327話 拘留所と悪魔の取引
「どうも。こんにちは。」
「…、」
挨拶の返事は無い。ただの敗北者の様だ。
私の目の前に居るのは、クラゲ頭こと水の氏族エルフ、ミャーマレースである。
俯いている為にご自慢のウネウネ髪が垂れ下がり、床に座る形になっている彼女の表情は窺い知れない。
ここは町の南の草原に建てられた、拘留所の中。今回の騒動を起こしたクラゲ頭とそのご一行様を収容している施設である。
この建物は即席で作られた魔法小屋とでも言うべき造りだが、かなり頑丈に作ってあるらしい。
物理・魔法両面で高い耐久性を持つ金竹を格子状に組み合わせ土台にし、そこに土魔法で石板を纏わせ、そして金竹・石板両方に駐留する騎士貴族達が魔力を流し込み強化している。
そうした建材が、床、壁、天井を構成している為に即席作製とは思えない、相当に強固な牢屋になっているんだとか。
縦の金竹のいくつかは魔法による成長促進によって地面に根を張っているそうで、地面への固定も万全だそう。
魔法植物と土魔法による「鉄筋コンクリート」と言ったところか。大変興味深い。
まあ、今はクラゲ頭の処遇を決めることが先決だが。
「泉の氏族さんよ。貴女には、今回の襲撃の責任を取ってもらう。」
「…っ、」
この町の領主代理とでも言うべき専任官のベフタス様が、低くよく通る声で言い放つ。
背後には鎧を着けた屈強な騎士達も控えており、その威圧感はなかなかのものである。
クラゲ頭は私からすれば単なる癇癪女に過ぎないが、氏族持ちのエルフである。人間で言えば、王家に連なる一族の様なもの。立場有る存在なのだ。
故に、こちらも地位の高い方の対応が必要になると言うことで、ベフタス様自らが動いてくれている。
「償いに、貴女の血縁の方から頭髪を奪うと言う話だが──」
「っ…!」ビクリと無言の肩震わせ…
「──それを撤回してもいい。
もちろん、条件付きだが。」
「!!」
バッと顔を上げたクラゲ頭が、ベフタス様を見る。
絶望の底で一筋の光を見つけた様な罪人みたいな表情をしているな。
「春に予定されていた領軍・ギルドの合同大規模任務。貴女には当初の計画通り、これに参加してもらう。
そして、任務を完遂した暁には、今回の襲撃を不問にしよう。どうだろうか?」
「や、やりますっ! やりますわっ!」
こいつの即答にベフタス様が笑みを深める。
多分だが、満足して笑っている訳ではない。
このクラゲ頭は、現在世界樹の欠片を失ってひどく弱体化している。
魔力は自然回復しているはずだから、エルフの魔法使いとしては活動できるだろう。しかし、〈呪怨〉の浄化などはできないらしい。
そんな奴が作戦に同行したところで目標を達成できる可能性はかなり低いだろう。
ダブリラさんに事前相談して得た推測なので、確度の高い情報だ。
私の後ろで壁に凭れてるシリュウさんからの無言の不機嫌オーラが数段増したし、この女が軽率な返答をしているのは間違い無いだろう。
マジ勘弁してほしい。
「貴女は、世界樹の加護を失っているそうですな。」
「ぅっ…、」言葉に詰まる…
「そこで、こちらのテイラ殿より申し出が有ります。貴女にはそれを了承していただきたい。」
「!?」
クラゲ頭が愕然と私を見る。
今度は何を言われるのかと怯えている様子。
くくっ、良いぞぉ…!
希望を与えられ、それを奪われる。その時、人は一番良い顔をする。これが俺のファンサービスだっ!
と内心無理矢理にテンションを上げて、クラゲ頭に向き直る。
その間に、あらかじめ話を通していた流れでベフタス様の護衛達が部屋を出ていく。
今から行うことはあまり大勢には見せられないからね。
「あなたに、武器を授けようと思います。」
「ぶ、き…?」
「アクア、お願い。」
私は腰から鉄巻き貝を取り出し、胸の前で抱える様に持つ。
そして、貝の蓋がパカッと開いてぷるぷるスライムボディがにゅるんと出てきた。
今回、恐ろしい策を発案してくれたアクアさんである。真面目なお話なので、頭の上に乗ってもらうのは無しだ。ビジュアルがね、威厳とかがちょっとね…。
『君に力をあげよう。』
「…、」びくびく…
アクアの一方的な物言いに、何をされるのか不安で不安で仕方ないと震えるクラゲ頭。
さて、彼女にはほどよい生き地獄を見てもらうとしよう。
『君の血を貰うよ。』
「…、は?」
アクアの体の奥から鉄の針が現れた。私の呪鉄の針だ。そのまま鋭い針が移動してアクアの触腕の先にセットされ、うにょーんと伸びていく。
そして、拘束され身動きが取れないクラゲ頭の右腕に、呪鉄針がブスッと刺さった。
「痛ぁっ…!?」
『ほら、動くんじゃない。』
無慈悲な言動でクラゲ頭を攻撃するアクアさん。針の先から、鮮血がじわっと溢れてきた。
そっと目線を外しつつ目の端で観察していると、アクアの触腕がにょーんと戻ってくる。
その内部には針と共に、赤い液体が浮いていた。
「フーっ! フーっ!」
クラゲ頭は涙目で荒い息を吐いている。腕に付けられた傷は、アクアの回復魔法で一瞬にして塞がれたらしく何の跡も残っていない。
うん。私の時と同じだな。まさに魔法。
『ふむ。では、いくよ。』
「…うん、よろしく。」
呼び掛けに覚悟を決めて返答をする。
今からアクアは、その体内に取り込んだ奴の血液と、あらかじめ摂取した私の血を使ってびっくりすることを行うのだ。
鉄巻き貝からはみ出ているスライムボディが俄に青い光を放ちはじめ、波打つ様にぶるぶると震えだす。
──誓約 ◼️◼️
──〈鉄血〉発動
アクアの体内で、私の〈呪怨〉が炸裂する。
そう、今アクアは、私達の血とアクアの魔力を使って魔鉄を創っているのだ。
『』プッ…!
アクアの体から鈍色の鉄の塊が、吐き出された。
それを左手の指先でキャッチする。
鉄で出来た短い棒だ。大きさはペンぐらいで、蒼く輝く光の線が表面に何本か走っている。
そして、特徴的なのは。その短棒の片端に、鈍色の光沢を持つ、細長いヒラヒラのリボンが付いていることだろう。
「な──、な──?」
『これが君に譲渡する「武器」だ。
私の意に反しない限り、君の能力をいくらか引き上げてくれるだろう。』
アクアがそう言って触腕に鉄短杖を持ち、クラゲ頭の右手に半ば強引に握らせる。すると、ヒラヒラ金属リボンが独りでに動き、拘束の隙間から覗く右手首にスルスルと巻き付いた。
「うっ、ぎっ…!?」
クラゲ頭が苦しげな声を漏らす。
金属リボンから青く輝く光の線がいくつか伸び、川の水が流れるが如く、彼女の肌を這い上がっていった。青い線の浸食が肩を越えて、首や胸、顔の右半分にまで広がっていく。
そして、クラゲ頭の全身からユラユラと青い光が立ち昇りだした。
「ベフタス様っ!」ばっ!
「お下がりを!」武器構え!
「大丈夫だ。持ち場に戻れ。」
護衛の人達が慌てて入ってくるのを制し、ベフタス様が持ち場に戻らせる。
進化したアクアの膨大な魔力が、クラゲ頭の体に一気に流れて漏れているらしい。魔力拘束を上回っているのは一時的かつ限定的なものだから大丈夫なんだとか。
場が落ち着いたところで、アクアが声を掛ける。
『君に、私の「加護」を与えた。君は今から私の下位存在だ。
これから先、人間にもエルフにも精霊にも、一切の反抗を許可しない。その証たる水魔鉄を破棄・破壊することも禁ずる。
有り余る力を魔王とその配下を討伐することに使いたまえ。』
「…んで…、」
『ん?』
「なんで貴方が! 偉大な、激流蛇様がっ! その様な姿で! 呪怨鍛冶師と行動してますのっ!!」
金切り声をあげて喚くクラゲ頭。
繋がったことで、アクアがどう言う存在なのか感じとったみたいだ。
『質問に答える義理は無いね。』
「な、あ──ぐっ…!?」
右半身に浮き出た青い線が光輝き、クラゲ頭が苦しげに体を硬直させる。
誓約の強制は上手くいっているみたい。
これでもう勝手はできないだろうし、良い薬にもなるだろう。
『精々奉仕活動に勤しみたまえ。』
そう言ってアクアは巻き貝の中に戻っていった。
用も済んだので、従者達の処遇について話し合う予定のベフタス様に退出の許可を貰い、小屋を後にする。
スライムなのに、王様みたいな威厳だったな…、アクア…。
やっぱり凄い存在なんだなぁ…。
『その私を、未だにスライム呼びする卑屈娘の方が凄いよ。』呆れの感情…
「お褒めに与り、恐悦至極~…。」なんか疲れた…、眠い…
次回は19日予定です。




