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330話 寝床と安眠

「それでは、シリュウさんの『寝床(ねどこ)』の実用試験に移ります!

 よろしくお願いします、皆さーん!」鉄ヘルメット&鉄メガホン…!


「…。(なんでこんなことになったんだか…。)」面倒くせぇ…


 珍しく辺り一面曇り空の(もと)、幾分寒さが和らいだものの未だに外套(がいとう)の装着が必要な吹きっさらしの草原には、多く人が集まっていた。


 先日に大枠が完成したばかりの魔鉄製の家、その中に設置してある特殊な「部屋(へや)」の性能を試す為に、知り合い達に声を掛けて召集したのだ。



「この後、シリュウさんが魔力を解放しますのでー! 異常が有ったら報告お願いしまーす!」大声メガホンー!


「…、軽く見てんのか大事(おおごと)に捉えてるのか、判断つかない言動だねぇ…。」

「何言ってるんです、ダリアさん? めちゃくちゃ慎重に行動してるじゃないですか。」


 私達の側にはダリアさんが立っていて、距離を取って散らばってくれている他の方々からの声を念話で拾ってくれる役割を担ってくれている。


 召集に応じてくれたのは、「赤の疾風」と「剣剣剣(スリーソード)」の上級冒険者パーティー、そのフルメンバーだ。何度か交流してシリュウさんへの理解が有り、不測の事態にも対処可能な人達を配置している。

 今回の試験は、どう転ぶか分からない博打要素が強い為、最高戦力を用意した形だ。



「『シリュウの魔力を解放する。』これがどれほど危なかっしいことか。

 それを分かってねぇ、って言ってんだよ。」


 そのオッドアイの目を細めて、呆れた様に言うダリアさん。



「でも、この実験に賛成してくれて、参加までしてくれてるじゃないですか。今さら、中止しろって言うんです?」

「やるのは良いさ。

 ただ、あんたのお気楽な態度が、どうにもねぇ…。」


 お気楽って言われてもなぁ。

 やってることは極論言えば、新しい家とベッドの居心地を確かめるだけだし。


 それに一応、人事は尽くしてるんだけどねぇ?



 私は目の前にある、暗い褐色の平屋の中に目を向ける。


 学校の教室4つ分の広さは有るだろう魔鉄の家の1画に、今回の主目的である部屋が鎮座している。

 部屋と言うよりは、頑丈なミニ砦と言った方が正しいかもしれない。


 壁は、家と同じく硬く丈夫な褐色魔鉄製。それが手の平ほどの厚さで四方に展開されており、強度は最高レベル。もちろん、部屋の天井と床も同様の造りになっている。

 恐らく魔猪の全力突撃くらいなら耐えるだろう。まあ、内部の安全は保障できないけど。


 そして、シリュウさんの超絶魔力に対抗する為に、壁内部には水の精霊(アクア)の魔法水、内面を全て覆う様に私の呪怨鉄が配置されている。


 今回の実験で確かめたいと言うか、一番の懸念点が私の鉄の耐久性だ。

 大量にストックした都合上、シリュウさんの魔力に染まりきっている呪怨鉄が、どこまで魔力霧散効果を発揮するか不明だからねぇ…。錆びなくはなるから日持ちはするはずだけど…。


 あと、この部屋には空気穴が空いているので完全密閉ではないことも、不安なところだ。

 いくら呼吸無しで長時間過ごせるスーパーびっくり人間でも、睡眠中に無酸素状態は危険過ぎる。私の髪留め(風のアーティファクト)を置いていく訳にもいかないし。


 まあ、穴の配置や大きさは工夫したから、悪影響が駄々漏れってことにはなるまい。いくらかの実験を繰り返して最適な形態を探るしかないな。




 ──────────




「では、いきまーす!!」鉄メガホンー!

「…、」軽く身構え…


「…。」ガシ…


 シリュウさんがゆっくりとした動作で、頭に有る角兜を外した。

 この装備が、莫大な魔力の放出を自動的に抑えてくれているらしい。



「…。ふぅ…。」ズアアアア…

「…、(相変わらず、ヤバい魔力してやがんね…。)」内心ちょい焦り…


 ふむ。こうして頭に角が無い姿を見ると、シリュウさんって普通に小学生男子って感じだよなぁ。


 顔つきが大人びてるから、マセてるってか、クールって印象が先行するけど。



「…。おい。」ジト目…

「はい? 何ですか?」きょとん?


「…。大丈夫なのか──いや。

 今、何を考えてる…?」

「えーと…? 正直にぶっちゃけると…。

 角が無いシリュウさんって、普通の子どもに見えるな~、なーんて…?」はは…


魔力放出(これ)を感じねぇとかどうなってんだい…。」本気の呆れ…

「本当に、な…。」不安の溜め息…

 

 私の適当発言に愛想を尽かせたかの如く、シリュウさんがそそくさと家の中に入り、寝室のドアに手を掛ける。

 スライド式の重たいドアをズラし、こちらを振り返った。



「しばらくしたら戻る。

 ダリア。諸々頼んだ。」

「言われなくともやってやるよ。」

「あと、水精霊。」


パカッにょ~ん…

『おや、何事かな?』

「テイラが馬鹿しねぇ様に守って(見張ってて)くれ。」

『ふむ? お安いご用さ。』ぽよふ~り…


 そう言い残してシリュウさんは扉を閉める。

 ひとまず、魔力解放状態で触れていきなり崩壊、とはならなかったみたい。一安心である。



「行ってらっさ~い。」軽い挨拶…

「…。(適当に直ぐ戻るっての…。)」キュラキュラキュラ…




 ──────────




「やれやれ…。」


 抑圧補助具(闇竜の角)を外した途端、離れた所に居る冒険者達(あいつら)でさえ反射的に戦闘態勢をとっていたと言うのに、テイラ(あの馬鹿)ときたら…。有り難いやら能天気過ぎるやら…。


 シリュウは何とも言い表せない感情を溜め息と共に吐き出し、備え付けのサイドテーブルに角兜を置いた。そのまま、褐色魔鉄で作ったリクライニングシートに仰向けで寝転ぶ。


 固い金属でありながら、バネや(たわ)みを利用することで身体にフィットするその寝そべり椅子は、いつもと変わらぬゆったり感を与えてくれていた。

 久しぶりに軽い頭も相まって、なかなかリラックスできる。



(今のところ、問題は無さそうだ…。)


 おおよそ人間では考えられない異常な密度の魔力が溢れ出し、部屋の中を暴れ狂っているが、壁や床が壊れる気配は感じない。


 自身の魔力回路を変質させた謎金属(てつ)だからこそか。或いは、テイラが壁面に刻んだ魔力刻印が抑圧効果を発揮している可能性も有る。

 最硬魔鉄に赤熱魔鉄を()め込んで、「抑制」だの「循環」だの「睡眠」だのの(あか)い文字を描いた行為がどこまで有効なのかは、(はなは)だ疑問ではあるが。


 テイラは、ひとまず呪怨の鉄が魔力中和限界に達して破損するまで様子を見たいと言っていたが、この分だと数分で壊れることはあるまい。



(しかし…。思った以上に、落ち着くな…。)


 むしろ、周囲からの魔力波動をほぼ完全に遮断している為、暗く静かな水の中に居る様な──もしくは、爽やかな風が通り抜ける木陰に寝そべっている様な…。そんな錯覚にさえ、(おちい)る。



「………。」


 魔法袋には、随分と豊かになった食料の備蓄が入っているし、美味く冷えた水も有る。

 1年前には考えられなかった状態だ。


 なかなかどうして、居心地が、良い。


 自然と、シリュウの目蓋(まぶた)が落ちていく。



「」すぅ…すぅ… Zzz…


 やがて部屋の中には、あどけない子どもの様な寝息が、静かに響き、



 ──ゴアアアアアアア!!



 ドラゴンの炎の吐息(ファイアーブレス)そのものの様な苛烈な魔力が渦巻くのだった。



次回は9日予定です。

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