏やかぁ~に寝ていた。
多少の声掛け程度では反応もせず、ただただスヤスヤと眠る姿は成長期の子どもかな?? と錯覚したほどだ。
「シリュウさん、大丈夫ですかね…。」
「気にしても無駄だよ~?♪ 放っておきなよ~♪」
体質がほとんど精霊に近いシリュウさんは、寝ることなく数年は活動可能なのだが、逆に1度寝ると最長で数ヶ月は眠りっぱなしになるらしい。
今日の確認で完全に寝ていることが確定したので、このまま放置するしかないとの結論に達した。
私の鉄で叩き起こすことはできそうだし、考えたけど、アクアに既に釘を刺されている。
寝ぼけたシリュウさんが衝動的に暴れた場合甚大な被害が出るからとあのダブリラさんにまで止められたから、何もせずに引き上げるしかなかった。
まあ、あんなに気持ち良さそうに寝てる人を無理に起こすのは忍びないとも思う。
一応、すぐに飲める様にアクアのお水を追加で置いてきたし、部屋が破損する気配も無さそうだから多分大丈夫…、なはずだ。
「寝る予定じゃなかったのに、あんな風に爆睡してるのは結構不安なんですけどね…。」
「あの『魔力嵐』の中を呑気に移動してる鉄っちも、結構危険だよ~?♪」ふよふよ~…
魔力感覚の無い非魔種で、悪うござんしたねぇ~? なんか肌がピリピリするかも…? くらいは感じてた可能性は有るっての。
持久力にも劣る私は、監視体制には参加せず、いつでもアクアと共に現場急行できる様に町で待機することになっている。
とは言え、あの寝室が壊れる可能性が低い現状では、ただただ暇をもて余すだけだが。
シリュウさんの魔法袋が使えないから料理の大量ストックも無理だし、新しい魔鉄の創造もできない。
魔物の血を貰って魔獣鉄を創ったところで、置き場所に困るだけだしなぁ…。
せめて異世界味噌が届いてくれれば、料理研究ができるのに…。
私がこれからの使命について考えていると、店の奥から飲み物の入った金竹製のコップを2つ、ダブリラさんが持ってきた。
そのまま珍しく椅子に座って、片方を私に差し出してくれる。
「今巨乳おチビちゃんも奥で休んでるみたい~♪ これでも飲んでて~。」
「…。さいですか…。」甘味の無い絶望…
「うは~♪」絶望感ごち~♪
お昼時の今お店の人達は、冒険者としてクエストに出ているか、寝ているかしているはず。事前通知無しに突然やってきたのだから、まあ、仕方ない。いつまでかかるかも分かんなかったし…。
コップの中身は果実水だった。魔導具で生成した綺麗な水に果汁を加えた、このお店で出てくるメニューの中でもちょっとリッチなやつだったか。
多分果汁はリンゴもどき。ほどよい酸っぱさが疲れた体に染みるね…。
絶望感を流し込む様に飲み物を堪能していると、いつもより数段は甘ったるい声が掛かった。
「にしてもさ~?
あの激流蛇の『分け御霊』が、あんなちんちくりんなんて面白いよね~♪」
「…なんです? 急に。」
「ん~? 『彼女』とは、仲良くしたいなぁって思ってさ~♪」くねくね♪
やはり追及が来たか。
シリュウさんと言うストッパーが完全停止した今、この夢魔の興味を抑えられる人がいない。ここ最近、妙に大人しくしていた反動がやってきたといったところ。
「仲良くしたいなら、その言い方はどうかと思いますよ。」
「え~?♪ だって面白いものは面白いし~♪」
『いやいや。面白さでは君に負けるよ。』ぽよん!
ありゃ、アクアが自ら出てきちゃった。
テーブルの上に跳び乗って、ダブリラさんに向き直る。
「どう言う意味かな~?」
『そのままの意味だよ? 魔族の真似事をして自ら嫌悪されようと励む夢魔娘に、奇っ怪さで私は劣るさ。』
「…、」
アクアの謎の豪速球!
効果は抜群だ!?
「随分口の悪い精霊だねぇ~? それとも悪いのは、格の違いも分からない頭の方かなぁ~?」
『おや、自己紹介かな?』ぽよふり?
「言うねぇ~~?」ニ~~ッコリ!
『口の締まりが緩い君ほどじゃないさ。』
「」ピキッ…!
ちょいちょいアクアさん? 少し言い過ぎじゃない? 正論だけど。
ダブリラさんの目、据わってるよ?
『精霊の見た目を揶揄したんだ。当然だろう?』ぽよん?
「まあ、残当だとは思うけどさぁ。」
「ん~…、これは教育的指導が必要かなぁ~?」ズアアア…!
真っ黒い影が、周囲の空間を覆い尽くす勢いで爆発的に広がっていく。
『ふむ。』…フォン…!!
「…、」
アクアのボディから青い波動が放たれた。
たったそれだけで、吹き払われる塵の様に、黒い影が細切れに分解され消滅していく。
「ふ~~ん?」思案顔…
ダブリラさんの体の表面には未だ、黒く小さな触手が何本も蠢いていた。獲物を待ち構えるイソギンチャクのよう。
「この程度の『浄化』しか使えないんだねぇ~?」けらけら~♪
『「この程度」で抑えてあげたんだよ? うっかりやり過ぎたら君の存在ごと消し飛ばしてしまうじゃないか。』ぽよ~…
「強がりぃ~♪ 見た目も言葉使いも弱いねぇ~♪」
「ちょっと2人とも。その辺り──」
──バシュッ バシュッ!
「…、」冷や汗たら~…
「アクアさん…?」何したの…?
『「針」を飛ばしただけだよ? もちろん威嚇として、ね。』
いや、見えてはいた。
アクアの鉄巻き貝の表面に有る、出っ張りの様な小さな「棘」。それが小型ミサイルの如く撃ち出され、黒い影触手を貫通しダブリラさんの両頬を掠めて飛んだのだ。
私が疑問と言うかびっくりしたのは、なんでそんなことができたのか、ってことなんだけど…。
『私が吸収分解して再構成した呪怨の鉄なんだから、操れるのは当たり前だよ。圧縮水で物理的に押し出しただけだしね?』ひゅるる~…
そう言いながら、長く伸びた水の紐を引っ張り先端に付いた鉄を回収するアクアさん。
どこまで強くなるんだ、この水スライム様は…。
「ダブリラさん、素直に謝っときましょう…?」
「…、そだね~…。
ごめんね~…。」鉄っちの呪鉄は無理…
『分かればそれでいいさ。』格上の雰囲気…
シリュウさんの代わりに、アクアがパワーバランスを保ってる…。これで良いんだろうか…?
次回は23日予定です。




