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314話 雑談あるいは嵐の前の静けさ

「テイラちゃん、大丈夫…?」

「ええ、まあそれなりには…。」ははは…


 ミハさんが心配そうな顔で見つめてくれる。

 私は体をゆっくり動かして無事をアピールした。


 今日はお屋敷の食事所でミハさんの料理をつまみつつ、雑談を交わしてのんびりした休日モードである。


 先日、サムライ大好きゼギンさんと(渋々)模擬戦をして、ズタボロに負けた。


 頼みこまれて日本刀もどきで剣士の真似事をしたのだが、〔瞬閃の疾風〕無しではただの重く鈍い棒でしかなく…。振り回すことすら覚束(おぼつか)なかった。

 その後はいつもの鉄槍(刃が無いからほぼ鉄パイプ)でも戦ったが、難なく対応され、弾かれたり流されたり…。ゼギンさんの木剣二刀相手に一撃どころか(かす)りもせず、(ふところ)に入られて寸止めされまくった。結局、全敗である。



「上級の冒険者さんと戦えるだけ凄いわよ?」

「いやぁ、まともな戦いにはなってませんよぉ。私、動きは素人同然ですし。」


 寸止めの攻撃では「命の危機」なんてものが無いから、どこに攻撃が来るか予知できず、後手後手でぐだぐだの悪あがきしかできないのだ。


 相手は木剣が当たらない様に配慮してくれてるのに、こっちが勝手にすっ転んだりしてあちこちぶつけたからね…。

 ゼギンさんもやるせない雰囲気と言うか、思案顔だったし。


 まあ、擦りむいたり打撲した箇所は回復水薬(ポーション)で跡も無く消えているし、痛みも無い。

 今は、ぼんやりと精神的な疲労──単なる居たたまれなさ──が残っている程度だ。



「ウルリさん達と模擬戦した時、テイラちゃんが大活躍したって聞いたけれど。」

「ああ~…、相手が魔法使いタイプだと相性良くてやりやすいんですよね~…。」


 魔法は大体無効化できるし、本人は動き回らないから対処しやすい。

 私の場合、単純に物理面(フィジカル)が強い相手にパワー負けするってだけだ。そんな敵に遭遇したら迎撃せずに逃げることに注力するし、アーティファクトも生存方向に活用してる訳だし。


 かといって私の本気は、呪怨(のろい)で作った殺傷性の高い鉄武器を振り回すことだから、致命的な怪我を相手に負わせかねなくて模擬戦でやりたくないんだよな…。ヒートアップすれば、血管から直接鉄を創造しだして相手も自分も大変なことになっちゃうし…。



「その点で言えば、ローリカーナの(バカ)相手なら遠慮する必要が無くて圧勝できるんですけどねぇ。」


 まあ、魔法も物理面も私以下の弱々ちゃんだから、遠慮も何も関係無いのだが。怪我したところで大した心痛も無いからとても楽だし。



「普通…、大貴族様の方が、よっぽど遠慮しないと駄目よ、テイラちゃん…。」額に手を当てる…


 ローリカーナの奴、「精霊憑(せいれいつ)き」としての生き方を模索しはじめたとかでまた突撃してくる様になったんだよなぁ。

 あろうことかシリュウさんに協力してほしいと頼み込んできたり。まあ、ちゃんと頭下げてお願いできるだけ進歩は見られるのだが…。


 一応、シリュウさんに打診はしてみたが、「俺は『精霊憑き(・・・・)』じゃねぇ。あの異常貴族の力になれん。」と返答を受けている。要するに、自分の道は自分で切り開け、と言う訳だ。


 まあ、私も精霊(アクア)に憑かれているといつぞやシリュウさんが言われたが、戦闘に参加させたことなんか無いしねぇ。

 基本的に水神様と(あが)めるか、ぽよぽよの癒しペットとして触れる程度の関係だし、奴の要望に応えることはできない。



「まあ、本人に非の無い、特殊な精霊憑きってことで、同情しなくはないんですけどね。」

「…、精霊…。」


 ミハさんが険しさの混じった表情で私を見つめて…、いや、なんか視線が上を向いてるな…?


 変に真剣な雰囲気だけど…。



「あれ? 私の髪に何か付いてます…?」髪を撫でつつ…

「ううん、違うの。」


 尋ねたら、いつもの優しい感じに戻って苦笑する。



「何か、気に障ること、言っちゃいました…?」

「全然。そんなことないわよ?」


「じゃあ、さっきは何を…?」

「…、えーと、そうね…。

 テイラちゃん、今、違和感、とか無いかしら?」

「違和感ですか…?」


 空腹は感じないし、寝不足感も無い。水のアーティファクトが十全に機能してるおかげでお腹の調子も万全だ。


 暖房の魔導具やら魔鉄やらで室温はちょうど、空気は若干乾燥してるけど普通に過ごしやすい。


 もちろん危機察知にも何の反応もなく、至って平穏そのものだ。



「何も感じませんね。」

「ごめんなさい。なら、大丈夫だと思うわ。」

「あー…、ミハさんの『直感』ですか? もしかして。」

「うん…。そうなの。」


「別に何も気にしませんから、何か気づいたことが有るなら言ってくれて構いませんよ?」


 ミハさんは適当なことを言うエルフ(ひと)ではない。常識と良心を持った、信頼できる人物だ。能力がどうこうで、その評価が覆ることはない。



「私の直感って、こう…、根拠が無い、じゃない? だから私にも良く分からないことが多くて…。」


 申し訳無さそうに話すミハさん。色々と溜め込んでいそうだ。



「今はトニアルが精神魔法を掛けてくれてるから早々、変なものは見えないはずなんだけど…。」

「何か、ミハさんにとって不安になる感じのことが起こりそうなんです、かね?」


「うん、多分、不安に思うことが有るんだとは思うの。でも、具体的に何がどう起こるとかは言えなくて…。」

「ミハさん。

 何かしら、見えたり聞こえたりしてるんですよね? 良かったらその内容を、話してくれませんか?」


 ミハさんの顔を見て、優しく声を掛ける。



「ん…、そうね…。変な話になっちゃうけど、聞いてくれる?」

「もちろんですよ。」


 不安な気持ちを吐き出すだけでも、心は安定するものだ。

 もし幻聴の類いが聞こえているなら、まずは心を解きほぐすのが肝要となる。


 逆に真実の類いなら、今のうちに聞いて備えておくことで被害を軽減できるだろう。



「…、精霊さん…。ほら、テイラちゃんの風の精霊…、

 テイラちゃんの周りに色んな精霊さんが浮かんで見えるって話したでしょ? その中の、すっごく元気な風精霊さんの様子が、ね? 少し、おかしいの。」

「ほう、レイヤの化身(かぜのせいれい)が。」


「今までも、テイラちゃんの周りをくるくる回ってたり、3つに分裂して光ってたり、背後でなんかすごく大きくなってたり、色んな変化が見えてはいたんだけど…、」


 レイヤさん、何してんすか??

 いや、ミハさんの妄想なだけで、髪留め内にレイヤの意思が潜んでてどうこう…、って訳じゃないはずだけど…。



「今日はね? その、凄く『(あら)ぶってる』って言えばいいのかしら…。何か激しい感じで、ね?

 それこそ、テイラちゃんの頭の上で『竜巻』になっちゃってる勢いなの…。」

「た、竜巻…?」


 そろりと上を見るが、もちろんそんなものは存在しない。普通に天井が見えるだけだ。



「その、風精霊が『怒り狂ってる』ってことですかね…?」

「うーん、そうね? 怒ってる、のかも…?

 何か叫んでる風にも感じられるのだけど、それこそ嵐みたいな風音がびゅうびゅうって感じで…。ちょっとはっきりとは聞きとれなくて…。」


 今度はそっと、髪留めに触れてみる。

 魔鉄の不思議性質で簡単には冷たくならないそれは、いつも通りの硬くほんのり(ぬく)い感触を反すだけだ。


 う~ん…? レイヤが怒る様なこと…?

 そんなの、した覚えはないよなぁ…?


 夜中に寝ぼけて髪留めを蹴ったとか、()めて(よだれ)まみれにしたとか…?

 いや、それなら起きた時に気づいてなきゃおかしい。何も変わりなく普通だったはず。


 呪い持ちであることを言いふらしてシリュウさんに叱られはしたが…。それは昨日今日のことじゃないし…。そもそもレイヤなら呆れる程度で済む話だ。


 他に、レイヤが怒り狂う様なことと言えば…?


 私がまた自殺でも考えたら、そうなると思うが、ここ最近は美味しい物食べて大変満足してるから「自殺の『じ』の字」も思い浮かべてないしな…。


 ミハさんに見えてる風精霊ってのが、レイヤの意思の具現、じゃない可能性も有るが…。

 なら、それは何なんだ? って話になるし。

 あれかな…? 「世界樹の欠片」由来の何かかなぁ…?



「もしかして、私に何か有るんじゃなくて。

 レイヤの方で、何か大変なことが起こってる…??」

「私の直感は、あくまで私が見聞きしたものにしか働いたことがないから、見たことのないテイラちゃんのお友達のことまで、感じとれるはずは無いんだけど…。」


 まあ、そうだよなぁ。



「ん~、まあ考えても仕方ないことは無視しましょう。

 単に、その風精霊さんとやらが竜巻レベルでぐるぐる回転したかっただけ。かも知れませんし。」


 理由の無い奇行なんてよくある話だ。うん。

 私も時たまやるし。レイヤも割りとする。



「そ、そう? ごめんなさいね、変なこと言って。」

「いえいえ。一応、何か起こるかもってことで今日一日、注意しておきます。」

「私の方でも気をつけておくわ。

 まあ、その前に、トニアルに会っておくべきかもだけど。」


 トニアルさんはいつも通り仕事に出ている。ギルドと貴族(騎士)との間を取り持つ──



「あ。今日は何か忙しいって言ってたかもです。トニアルさん。

 シリュウさんの所に他の町から誰か訪ねくるから、そのサポート(支援)がどうこう、って。」

「ええ、そうだったわね。水のエルフの氏族様がシリュウに──」


 ミハが突然目を見開いた。私の背後を見つめて固まっている。


 バッと振り返ると、部屋の壁際の空間に『黒い()み』が浮かんでいた。

 黒い霧が渦巻く様に凝集した感じだ。──空間魔法か? ダブリラさんの影転移に近い。


 鉄槍を出して構え、ミハさんの前に陣取る。

 まだ危機察知は反応していないから、差し迫った危険はないはず──


 黒い塊が大きく揺らぎ、そこから滑り落ちる様に何かが飛び出してきた。



「」ぜぇ!ぜぇ…!

「きゃ…!?」

「え? ウカイさん??」


 灰色髪にサングラスの、ウカイさんだった。床に突っ伏して、とても荒く息をしている。



「テ、テイラ嬢…! に…! 逃げて! ください!!」


次回は2月4日予定です。


節分の次の日。

鬼を退治できてると良いですね。

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