307話 この出会いに、全ての感謝をこめる…!
「これは、なかなか…。不思議な風味ね…。」もぐ…もぐ…
ラー油もどきの味見をしているミハさんが、曖昧な表現で言いよどんでいる。
どうやらお口に合わなかったらしい。まあ、辛さへの好みは個人の嗜好に大きく依るからなぁ…。仕方ないね。
「私としては、とても魅力的に感じますね。この辛味は味に変化を付けるのにうってつけです。男性には特に好まれるのではないかと。」
ひき肉をラー油もどきで軽く炒めた赤い肉そぼろを咀嚼しながら、リーヒャさんがその眼光を鋭くさせる。
この調味料の可能性を感じとってくれている様だ。
顧問さんの屋敷でお客人に料理を振る舞う彼女が肯定してくれたと言うことは、かなり大きな強みだな。助かる。
「ただ…、これ、本当に、『リュカの実』から作ったの、ですか…?」
「はい。頑張りました。」静かに自慢気…
「そう、ですか…。」判断に悩む…
「テイラちゃん、そこ、胸を張るところじゃないと思うわ…。」シリュウに毒されてる…
本日は屋敷の調理場で、ラー油もどきを使った料理の試作をしている。
先日、ラーシさんやフミさんの協力のおかげで、ラー油もどき作成の効率的なやり方と廃液の処理方法が確立できた。
なので、この辺りで本格的にレシピ研究へと移行するつもりだ。町の外で1人、警戒任務に就いているシリュウさんに、新作辛味料理のフルコースをお届けしたいと思っている。
いやぁしかし、処理方法を特定するのは苦労した。
灰やら石灰やらを混ぜて濾過して、とかなり手順が複雑になったし、その濾過後の残留物を更に燃やさないといけなくて、工程も膨大になった。
まあ、残った液体は元来の酸っぱさが灰のアルカリと中和するみたいで普通に下水処理に流せるし、焼いた残留物からは魔法阻害効果が消えているから埋め立てられるし、満足はしているが。
「やっぱり、お肉と一緒に油焼きの要領で使うのが良いかしら?」
「魚や野菜でも悪くないでしょうね。卵でも、面白いかも知れません。」
「玉子料理にすると、辛さがマイルド──えーと、柔らかく、角が取れてくれるので、食べやすくなりますかね。」
「なるほど。子供や辛味が苦手な方向けですか。」
「辛味と玉子の甘さの組み合わせが、なかなか乙なんですよ~。」
「もう試してたのね、テイラちゃん…。 (卵なんて、いつの間に持っていったのかしら??)」
明太子入りの玉子焼き。あれも好きなんだよなぁ…。
魚卵は手に入らないから完全再現は今のところ不可能だけど。
後は、カニ玉なんかにちょい足しするのもアリかも知れない。
やっぱり「ラー油」と名付けただけあって、中華っぽい料理が頭に浮かぶんだよね~。
「しかし…。『豆腐』が在れば、ベストな物が作れたんだけどなぁ…。」悲しげ溜め息…
「テイラちゃんは、色々と物知りね。」
「まあ、食事には拘りたいですから。」ははは…
この国──と言うか伝え聞く範囲内には、どういう訳か「豆腐」が存在しないのだ。
これでは、麻婆豆腐が出来るはずもない。茄子っぽい野菜も無いから麻婆茄子も無理だしなぁ。キュウリもどきでワンチャンいける、か…?
色んな豆が存在していて、豆乳も作れる訳だから誰かしらが発明してても良いはずだが…。
やはりネックなのは、「にがり」かな?
海水から塩を作る際に、釜に入れて煮詰める工程が有る。その時に作られる、塩の結晶を取り除いた残りの液体が「にがり」だ。
これは天然の添加物であり、豆乳に混ぜることでそのたんぱく質を固める作用を持つ。
つまり、豆乳とにがりが出会う場が無ければ、豆腐の生産が行われない可能性は考えられる訳だ。
それでもそんなことはそうそう無いと思ってたんだが。
魔猪肉やら千豆やら、やたら美味しい食材が最初から存在するからこそ、わざわざ手間を掛けてまで新たな食品を生み出す必要が無かった…、って理由なのかも知れない…。
あとは、海の塩じゃなくて「岩塩」が流通の主流派ってのも有るのかもなぁ。
待てよ? 海の成分が地球と異なってて、固める作用そのものがこちらには存在しなかったりするのか…??
「…、その『にがり』と言う物を使う『トウフ』は分かりませんが…。」
異世界豆腐文化について思いを馳せていると、リーヒャさんが何やら思案顔になって語りだした。
「豆を腐らせて作る、料理が在るとは聞いたことがありますね。」
「え? 『発酵』んですか?」
「ええ。料理…と呼んでいいのか、怪しいものですが…。」
「お酒とか『放置してるとできる物』、みたいな感じかしら…? ちょっと想像できないわね…?」豆の、お酒…?
「私も実物は見たことがありません。コウジラフの南にいくつか点在する村々で作られてるそうでして。」
ふむ。植物の魔境領域、アトリーピューツにほど近いところか。独り旅の時代にあの辺りを通って移動していたけど、人とはなるべく接触しない様にしてたからなぁ。
「あそこは、色々と過酷である為か独自の技術が発展したそうです。
なんでも、千豆ではない普通の豆が、適切でない保存方法で放置されて『カビ』が生えて腐り、それをどうにか食べられる様に工夫した…、と言う話だそうです。」
………、カビが生えた、
豆を、
加工………?
それ、って………、
「それはかなり無茶な話ね…。エルフだと魔法でそのカビを取り除くとかしちゃいそう。いえ、そもそも消し飛ばしちゃうかしら?」
「そうですね。人族ならではの技術かも知れません。
出来上がるのも、原形が無くなるほどぐちゃぐちゃに溶けた『黒い泥水』の様なものだそうで。テイラさんがおっしゃっている様な、白くて柔らかい食べ物とは似ても──」
「くわしく。」圧っ…!
「は、はい…?」
「テイラちゃん?」
「くわしく。
その、『黒い泥水』。
詳しく。詳細を。お願いします。」圧々…!!
「いえ、私もこれ以上のことは何も…!?」
「私は、今っ! 冷静さを欠こうとしています…!」超圧圧圧っ!!
「あ、え…!? あの…!?」混乱中…!?
「テイラちゃん落ち着いてっ!? なんかとっくに欠いてるわよ!?」逆鱗に触れちゃった!?
盲点…!! 圧倒的盲点…!!
発酵文化は、都市部ではなく田舎の農村地域の十八番…!! 魔法による保存技術が発展した町には流通しない、マイナー調味料…!
カビが生えた豆から出来る黒いドロドロ…!!
間違いなく、「味噌」だ…!!
最低限、その類似品であることは確定的に明らかぁ!
必ずや! 必ずや手に入れてみせるぞっ! 「異世界味噌」ぉ…!!
唸れ、私の全ての繋がりェ!! 全財産フル投入で全速前進だぁっ!!
うおおおおおっ!!!
あ。
それはそれとして、新作料理はしないといけないな!
豆腐も茄子もどきも無いとなるとなかなか「これ!」ってのは思いつかないが。油ってのを活かして、辛い「アヒージョ」とか? 最悪、炒め物や鍋にちょい掛けして──
はっ!?!? 味噌と混ぜて「辛味噌」にすれば…!?(ループする思考)
魔鉄ベアリングの椅子で超回転していたシリュウ
「何か、美味い飯がやって来る予感…!」ピキーンッ!
領地間を飛び回ってお仕事中の運び屋ウカイ
「何か、とんでもない依頼が来る…!?」謎の悪寒…!?
異世界味噌樽の中の小さきもの「かもすぞー!」
次回は12月6日予定です。
追記。
6日更新は無理そうです。
完成次第投稿するつもりですが、1回休んで12日になるやも。




