325話 追撃は、抉りこむ様に打つべし
「………。はあ…、暇だ…。」
鉄テントに囲われたベッドの上で、独りごちる。
もうそろそろお昼になる時間のはずだが、私は寝間着姿のまま横になっていた。
あの後、微熱が出たのだ。
真冬の森の中でずぶ濡れになったのがいけなかったらしい。
前回風邪をひいた時に比べたら、咳は出てないし悪寒もしない。頭は多少ぼんやりはしてるけど、熱の苦しさも感じない。
目線を上にずらせば、ぷるるんとしたひんやり物体がおでこに乗っかっている。
ベッドサイドの髪留めから発する緑光に照らされ艶やかに光っているのは、我らが水神様アクアさんである。
冷○ピタ代わりになっているのは助かるのだけど、この状態で寝てらっしゃるので、私の頭全体にスライムボディの重量が掛かり身動ぐこともできない。
「この程度の体調不良なら…、寝てなくてもいいと思うんだけどなぁ…。」
シリュウさんとかウルリに、きっちり休めって強く言われてるからなぁ。
アクアの浄化の力とやらで体内の病魔や障気を消すことはできても、低下した体力そのものを元に戻すなんてことは無理みたいで、自然回復を待つしかないそうだ。
私は一応被害者側ではあるが、迷惑を掛けた責任の一端は有ると思うし、事後処理なり何なり手伝いたいのだが。
「せめて、音楽かけるか、漫画読みたい…。」はぁ…
タラレバを口にしても、虚しいだけか…。
他にやること無いし、昨日の顛末でも振り返るとしよう…。
──────────
「むぉっ!! むおぅ!! むあむあーーー!!」
私が見下ろす先、水浸しの地面の上に転がさせれた青い髪の少女がビッタンバッタンと暴れている。
死にかけの虫の様な姿を晒しているのは、クラゲ頭ちゃんこと水氏族のエルフ、ミャーマレースだ。
自分への罰が「大好きなお兄様の断髪式」と聞いて、心の底から嫌みたい。
なので、追撃を入れてあげる。
「安心してください! エルフの強固な髪でも、この呪鉄鋏ならスパッ! と切れますから!」
「むぅーー!! うううぅ!!」
「それに。 ちゃ~~んと、お兄さんの毛根1個1個に〈呪怨〉を掛けて、確実に、髪を消滅させますので!」
「むうう!? むごっがぅぅ!!」
「100年経っても、1000年経っても。未来永劫、ピッカピカのツルッパゲですよ~!」
こんなことを言っているが、もちろん実行はしない。と言うか、できない。
私の呪いは誓約の範囲でないと発動できないから、直接危害を加えられていない相手に呪いを掛けるなんてことは不可能なのだ。
まあ、そんな解説は欠片もしてやらんが。
大粒の涙を溢す青い目を覗き込むように顔を近づけ、声を真面目なトーンに変えて言い放つ。
「あなたが他人にしたことは。あなたが今感じている苦しみと、同じものなの。」ズイッ!
私を見上げる瞳に反抗的な色が滲む。
癇癪女が怒るのは筋違いだっつーの。
「この先1000年。だーい好きなお兄様からの、怨みが籠った視線を受け止めながら。
自省して生きてください。ね?」
「────」
クラゲ髪の水エルフがその顔を絶望で染めあげる。
濁った瞳からさめざめと涙を流し、こと切れた様に項垂れた。
きっと敬愛するお兄さんから罵倒され拒絶された自分でも想像したのだろう。
ふむ。軽くスッキリしたかな。
この姿を見ればレイヤの奴もきっと納得するだろう。
自業自得なのに辱しめを受けた被害者みたいに泣いている水エルフから視線を切り、頭の上のアクアに気をつけながらゆっくりと立ち上がる。
隣を見ると、シリュウさんが感情が読めない複雑そうな顔をしていた。軽く息を吐いて私に声を掛ける。
「まあ、よくやった。こいつへの、俺からの報復は無しにしてやるよ。」
「ありがとう、ございます?」
シリュウさんは「なんでテイラが礼を言ってるんだ…。」と呆れた声を出している。いや、なんか褒められたっぽいから…?
単なる言葉責めで終らすことに不満を言われるかと思ったが、大丈夫そうだな。
別に、死なない程度にぶっ叩くぐらいはしても許されると思うのだが。
「ダリアさんは、どうします?
2~3発、頬を張り倒すぐらいはしときます?」
「…、なんでそんな話になるんだい。アタシももういいよ。」はあ…
割りと酷い言葉を受けてたけど、魔法戦して溜飲は下がったのかな? 納得してるのは本心みたいだし、良いか。
「んじゃ、ウルリ──」
「」ブンブンブン!と首横振り!
「…何もしないで良いんだ?」
「」ブン!ブン!と全力首肯!!
何故、無言。
あ、もしかして喉、痛めてる?
アクアに回復を──え? 違う? 自分のことは気にするな?
一番の功労者だし、口出しする権利有ると思うんだけどなぁ。
「それじゃあ、ナーヤ様。こいつの処遇を──」
「くひっ!」
行政側の判断を仰ごうとカミュさんに話掛けていたら、変な声がした。
「くふふっ。くはっ! あーっはっはっは!♪」
ずっと気絶してた灰色夢魔さんが復活していた。何故か狂った様に大笑いしている。
「ぶっ飛んでるねぇ~♪ ぶっっ飛んでるねぇ~~!♪ 鉄っち~!!♪
レースちゃんをここまでズタボロにできるなんて最っっ高だよぉ!♪」
超絶にハイテンションでゲラゲラと笑い転げているダブリラさん。
なんかウザかったので、とりあえず無視した。
クラゲ頭を町の中に入れるのは問題が多そうってことで、ひとまず南の草原に勾留することになった。
シリュウさんと(頭に拳骨を食らって大人しくなった)ダブリラさんに護送・監視役を頼み、私達は町に帰還した。
──────────
「そう言えば。ダブリラさんやナーヤ様にアクアの存在、直接見られちゃったなぁ…。」
ナーヤ様達なら下手な対応は取らないと思うけど、行政・国防的な観点から何かしらのアクションをする可能性は有る。
ダブリラさんは変にギラギラした目で私やアクアを見てたから、要らんちょっかいを出してくるのは目に見えてるし…。牽制は必要だろうな…。
「あとは…。
水氏族との、関係性、だよねぇ…。」
今回、クラゲ頭とは敵対したけど、その他の水エルフは一切関係ない。
しかし、一族の宝である「世界樹の欠片」を強奪したと見なされるだろう、この現状。問題しか感じない。
釈明したところで許されるとも思えないしなぁ…。
やはり、ダブリラさんを完全にこちらサイドに引き入れて、交渉してもらうべきか…?
「事態を悪化、させるに、1票…。」
あのクラゲ頭、本当に面倒な問題事を持ち込んでくれたもんだ…。はあ…。
次回は5月5日予定です。




