32話 ドライフルーツ
朝ご飯、むしろ昼前になったからブランチ? みたいになったけど、美味しい蒸し肉を食べてのんびりしていた頃。
雨が降り始めた。
草原では雨避けになるところなどなく、仕方ないので鉄を薄く伸ばして小屋を作った。
シリュウさんも微妙な顔はしてたけど、とりあえず入ってはくれた。まあ靴を脱いで入って欲しいって言ったらだいぶ困惑してたけど。
私が元日本人って理由もあるが、このあとこの小屋を腕輪に仕舞えるようにする為でもある。
腕輪には、「私の血で作った鉄」だと私が認識してるものしか入らない。多少の汚れや水分ならギリギリ許容してくれるけど、パンが乗った鉄皿をパンごとは収納できないし、蓋をしたスープ入りの鍋とかも入らない。
この小屋の場合、あまりに土で汚れてると収納できない訳だ。まあ、床の鉄を薄く剥がして汚れごと捨てることはできるけど、鉄がもったいないからね。
丸みのある鉄とスプリングで作った、リクライニングシートみたいな椅子に座り、ゆったりする。
美味しい肉を食べて、動きたくないからねぇ。
「…。随分と…満喫してるな…。」
「ん~…? 美味しいご飯、食べれてとても、満足してますから…。ふわぁ、眠い…。」
「明らかに旅の途中の光景じゃないな。」
「シリュウさんも同型椅子に座ってるのに何を今さら。
せっかくその革袋に入れた蒸し肉を、また出して食べてるのはどうかと思いますよ?」
「この黒袋の中に入れると障気は消せるが、乾燥劣化はするんだ。旨いものは旨いうちに食う。」
「ふ~ん。まあご自由に…。」
──────────
ギュウウ…
「…。何してんだ?」
「寝ないように、アームで足、つねってるだけですけど。」グィ~…
「別に寝ても良い。俺は残りの肉食べてるから。」
「いや、あんだけ作った、のを、少しは明日に残しておきましょう、よ…。」
「別に良いだろ。」
「まあ、良いですけど…。
じゃ、少し寝る、か。」
椅子の周りに、隔壁展開。密閉、完了。
あ、そうだ…。
窓、形成。顔を出す。
「小屋の、扉作って、ときます? 寝てる間、外…。」
「いや、良い。…寝ぼけて、小屋を針にしないでくれたら、それで良い。」
「はぁい。ちゃんと針、します…」うつらうつら…
「いや、すんな。」
「スリット窓ある、空気も問題無い、…す。ふわぁ、おやすみなさい…。」
隔壁閉鎖。酸素供給、開始…。
ぐぅ…。
──────────
「おはようございます!」
「もう夜だ。」
「ですよね…。寝過ぎてごめんなさい…。」
「…あの怪我からの病み上がりに、色々料理させた。気にするな。雨もまだ弱く降ってるしな。」
部屋の中には程よい灯りが灯ってた。シリュウさんの魔導具らしい。私の髪留めの緑色とは違う暖色系の光が小屋の中を照らしてる。
そんな中でシリュウさんは謎食べ物を噛ってる。
拳より大きい、萎びた茶色の…何?
てか、まだ食べてるの??
「お腹、良く入りますね…。」
「テイラも食べるか? 割りといけるやつだ。」
「そもそも何です? それ。」
「アリガの実。…が乾燥したやつ、だな。」
アリガはこの大陸東部に良く生ってる木の実だ。
地球で一番近いのは「リンゴ」かな? 同じく赤い見た目だし。日本のスーパーで売ってる甘いやつではなく、なんかこうニュートンのリンゴみたいな原種の酸っぱさがあるやつ。
野生種の地球産リンゴの方は口にしたことないけど。
カットしたリンゴならドライフルーツにするのはまだ理解できる。いや、どう作るかは知らないが。
今、シリュウさんが持ってるのは、どう見てもヘタが付いたままの丸ごとだよね…。どうやったら、あの厚みがそのままカラカラになるんだ…。
あれか? 死神界の最後のリンゴとかそんな何かか??
「…。食べれるんです??」
「黒袋の中に長いこと入ったやつの中では、なかなか良い部類だな。」
…。
ドライフルーツ。ドライ、なフルーツ。乾燥、木の実。
「乾燥劣化」するって言ってたよね。革袋の中。
「そのマジックバッグの中は、砂漠ですか…?」
「さばく…?」
「あー、水分が無くて乾燥した土地くらいの意味です。砂浜とか荒れ地が近い言葉ですかね。」
この大陸には砂漠はなかったんだったかな。
「…。まあ、遠くはないかもな。」
「なるほど。乾燥で水分無くして腐るのを防ぐ仕組みってことか。水分が無ければ雑菌も繁殖できないし、毒も生成されない。保存能力高くて旅にはもってこいですね。」
「…。」無言無表情…
んー、これは警戒してる感じだな。食事に情熱注ぐシリュウさんにとっての生命線って訳だ。
まあ、マジックバッグなんて私が持ってても魔力維持もできないし、中の物を取り出せる訳でもない。
特に何をする気も無いけど。
「小さいので良いです。アリガの実、くれますか?」
「…。ああ。」
しっかし、カラッカラだな。プルーンを大きくしてさらに乾燥させたような見た目。とりあえず、噛るか。
もぐ…、
口の中の水分、全部、持っていかれた…!
ちくしょう…!
あ、でもほんのり甘い。
唾液が出るけど、まだまだ持っていかれる…。
私はコップ出してカンカンとアクアの貝殻を叩く。
声が出せない、アクア、水! プリーズ!
いや! 水筒の水のが早いか!?
こくこく、こくこく…
「ふはぁ…。脱水で死ぬところだった…。」
「…。」
「でも良い甘味ですね。酸っぱさ消えてて。」
「…。そうか。」
「私が食べるなら、やっぱり牛乳と一緒にミキサーにかけてスムージーっぽくしますかね~…。色々と出来そうだな。」
「これも料理できるのかっ?」
食い付きが凄い!
普段の適当に脱力してる感じのあなたはどこに行ったの?
半ば抱きついてくる感じの勢いに、ちょっと引いてアームを展開。威嚇しておく。
いざとなったら小屋の中に針地獄を顕現しよう。
「まあ、多分。やってみたい方法はいくつか思い付きますけど…。」
「テイラ。黒袋の食材を料理してくれ。それで、ポーションや食材の金を帳消しにするのはどうだ?」
なん… だと…。




