326話 慰謝料と現状復帰の策
「──と言うことで…。
今回の騒動は泉の氏族・族長補佐、ミャーマレース=カエルラフォーンス、の独断によるものであると断定されました…。」
悲痛…、いや単純な疲れかな…? ともかく生気の薄い顔で淡々と話すゴウズさん。
私の風邪が治まったので、現状の説明を聞いているところだ。
ここは屋敷の食事スペースで、彼の他にはシリュウさんが座っている。まあ、ブスッとした表情をしてて、なかなかに機嫌が悪そうなんだけど。
あのクラゲ頭は現在、町の外の草原に建てられた魔法の小屋に拘留されているらしい。
クラゲ頭の従者達も一緒に拘束されていて全員大人しくしているんだとか。その中にはシリュウさんとやり合った結果大怪我を負ったエルフ達も居て、動くに動けないと言うのも理由みたいだけど。
管理しているのはベフタス様の部下である魔法騎士の方々だが、ダブリラさんが(半分渋々で)付きっきりの監視をし、町の実力者達を交代で派遣することで冒険者ギルド側も全面的に協力しているそうな。
シリュウさんもそこを何度も往復しているから、心労が溜まっているんだろうな。
「正式な決定は大陸中央の冒険者ギルド本部が行うことになります…。事態はかなり深刻なものであり、相応に重い処分が下されることでしょう。
それに先駆けて、我々マボア支部から司令部の皆様に賠償と、事後処理を全面的に負担することが決まりました。つきましては、貴女様にも償いをと、ギルドマスター・ナッサンより言伝てが有りまして。」
そう言ってゴウズさんが、簡易魔法袋から膨らんだ革袋を2つ取り出した。
もしかしてギルド硬貨かな…?
私は被害者ではあるけど、呪い持ちとして狙われるのは当然って言えば当然だから、慰謝料とかは気が引ける──
「100万ギル、入っております。お確かめください。」
「ひゃくまん!?」
ってことは入ってるの、100枚の1万ギル硬貨!?
もっと低価格の硬貨だと思ってたんですが!?
「おい。たったそれだけか?」
あたふたしている私を余所に、シリュウさんが不満の声をあげた。
「も、申し訳ありません…! 現状で動かせる額ですと、これが精一杯で…!」
「なら、硬貨1枚にまとめるか紙幣で寄越せ。」
「す、すみません…、特殊硬貨も紙幣も他の支払いに回しており──」
「舐めてるんだな?」ゴゴ…
「いやー! 1万硬貨とか底辺冒険者には便利で助かるなー!!」
シリュウさんの怒りが噴出する前に、会話の主導権を横取りする。
100万ギル硬貨も紙のお札も、貴族や大商人が使う物だ。一般人の普段使いには不適切過ぎる。私個人に渡す物としては配慮されている方だろう。ギルマスの癖に。
「おい、テイラ──」
「慰謝料なんか貰える立場じゃないのに、すみませんっ! 申し訳ないですけど、とりあえず有り難く頂きます!!」
「い、いえ、助かります…。」頭下げ…
「…。」
本音では、私に受け取る資格は無いと思うのだが、穏便に話を終わらす為には仕方ない…。
まあ、こんな大金が手元に有ったら落ち着かないので10枚だけ手元に置いて、残りは顧問さんに預かってもらう形にしたが。
そのまま預けっぱなしにして、今までの生活費の足しにしてくれないかな、なんて思ってたり…。
シリュウさんのジトリとした視線を努めて無視して、話し合いは解散となった。
──────────
ゴウズさんが帰った後、とりあえず機嫌を直してもらう為にシリュウさんとご飯を食べることにした。
まあ、ミハさん達が用意してくれていた蒸し千豆やリンゴもどきのパイを摘まむだけだが。
「美味美味~…。」もぐもぐ…
病み上がりには染みる美味さだぜぇ…。ご飯を誰かが作ってくれてるのって、やっぱり良いよね。
シリュウさんは魔猪骨スープにラー油もどきを垂らし掛けて、ひたすらに啜っていた。その表情は未だに険しさが滲んでいる。
「あの、シリュウさん。」
「…。なんだ?」ごくりごくり…
「あのクラゲ頭──いえ。泉の水エルフ、のことなんですけど──」
「別に『くらげあたま』呼びで良いぞ。あいつには似合いだ。」
「シリュウさんは、あのエルフをどうしたいと思ってます?」
「…。」
食事の手を止めて、シリュウさんが私をジッと見る。
「…えっと、その~、クラゲ頭を制圧した場では、ほら、私が仕切っちゃったじゃないですか? 他にやりようと言うか皆の意見とか無視して、変な迷惑をかけたかな~?って不安になりまして。」ははは…
「…。今さらだな。」
呆れられたのか溜め息を吐いたシリュウさん。
言葉を探す様に悩んだ後私の考えを聞いてきたので、寝てる間に思っていたことを口にする。
「クラゲ頭には家族とか、仲間とかが居て、一族の命運を担う使命も有って。まあ、真っ当に生きて、世の中の為に貢献してくれてればそれでいいかな~? ってのが本音ですかね。」
「…。お人好しって言葉を超えて、むしろ馬鹿だな…。」
そうかな~? 人間、もちろんエルフも、苦しい環境で生きていく方がキツくて大変だと思ってるから、むしろ性格が悪いと思うんだが。
「あとは、ほら、あのクラゲ頭さんって、春になったら『植物の魔境』に遠征する予定でしたでしょう? シリュウさんが毛嫌いしてる魔王の眷属を滅ぼしてくれる予定だった訳で、その役割の人間が居なくなったら困るなぁ…、って。」
「…。どうでもいい、そんなこと。ダブリラとウカイが居ればそれくらいなんとかなる。」
そして「最悪、俺が出張れば済む話だ。」と投げやりな感想を呟き、シリュウさんはスープを一気に飲み干した。
「第一、世界樹の加護を無くしたあいつじゃ戦力にすらならん。居ない方がマシだ。」
「まあ、それはそうなんですよね~…。」
ただの水エルフ──いや、「泉」の名前を冠した氏族持ちのエルフだから相応に魔法能力は高いのだろうけれど。魔境の踏破にも魔王の眷属との戦闘にも不安は残るか。
う~ん。この際、一応確認しておこうかな。
「アクア、起きてる?」
『なにかな?』
腰元の鉄巻き貝に話しかけるとすぐに返答があった。ぽよんと机の上にアクアが飛び乗る。
「ねぇ、アクア。あの短杖の、ほんの一部だけでも返してあげられない?」
『返す? あの、泉のエルフ娘にかい?』
「おい、馬鹿テイラ。何を言いだすんだ?」
シリュウさんから軽い罵倒が飛んできたがとりあえずスルー。
「あのエルフ、春になったら魔王の眷属を倒しにいく任務が有ったんだよ。
だから、杖がほんの少しでも有れば、多少の戦力にはなるんじゃないかな?って。」
『私の存在と完全同化しているから分離させるのは難しいね。そもそもそんな理由ではやりたくもないな。』
やはりダメか。アクアの意思を蔑ろにしてまでやることじゃあないし。
「アクアを1人、代わりに同行させるのもナシだしなぁ…。」
『乗り物下僕から離れる気は無いよ。』
「卑屈娘よりも酷い呼び名、来たな…。」プチショック…
まあ、それは置いておいて。
あのクラゲ頭を上手く利用と言うか奉仕させる方法は無いものか…。
下手に力を取り戻して反逆されても面倒ではあるんだけど…。
『あのエルフ娘に力を与える方法なら有るよ?』
「ほんと!?」
「おい、水精霊。」
『安心したまえ。ついでに制御下にも置けるからこちらに敵対なんてできないよ。』
さっすがの水精霊様だ~! いとも容易く問題を解決してくれるぅ! そこに痺れる憧れる~!
『ふむ。では先ず、卑屈娘の血をおくれ。』
「ん…??」
次回は12日予定です。




