322話 精霊様のお導き
バシャアアアアアア!!
強烈な蒼い閃光の後、雨が降り注いだ。
水のドームが完全に崩壊し、一部が魔力粒子になって霧散しながらも、重力に引かれて落ちて来ているのだ。
術者である水エルフの体も、魔法を操ることを忘れたかの様に落下した。
地面にぶつかり泥まみれになってなお、彼女はただただ呆然と俯いている。
「っ!!」ブン!
「ぎゃっ。」
そこにダリアの棍棒が振り下ろされた。
短い悲鳴をあげたエルフの少女は、録な抵抗も無いまま、棍棒と地面に挟まれ身動きが封じられる。
(こいつは…。どうなってんだい…。)
泉の氏族のエルフを制圧したものの、この異常事態に内心戸惑いを隠せないダリアは慎重に観察を続けた。
ダリアに分かることは3つ。
1つ。目の前の水エルフが、防御魔法も身体補助魔法も使っていないこと。恐らく、魔力が枯渇している。
2つ。彼女が持っていた短杖「世界樹の露」を、「激流蛇の分霊様」が奪い取ったこと。方法は不明であるが。
3つ。ミャーマレースの心が完全に折れていること。抵抗の意思が欠片も無いほどに放心しきっている。演技などではないだろう。
つまり、現状のミャーマレースは、氏族無しの一般エルフどころか、其処らに居る人間と大差無いと言うことだ。
(分霊様が、『世界樹の加護』を。打ち消した、ってことかい…??)
まるで理解できない事態ではあるが、そう考えると筋が通る状態であった。
とにかく現状把握に努めようと、ダリアは周囲を見渡す。
上級冒険者の雨瑠璃は、水球から解放された後危なげなく着地、全身を震わせ水気を飛ばして、警戒体勢のまま離れた所に居る。
邪眼による鑑定ができる夢魔のダブリラは、白目を剥いて硬直していた。どうやら空中に浮いたまま気絶しているらしい。
恐らく、起こった出来事を理解したが故に思考停止しているのだろう。詳細を尋ねても返答は期待できない。
ダリアは分霊様の存在を知っていたからこそ、とっさに動けはした。だが、頭を抱えたくなる気持ちは痛いほどに理解できる。
その分霊様はと言えば、いつの間にか地面に鎮座しており、もごもごと短杖を咀嚼していた。
スライムが動物の死骸を体内に取り込んで消化吸収するが如く、ぽよぽよと震える半透明ボディの中にすっぽりと、蒼く煌めく杖が浮いている。
世界の至宝たるアーティファクトを、玩具の様に私物化していた。
そして、そのすぐ傍らには、大きな鉄の塊が横たわっている。
馬上鎗の様な武器で突貫していたテイラであった。
閃光を至近距離で直視した為に目が眩み、その直後に瀑布の如き莫大な魔力放出が停止したことで前のめりにつんのめって、転んだのだ。そしてそのまま起き上がってこない。
ただ、「さ、『3分間だけ待ってやる』…。い、いや、それだと死亡フラグだから、せめて『40秒で支度しな』理論で、40秒待って…。」などと意味の分からぬことを呟いているから、一応は無事の様だが。
(どう収拾つけたもんだろうね、これ…。)
制圧は成した。もうこの水エルフにできることはない。
だが今後の対応が至極難問──
「! 待ちな!シリュウ!!」
何かに気づいたダリアは思考を即断して、町の方向に向かって鋭く叫んだ。
直後、赤い影が隕石の様に飛来し、急制動をかけて止まる。
棍棒下のミャーマレースに殴りかかる姿勢で体を固定させたシリュウは、恐ろしいまでに無表情の顔を、ゆっくりとダリアに向けた。
「…。」
「…、」
静かな殺意に満ちているシリュウの目と、焦りの色を湛えたダリアの目がぶつかる。
(周りを見ておくれよ。頼むから。)
やがてシリュウの視線が水エルフへと戻り、その異変に気づく。
そして視線を外し、鉄の塊を見、その側でほんわりと青く光っている水精霊を捉えた。
激情が薄れ、シリュウの顔に表情が戻ってくる。
それは雄弁に「困惑」の二文字を語っていた。
「…。どう言う状況だ、これは…?」
「アタシが聞きてぇよ…。」
──────────
くっそー…、痛い…。
体を地面にしこたまぶつけたし、目もチカチカして網膜が焼ける様に痛む。ちょっと動ける気がしない。
しかも、なんか大量の水を浴びたみたいで寒いし、“踏んだり蹴ったり”だ…。
まあ、戦闘音が止んでるし、危機察知も無反応だし、もう大丈夫だって変な安心感が有るし、このままでも問題無いとは思うんだけど。
誰か状況説明プリーズ…。
「大丈夫、か…?」
「あ、シリュウさん? ご無事ですか…!?」目閉じ上半身起こし…
「…。少なくとも、テイラよりは無事だ…。」
「それは良かった…。」
呆れ声だが普通な様子のシリュウさんに、安堵のため息が漏れる。
「とにかく。状況を説明しろ…。」
「いや、私にも何がなんだかさっぱりで。」
それでも説明が欲しいとのことで、精一杯分かる範囲の起こった事を話す。
説明が欲しいの、むしろ私なんだけどなぁ…。まあ、視力がまだ戻らないし、口は動くから喋るのは良いんだけど。
「──それで、アクアが急に飛び出して、クラゲ頭──ヒステリック水エルフ女、の青い短杖に触れたら、なんか全部止まった、ってことですね。」
「…。余計に分からん…。」
ですよねー…。
“ジェ○ンニが一晩でやってくれました。”ならぬ、アクアが一瞬でやってくれました状態だもん。魔力感知も魔眼も無い私には到底理解できない何かだ。
しっかし。アクアさんも、助けてくれるのはマジ有り難いんだけど。もうちょいスマートにやってほしかったなぁ…。
まあ、結果的にクラゲ頭の妨害ができたっぽいし恨む気持ちはさらさら無いけども。
「そうだ。シリュウさんなら、アクアの言葉、聞こえるんじゃ?」
「それがさっきから魔力がごちゃついてやがって──お…?」
シリュウさんが突然、すっとんきょうな声をあげた。
訝んでいると、私の目蓋の上に、なにやらひんやり柔らかい物体が触れる。
「え、何?」ビクッ…
『ほら、治してあげるからじっとするんだ、卑屈娘。』
謎の声が頭に響いた。
年上の女性っぽくて、なげやりな雰囲気を感じる声色をしている。
「?? …どちら様? ですか?」
『君が「タニシスライム」なんて酷い呼び名で呼ぶ、水の精霊だよ。』
「え゛っ!? もしかして、『アクア』…!?」
『ああ。卑屈娘の水分補給係、アクアさんだよ。』
次回は14日予定です。




