316話 水エルフの激憤
(ビバ、3連休。)
「相も変わらず、ふてぶてしい顔をしていますね。ドラゴンイーター。」
泉の氏族、ミャーマレース=カエルラフォーンス。
見た目は10代の少女の風貌だが、肉体年齢は100歳近い。
1000年を超えて生きる氏族エルフの中では若輩者として扱われる歳だが、世界樹に認められその欠片を有する彼女を侮る者など、極一部である。
「…。その言葉、そのまま返す。」
「ふんっ! 偉そうな口を利きますね。どうして皆、あなたを野放しにするのかしら。」
「…。(こっちの台詞だ…。)」
当然、シリュウはその極一部側の存在であった。
何故こんな性格の奴が世界樹に認められたのか不思議でならないと、蔑みの視線を送る。
ウカイは、余計な刺激を与えない様に闇門の側まで下がり、黙って魔力を注ぎ続けていた。
「…、まあ、よいです。手早く終わらせましょう。」
従者の半分を水魚に乗せたまま、移動させる。
向かう先は、後方で待機しているイーサン達の所だ。事務的な情報共有を改めて行うのである。
ミャーマレース本人は、変わり者の土エルフや夢魔族の血を引く輩と話す気はなく、自分の使命を果たす為にシリュウの前へと歩みを進める。
「探知魔法で精査します。動かない様に。」
「…。ああ。」
ミャーマレースは、ギルドの不正職員の粛清及び呪具の「浄化」の為にこの国にやって来ていた。
今回の来訪は春に行われる大規模作戦の前に、色々と疑わしい行動の多いシリュウが〈呪怨〉に汚染されていないか、確認する目的で行われている。
蒼く輝く短杖から水流が迸り、シリュウの周囲に複数の水環となって淡い魔力光を放つ。
性格はともかく、この女エルフは能力的には確かなので、大人しく魔法を受け入れるシリュウ。
それに気を良くしたのか、ミャーマレースは短杖を掲げたままその口を開く。
「しかし、よくもまあ、ここまで問題を悪化させたものです。あなた、ご自分がどれほど周りに迷惑を掛けているかお分かり?」
「…。」
「この国の…、何と言ったかしら?」
「フュオーガジョン、です。ミャーマレース様。」
側に控えていた水エルフの従者が、主の言いたいことを察し、情報を補足する。
「そう、それです。その町で複合呪怨の存在と対峙し最終的に消滅させたとは言え、全町民に対してあなたの魔力で威圧するなど…。野蛮が過ぎると言うものです。」
「…。(なら、お前が最初からやってろ…。)」
「『砂塵の』に貸与されていた呪具を破壊したそうですが、これはまあ良いにせよ、ギルド本部に伺いを立てることなく研究資料を破壊するのはいただけませんね。」
「…。(事情も知らずにべらべらと…。)」
「極めつけは、この土地での呪怨生物の討伐。
人間達と連携を取ったにもかかわらず、上級冒険者に怪我人が出たそうではないですか。特級冒険者が、聞いて呆れます。」
「…。(それは、その通りだ。)」
「そして、複合呪怨も呪怨生物も元を辿れば『ホーンヌーンの魔王』の眷属、だと推測されるとか。
この短期間に何度も遭遇するなんて。随分と、まあ、仲の良いことです。」
「…。」ズズズ…
「黒の姫」との関係を揶揄する発言に、シリュウから剣呑な魔力が放たれる。
「ミャーマレース様…、その件は、」
「分かっています。
思慮が足りていないこの者に釘を刺しておいただけですよ。」
「思慮が足りてないのは、お前だ。」
とっくに終わっていた精査魔法を消し、自身に反抗的なシリュウに目を細めるミャーマレース。
「あら、攻撃魔法の1つも出さないなんて。成長しているではないですか。」
「何様のつもりだ。」
「私は、『泉の氏族』『カエルラフォーンス』です…!
あなたこそ、激流蛇様に気に入られているからと調子に乗り過ぎなのですよ!」
この機会に個人的な鬱憤を晴らそうと、彼女の口撃は止まらない。
「全く! これほど物分かりが悪いのに〈呪怨〉に犯されていないなんて。その頭の悪さは、等しく害悪たると──」
罵倒の途中で、突然言葉に詰まった。
表情も固まったまま、ピクリとも動かない。
「…? なんだ?」
「ミャーマレース様…?」
「…、」
ミャーマレースがゆっくりと体の向きを変えた。
その視線の先に有るのは、鉄の家。シリュウの活動拠点である。
「あれは俺の持ち物だ。気にすんな。」
魔鉄トンファーなどは何を言われるか分からないので事前に黒革袋に仕舞ってあったが、検査はすぐに終わるだろうと拠点はそのままであった。
魔獣鉄は呪怨の力で生み出された素材であるが、何もおかしな特性は持っていない。己の魔力が染み付いているだけで、土属性の金属魔法に類する物と何ら変わりないはずであると、シリュウは考えていた。
「────。」無表情で立ち尽くす…
「おい、どうした──」
「特に異常は感知できませんが。何か気になることでも──」
周りの声など聞いていない様子のミャーマレース。その体から、突然、爆発的な勢いで水属性の魔力が放出された。
空を覆い尽くす様に、青い魔力が枝葉の如く凄まじい速度で伸びていく。
それは複雑な紋様を描き、辺り一帯を青く照らしあげた。
立体紋様魔法──図柄に順序良く魔力を流し込むことで現象を起こす紋様魔法、その極致である。
構築されたのは、極大の攻撃魔法。
水の魔力の弾丸、いや、大砲の大玉を、雨霰と降らせる、天変地異に等しい大爆撃であった。
ズドドドドドドドッ!!
鉄の家が、粉砕されていく。
魔力を籠められ破壊力を増した大質量の水球に、魔獣鉄が物理的に負けていた。
突然の凶行に、誰も動けない。
「──何しやがる。」ゴゴゴッ!
シリュウが怒りを顕にして鋭い声を投げる。
「────。」スッ…
その声に反応したかの様に、水エルフが指を差す。
その先には、原形を留めたままの、鉄のバケツが転がっていた。
テイラの呪いの鉄で出来た寸胴鍋である。いつぞやダブリラの頭に被せた後、料理に使う気になれず、鉄小屋の中に放置していた物だった。
ミャーマレースの指先から、今度は圧縮された水が放たれた。レーザーの如くバケツに直撃する。
しかし、呪鉄製のそれは、魔力を霧散させ攻撃を無効化した。
「」チュンッ!チュンッ!チュンッ!!
連続で放たれる圧縮魔力水流。
やがて霧散効果の限界を超えた為、水レーザーが鉄バケツを貫通し鉄クズへと姿を変える。
「黙ってないで、何か言え。小娘──!」
相手は氏族エルフで、肉体年齢的にも年上なのだが、怒髪天をついているシリュウには関係なかった。
「──魔法を消す、あの金属──。風氏族のガキの──!!!」
だが。女エルフの激情の方が、上だった。
振り返り、三白眼となった目でシリュウを睨み倒す。
「〈呪怨〉のっ!! 鉄鍛冶師はっ!! 何処っ!!!」
次回は18日予定です。




