324話 その顔が見たかった
痛みが引いた目をゆっくり開けると、地面の上に居るアクアさんが見えた。
別に人型になってるとか、体表に顔が出来てるとかなんてことはなく。普段と大差無い水スライムボディだ。
ただ一回りくらい大きくなってるかな…?
表面も艶やかと言うか、もっちりぷるるんとした印象を受ける。すごく触り心地良さそう。この事態が落着したら、撫でさせてもらおう。
鉄筒盾を放置して立ち上がり、体に付いた泥を叩き落とす。
外套の内側までドロドロだ。これは洗濯しないとダメかも。
周りに目をやれば、隣には仏頂面のシリュウさん。
腕をだらりと下ろした姿勢でアクアを見下ろしている。
その向こうにはダリアさん。ウルリが離れた所でこっちを見ていて、別の場所にはダブリラさん。
って、ダブリラさん、気絶してる?? なんか立ったまま放心状態なんだけど。なんか攻撃でも食らったのかな? 私みたいにあの閃光で目がやられたとか? 他の皆が放置してるから、まあ大丈夫か。
あの青い短杖は見当たらない。
てっきり、アクアがウィッチスライム(?)みたいに装備してるかと思ったんだが。
とりあえずアクアに尋ねる。
「あの短杖は何処にやったの? 巻き貝の奥の方に仕舞ってる?」
『いや? 私のこのボディに融けて一体となっているよ。』ぽよふり…
触腕をゆらゆらと振りながら、恐ろしいことを言っているアクアさん。
高魔力物質を、溶かして吸収したってことか…。
見た目、最弱生物なのに、最強存在みたいなことしてるね…。
『精霊、なんだけどね?』
「…まあ、奪い返される心配はしなくていい訳か…。」
ちらりとダリアさんの足下に目をやる。
そこには、棍棒に押し潰された格好の、クラゲ頭の水エルフ。
綺麗な色味だった髪は泥まみれで、その顔は絶望一色に染まっていて。全身で「無様」を表現した様な姿の彼女は、茫然としていた。
──────────
無抵抗ではあったが何をするか分かったものではないので、まず、クラゲ頭を呪鉄や魔鉄の枷で拘束した。
その後、ともかく状況を整理しようと全員(気絶してる灰色の人は除く)が納得した段階で、町からカミュさんが飛んできて合流した。
やはり本体の彼は無事だったそう。水のドームが消えた為、新たな召喚体を作って様子を見に来てくれたと、ナーヤ様の声が語ってくれた。専任官のベフタス様や町の人達も大事無いみたい。
再会できたことに胸を撫で下ろしつつ、喜びを分かち合うのは後にして、皆の話を聞いた。
要約すると、こうだ。
南の草原でミャーマレースがシリュウさんと激突。
彼女の従者の何人かが加勢して、シリュウさんを封印レベルの拘束魔法で押し留めた。
その魔法を維持したまま、クラゲ頭は町へ飛来。
危険な〈呪怨〉の力を持つ鉄鍛冶師を引き渡すよう、強引な脅しをかけた。
そのタイミングで、魔猪の森手前の私が囮用の風魔法を起動し、クラゲ頭が監禁用の水結界ドームを発動した。って流れだ。
ダリアさん達は、ウカイさんからの情報をギルド経由で受け取りすぐさま、救援に向かってくれたらしい。
そして、アクアの話だが。
鉄巻き貝の中で寝ていたら、レイヤの風魔鉄が起動したことを感じた。
いつものことだと気にせずに惰眠を貪って──精霊として衰弱した自らの存在を回復させる為に必要なことだそうですごめんなさい──休養していたら、呪鉄を貫通するほど強大で高濃度の魔力放射を浴びた。
そこに懐かしい気配が混じっているのを感じたアクアは、起きて外に飛び出し発生源に接触。そこに内包されていた「激流蛇の魔力」を吸収することで、精霊として進化──本人曰く「存在規模を修復」──したそうな。
んで、短杖の所有権を奪われたと言うか、世界樹からの加護を喪失した泉の氏族のエルフちゃんは、発動していた魔法を維持することができず魔力が枯渇。
緩んだ拘束を突破したシリュウさんは超速移動で駆けつけてくれた、と言う訳か。
『全く、予備の世界樹管理者程度に遅れを取るなんて、君も案外頼りないね。』ぽよぽよふりふり…
念話の間ずっと私の頭に乗っているアクアが、シリュウさんに向かって尊大な態度をとる。
毒舌なのは私相手だけじゃ無いんすね…。もしかして、他者を見下す為に高い頭が好きだったの…?
ダリアさんや子竜カミュさんですら、恐ろしげに視線をさ迷わせている…。
「憑依先の危機に眠りこけてたお前に言われたくはねぇ。」ジト目…
『結果的に事態を収めたんだから、良いじゃないか。』ぽよぽよ…
「単に食い意地が汚いだけだろうが。」
『それこそ君に言われたくはないね。』
やんややんやと口喧嘩をするアクアとシリュウさん。
うーん、ある意味平和なのかな…。
ダリアさんが「どうにかしなよ」とでも言いたげな目で見てくるので、仕方なく口を開く。
「まあ、2人ともその辺にしましょう? この後どうするか決めないと。」
「…。そうだな。
大体のことは分かったし、潰して終わりにするか。」
シリュウさんが握り拳に真っ赤な炎を纏わせ、地面に転がされているクラゲ頭を見下ろす。
焦った声をあがり、ダリアさんが気怠げに止めに入った。
「待ちなって。命まで取ったら面倒だろ。」
「落とし前もつけずに放置しろ、ことか?」
「そうは言ってねぇよ…。」
「世界樹の欠片を失ったこいつに、もう価値は無い。終わらせてやるのが慈悲だろう?」
「それをシリュウが決めちまうのも問題だよ…。」
そう言ってダリアさんがこちらを見る。
結果的にクラゲ頭を負かしたアクアに権利が有るって言いたいのかな。
でも。シリュウさんの言うことも一理有る。
「アクアは、何か言いたいことは無い?」
頭上を見上げながら言葉をかける。
このクラゲ頭はアクアの本体さんと交流が有ったっぽいし、思うところが有りそうだけど。
『私としては、このエルフがどうなろうと知ったことではないね。「世界樹の露」を運んでくれてご苦労、程度の気持ちしか湧かないよ。君達で好きに決めたらいい。』
う~ん、淡白な反応。人望無いな、この水エルフ。当然だけど。
「…。テイラは、こいつを生かすべきとか考えてるのか?」
「ん~…、どうでしょうね。」
恨みや嫌悪感は有るけど、別に今はそこまで深くは無いしなぁ。直接の被害を受けたのだって、レイヤやカミュさんな訳だし。
「まあ、他人に奉仕するなりして、苦しんで生きるべき、とは思いますかね~。」
「そんな性格してねぇし、能力が落ちたこいつにできることなんかねぇだろ。」
まあ、確かにそんな気はするな。放っておいても自殺しそうな雰囲気だし、罪を償わせるのも相当面倒かも。
「なら、真面目に生きる様にさせますかね~。」
「あ…?」怪訝な顔…
私はしゃがんで、クラゲ頭の顔を覗き込む。
水氏族エルフちゃんは、こちらに目を向けもしない。
「あなたが、自分の罪を認めて心を入れ換えて生きることを、拒否するなら。
──髪を、切断します。」
鉄ハサミを形成して見せつけた。エルフご自慢のキラキラ魔力髪でも、この呪いの鉄なら難なく切れる。
ぼんやりとした目が私を見上げた。僅かに拒絶の色が見えなくもないが、諦観の感情がほとんどを占めている様に感じる。
堪えた様子が無いので、彼女の心に響くように言葉を続けた。
「──あなたの、お兄さんの、髪を、ね?」ニーッコリ!!
「………──!?!?」
シャキンシャキン!と刃を動かして見せると、クラゲ頭の目に生気が戻り、大きく見開かれる。
「むうーー!! むぐぅーー!?」ジッタン!バッタン!
鉄で塞がれた口をそれでもなお動かそうと、踠くブラコンエルフちゃん。
哀れなほどに必死だねぇ? 目尻に涙まで浮かべちゃってぇ。
これならこっちの要望も、進んで受け入れてくれるかな~?♪
次回は28日予定です。




