318話 対話拒否と認めたくないもの
憤怒の形相で私を見る水エルフが、短杖をこちらに向けたまま空中に浮かぶ。
ひとまず、このクラゲ髪女をこの場所に誘導できただけ御の字だ。
町への被害は最小限になるはず。
あとは、どれだけ抵抗するか、だが…。
私達を覆う水のドーム膜を観察しながら、言葉を紡ぐ。
「あの。まずは対話を──」
──キィン!キィン!
頭の中に警告音が鳴り響いた。
命の危機が迫っている。場所は──私の、体内!?
口を閉じてすぐさま移動。クラゲ髪を横目に捉えながら、森に近づく方向へと全力ダッシュ。
だが、警告音が消えない。
なら、防御!
鉄の壁を出現させ、視線と魔法を断つ。
「な、がっ…!?」ぐらり…!
視界が歪む。世界がひっくり返る。
体の感覚がバラバラになり、意味不明の気持ち悪さが込み上げてきた。
なに、これ…!?
──誓約 適合
──〈鉄血〉発動
訳も分からぬ内に、私の〈呪怨〉が発動した。
──────────
パァン!!
「!?」
ミャーマレースは、驚愕の表情で短杖を頭上に掲げながら仰け反った。
憎き鉄鍛冶師の体に自身の魔力を「浸透」させ、内部の水分を掻き乱し「炸裂」させて殺そうとしたにも関わらず、防がれたのだ。
それどころか、接続させた魔力線を逆に辿っておぞましい〈呪怨〉が飛んできた。
星の意思を体現するアーティファクト「世界樹の露」たる短杖が、浄化相殺していなければ、ミャーマレースの肉体こそが八つ裂きにされていただろう。
その事実を理解し、ぶるりと体を震わせる水エルフ。
だが、次の瞬間には怒りでその思考は埋め尽くされた。
(こんな…! こんな、非魔種の人間にまでっ…!! 私が! 負ける訳がないっ!!)ギギギッ!!
あの風氏族のガキだけでなく、その武器を造っただけの職人にまで敗北すれば。
氏族長であり尊敬する兄から、今度こそ、失望されるだろう。
それだけは、絶対に。絶対に、許容できない。
「アアアッ!! 気色悪いっ!」
金切り声を上げながら膨大な魔力を流し込み、攻撃魔法の紋様を構築する。
苦しさから立ち直ったテイラが鉄壁越しに様子を見ると、水の牢獄内部に、数十・数百の水球が生成されていた。
「不味っ!?」
「死になさい!!」短杖振り下ろし!
全方位からテイラに向かって弾丸の如き「雨」が降り注ぐ。
「鉄棺っ!!」ぐにょーん!
──ドドドドドドッ!!
自身の周りを鉄で覆ったテイラに、殺人的な水魔法が殺到する。
呪怨鉄が籠められた魔力を霧散させるものの、超加速された水の質量により鉄そのものが叩きつけられ削られていく。
危機察知によりそれを感知したテイラが呪いの鉄を追加補充することで、その守りをなんとか維持していた。
「埒が、明かないわねっ!」紋様構築!魔法発動!
「っ!!」歯を食い縛る…!
「お前が死ねば、あの模造品どもも消える!
世界の秩序の為に! ここで浄化されなさいっ!!」
テイラに聞かせるでもなく、己を鼓舞する様に、泉の氏族の少女は限界まで魔力を励起させていく。
そこには強固な殺意が宿っていた。
──ドパンッ!!
「!?」
突如、水の膜を突き破って、巨大な塊がミャーマレース目掛けて飛来する。
土と風属性魔力が混合されたそれを警戒し、攻撃を中断。防御ではなく回避を選択。空中を流れる様に移動し、その物体を注視する。
それは、呪怨鉄が先端に取り付けられた棍棒だった。
その棍棒は、膜に開いた穴を通って侵入してきた大女の手元へと舞い戻る。
「面白ぇことしてんじゃないかい。アタシも混ぜとくれよ。」
「…、」
「ダリアさん!?」
攻撃が止んだので隙間から外を見たテイラが、すっとんきょうな声をあげた。
やって来たのは土と風の混血エルフ、ダリアである。
歯を剥き出しにして、実に楽しげに笑っていた。
「『砂塵の』…? ──いえ、そう。そうなの。
その姿。あなたも、あの風に毒されたと言う訳。」
ダリアの髪の変化や呪いの鉄が混じった武器を確認し、すぐさま敵対者と認定するミャーマレース。
汚物を見る様な目で、ダリアを見下ろしていた。
「何のこと言ってんのか知らないけどね。そこの奴には色々と借りが有んだよ。手ぇ引きな。」
「あなたこそ、引っ込んでなさい。今はそこの人間を処分するのが先。あなたは、その後で浄化してあげるわ。」
エルフの少女から魔力が迸り、穴が塞がった水の膜の内面に紋様が浮かび上がる。
籠められた魔力の強さを表す様に、複雑な曲線模様が青い輝きを放つ。
それを警戒しつつも、ダリアは憮然とした態度を崩さない。
「随分焦ってんじゃないか。そいつの異常性にビビるのも分かるけどね。
しかし、シリュウの奴を極大の封印魔法で抑え込んでまでして、ちょいと強引過ぎないかい?」
「黙りなさい、『岩氏族の妾腹』。」
「…、」シーン…
(え…? 妾、腹…? 岩の、氏族…?)
ダリアの言葉を挑発と時間稼ぎの戯れ言だと受け取った水エルフは、侮辱の言葉を言い放った。
妾──妻ではない女性──から産まれてきたことを指す内容で、もちろん、蔑みの悪口である。
ダリアは怒りから橙色の魔力粒子を立ち昇らせつつ、頭の冷えた部分で、注目を自分に向けさせる好機だと思考を巡らせた。
そして殊更に獰猛に笑いながら、売られた喧嘩を買う為に言葉を返す。
「年上に対する言葉使いがなってないねぇ…!
──『兄貴の添え物』ェ!」
「!!!」
大瀑布の様な水魔力の奔流と、荒れ狂う橙色の砂嵐が、空間を軋ませる勢いで衝突した。
この世界では、ひな祭りは、女の子と女の子が血で血を洗う大闘争を行うことを指します(大嘘)
来週はとても忙しく、次回は再来週の17日になるかと思われます。




