320話 夢魔の思考と小さな一撃
(魔力消費量は相当なものにはなってんだけどなぁ~。
やっぱり、「世界樹の欠片」の魔力生成量が狂ってるよね~。)
灰色肌の夢魔ダブリラが、ふよふよと空中に浮きながら戦場を見渡す。
自身の〈汚染〉による紋様構築阻害、「砂塵」のダリアの砂嵐、テイラの謎鉄での魔法霧散。
さらに、離れた場所に居るシリュウを封印拘束する為に莫大な魔力を使った上で、これらの攻撃を捌き続けている水氏族のエルフは面倒極まりない。
しかしダブリラは、事態を楽観視していた。
ミャーマレースの思考は、激憤や使命感──見当違いの「見栄」とも言う──を上回って、恐怖と焦りで塗り潰されかけている。
直に均衡が崩れ、封印拘束を脱したシリュウが即座に飛んでくるだろう。
溶岩大精霊が加われば、この「聞かん坊」を生きたまま制圧することは容易い。
むしろ、怒り狂っているだろう彼が、ちゃんと手加減してくれるかどうか。
不安はそちらだった。
(レースちゃんが死んだら、色々面倒臭いよね~…。でも無罪放免ってのもなぁ~。
どうにか、あの短杖を機能停止させられれば一番楽だけど。鉄っちの鉄で囲えば、いけるかな~?♪)
ちら、とテイラの方を見る。
何やら真剣な顔で、謎鉄を謎弓(本当に弓かなぁ?)で射出しまくりだした、青髪の人間。
己よりも遥かに年下の呪い娘が、今何を考えているのか。まるで分からない。
彼女の頭──恐らく普段着けている「髪留め」──から迸る、非常に強力な『風魔力』のせいだ。
平時であれば、漏れ出る感情ぐらいなら難なく読み取れるのに、現状では直視することすら困難だった。
(いやぁ、本当に、何なんだろうね~…?)げんなり…
呪怨鉄を生み出す呪い娘が、何故ゆえ、〈汚染〉の「邪眼」に完全抵抗する馬鹿げた魔力を放っているのか。
内心で乾いた笑いを浮かべるダブリラは、飛んでくる魔法を〈汚染〉で迎撃しつつ頭の片隅で思考を続ける。
(まあ、レースちゃんが固執している「風氏族のお姫様」絡みなんだろうな~。
シリュウくんの魔力を「鉄化」させた能力の応用、って考えれば、筋道は通るし?)
詳細な話を聞けるかは不明だが、テイラを無事に帰すことこそが今この場での最大目標。
シリュウとの関係悪化を防ぐ為にも、冒険者ギルドの技術発展の為にも、夢魔の食事提供者を保護すると言う名目でも、とても重要だった。
それを為すには、今この場に居る3人目の救援者にそろそろ動いてもらうべきかと考えていたダブリラは。
彼女が行動に出ようとしていることに、気づくのが遅れた。
「──!? 待った! ウルリん!」
──────────
闇属性の特性『隠蔽』を独自展開し、姿と気配を消していた魔猫族の雨瑠璃。
実はダリア・ダブリラと共に水のドームに侵入しており、それ以降、魔法を一切使わずに彼女らの背後で息を潜めていたのだ。
ウルリは、荒れ狂う戦場の中でひたすらに様子を窺っていた。
テイラの鉄矢がドームに接触し敵の気が再び逸れ、攻防の末ダリアの棍棒が大きく弾かれたのを見とめた瞬間。
好機はここだと、一気に動き出した。
素の脚力のみで飛び上がり、テイラの巨大鉄盾の縁に足を掛け大きく跳躍。
空中で動きを止めたダリアの棍棒表面に軽やかに着地。
武器が纏う風魔力を隠れ蓑に、最小限の風魔法で棍棒を蹴り、水エルフへと全力で飛んだ。
狙うは、敵が握る小さな杖。
目にするだけで魔猫の本能が悲鳴をあげるほど、絶大な魔力を放つあれを奪取すれば──
「──視えて、ますのよ。」
──ボプン!
突如生じた水球にウルリの上半身が捕らえられ、動きが止められた。
混乱しつつも、半ば無意識に抵抗を選択。
右足後方に風魔法を噴出させ、強制的に体を捻り下段から回し蹴りを放つ。
猫のしなやかさを兼ね備える肉体が軋みをあげるほどの勢いで、脛がミャーマレースの腕を強打──したかにみえたが、水の障壁が展開され防がれた。
反撃を食らうよりはマシだろうとダリアが放った砂礫が2人諸とも襲うものの、やはり水魔法で到達を阻まれる。
(こ、のっ…!)
息を止め、ウルリは必死にもがき、考える。
敵は自分を舐めている。
化け物じみた3人の攻撃を防ぐので手一杯だからこそ、即死レベルの攻撃ではなくただの水球で動きを封じたのだ。
しかし、内包する魔力が高過ぎて己の風魔法では突破できない。
このままではただ放置され、数分後には溺れて意識を失い、最悪、死ぬだろう。
死にたくはないが、それ以上に。
大恩人たるテイラの危機に、無理を言って付いてきたのに、何もできずに終わるなんて、嫌、だった。
(今、できる、ことを…!!)
ウルリは、何の意味も無いとしてもやれることを全うしようと、身体強化が掛かっていない左足を我武者羅に蹴り上げた。
ミャーマレースはそれを認識しつつも、放置。他の攻撃に意識を回す。
結果、少女の非力な左足は、短杖を握る水エルフの腕に僅かに接触し──
──フォン!
──バシ…!
水エルフの手から、青き短杖が零れ落ちた。
「────は…?」
ウルリの、魔力回路が破壊された左足の内部。
骨髄の中に微かに残る、テイラの呪怨鉄の欠片が、ミャーマレースの腕に掛かる強化魔法を霧散させたのだ。
魔力の高さに甘え肉体を鍛えたこともない箱入り水エルフと、上級冒険者として自立している少女とでは、素の膂力に違いが出るのは当然だった。
次回は31日予定です。




