306話 阿鼻叫喚の訓練風景
「「「…、アー…。」」」各々木剣振り回し…!
「くそっ!」火炎魔法で牽制!
「がんばれ~♪」るんるん笑顔♪
「…、エァー…。」げぼく~…
ギルド地下訓練場内では、さながらゾンビパニック映画の様な戦いが繰り広げられていた。
正気を失い操られた冒険者十数人が、未だに正気を保つ仲間達に襲いかかっている。
目が虚ろで口も半開き、うめき声を上げている様相にもかかわらず、その剣筋と言うか足運びは鍛えられた鋭さを感じる。
人間美女モードのダブリラさんによる集団洗脳攻撃の結果だ。数の有利がそのまま返され、利点が完全にマイナスに働いてる。
そんな様子を斧男を従えながらほくほく笑顔で観戦する姿は、実に魔王の娘さんらしいものだった。
「これ、訓練って言うより、生き残りバトルだな…。」
操られずに戦い続けているのは、ツルピカギルドマスターとゼギンさん、そして棍棒無しの素手で戦うダリアさんだ。
ツルピカは魔法使って複数の冒険者を相手取っており、木剣を焼いて破壊することで戦闘力を削いでいるみたい。
魔法の使い方が賢くていらっしゃることで、素晴らしいね。ケッ!
「」フォン!ガン!ヒュンッ!
「」受け流し!弾き!踏み込み!
ゼギンさんは、パーティーメンバーの剣士、…ウッズさん? だったかな? と激しい斬り合いをし続けている。操られている冒険者の中でもかなり手練れた動きをしている為に、彼を抑えることに集中している模様。
他の人が参戦できる隙は無さそうだ。
ゼギンさんの側には風補助魔法使いのトリュンさんも居るのだが、膝を付いて苦し気にしている。精神操作に抵抗しているらしく、暴れてもいないがまともに戦うこともできないみたい。肩に乗る小鳥魔物のリーンさんが、嘴でつつきまくって正気を保つ刺激を送っていた。
「らぁっ!」足払いからの肘打ち!
「ゲェッ!?」ぶっ飛び!?
「しぃ!!」正拳突き!
「グア!?!」ぶっ倒れ!?
そして、ダリアさん。実に生き生きと男どもをその体術で倒していっていた。
棍棒をわざわざ置いていったのは、この状況を予測していたからなのかな。あんなので殴られたら、即死するもんね。
まあ、ダリアさんの肘やら膝やら握り拳がクリーンヒットする度に凄い打撃音がして、冒険者達が吹き飛ばされるのを見ていると大差無い様にも思えるが…。
めっちゃ痛そう…。地面に転がった後ぴくぴく震えたまま、起き上がって来ないし…。
やがて、ほとんどの洗脳冒険者達が戦闘不能になった。動けるのは、ゼギンさんと斬り結び続けるウッズさんと、ダブリラさんの側で突っ立ってる斧大男ぐらいのものだろう。
「はぁ…、さて。形勢逆転したけど、どうするんだい?」ポキポキッ…
拳を鳴らしてダブリラさんを見据えるダリアさん。
後ろは他の人に任せて、どうやら攻勢に出るつもりらしい。
「そうだね~…。じゃあ、こうしよっか♪
〈感覚汚染〉・〈熱病蔓延〉。」ズアッ…!
「…、チッ…!」ゾクゾクッ!?
ダブリラさんが嫌な感じに笑った後、場内の空気が変わった。何か、嫌な雰囲気だ。
「何だ…、今度っはっ!?」震える…!?
「こ、れは…!?」がくんっ!
「…、」無言の膝付き…
「……、ゲバァ…!?」突然の転倒…!
「「「………、ァゥゥ…、」」」悲痛なうめき声…!
洗脳ゾンビだったかどうかに関係無く、この場に居る全ての人が変調していた。
ダリアさんやゼギンさんまで苦し気に体を丸めており、転がっていた冒険者達の口からは辛そうな声が漏れている。斧男にいたっては、頭から地面に倒れ込んでいた。
「どうかな~? 『病気』になったお味は?♪」
「クソ…! だ、ね…!!」踏ん張る…!!
「♪」むふ~♪
どうやら、〈呪怨〉の力で全員を病気にしたらしい。
不可視かつこの人数を1度に、とかどんな殺人ウィルスだ…!?
「安心して♪ 変な『障気』を生み出したとかじゃなくて、君達の身体の『感覚』を風邪になった時と同じにしただけだからさっ♪」
あ、良かった。ウィルスは単なる私の妄想だった…。
いや? 菌もウィルスも無しに他人を病気にさせる方がヤバいのでは…??
「ありが、てぇ、ことだねぇ…!!」壮絶に笑う…!!
「おお~、砂塵ちゃん、流石~♪ まだ動けるんだ~?」
「この程度…! 何とも、無いねぇ!」拳を握って戦闘モード…!
大粒の汗をかき、顔を赤らめながらもダリアさんは、不敵に笑って戦闘を続行しようとしている。
相当辛そうではあるが、今なら邪魔をする奴も居ないからチャンスではある。
「しっ!」全力疾走!
「わ~怖い~♪」ズズッと影を操作…
「がぇ…!?」がくがく起き上がり…!
ダリアさんが攻撃に移った次の瞬間、その行く手を巨大な影が立ち塞がっていた。文字通りに。
「ぐぇ…!?!?」黒斧ブウゥン!
「うっ、ぜぇっ!!」回避!
「きゃ~♪ 私を守って~♪」
邪魔だてしたのは、斧男だ。その姿は、黒い鎧を纏った重騎士の様。
ダブリラさんの影が物理的に斧男に巻き付いて、強制的にその体を操っているみたい。
その証拠に、男は白目を剥いており意識が朦朧としている様子。黒い鎧が形を変える度に、その口から涎なのか胃液なのか判別できない体液を吐き出しながら、ダリアさんの妨害をしていた。
う~ん…、流石にちょっと哀れだ。
ダブリラさんもとことん、苛めぬく気だな…。
「があっ…!?」ボンボン!ボンッ!!
「い、けっ…、『砂塵』っ!」腕を構える…
「」突っ込む!
影鎧の斧男の顔面で、爆発が起こった。ツルピカが火魔法を遠隔発動したらしい。
ダリアさんが無言で斧男の脇を通過、すぐ後ろに居るダブリラさんに肉薄する。
トプンッ
「あ~らら、残念~。」パシャリッ…
「!」裏拳!
ダブリラさんの姿が黒くなった瞬間にその輪郭は泡の様に消え、気づいた時には斧男を挟んで反対側に出現していた。
すぐさまダリアさんが方向転換するも──
トプンッ
「あはは! 無駄無駄~♪」パシャン…
「しっ!」風砂の拳…!
トプンッ
「無駄だってば~♪」パシャン!
完全に遊ばれている。
離れた位置から見ている私だから分かることだが、どうやら斧男の足下の「影」を起点にして、「影の世界」的な別空間に潜って回避されているみたい。あの男を側に侍らせてたのは、大きな影を利用したかったからだったのか。
ダリアさんも熱で頭が回っていないのか、届かない攻撃を繰り返すのみで疲弊していっている。
これは、流石にどうしようもないな。
冷静に判断できる部外者の私が、この不毛な訓練を止めねばなるまい。
中止の合図をして、果たして止まってくれるかどうか微妙だけど…。最悪、影と鉄の「モグラ叩き」でも──
「──! 良し、このくらいにしよっか♪」影操作終了~…
こっちを見たダブリラさんが、両手をヒラヒラと上に挙げて魔法を解除していく。
あれ? 急にどうしました?
「ああ゛!? アタシはまだやれるよ!」はあ…!はあ…!
「無茶言うね~? (お年寄り(笑)なんだから) 体は大切にしなよ~?」
「うるせぇっ!」表情から思考読み…!
ダリアさんが盛大に吠えていらっしゃるが、ダブリラさんは涼しげな顔でふわりと浮き上がる。
「鉄っちが動きそうだからね~。痛い目に会う前に止めとくよ~♪」
「ちぃ、くしょ…!」悔しげ座り込み…
「めちゃくちゃ…、してくれやがったな…。」溜め息…
「「「」」」死屍累々…
「…、鍛練し直さぬとなぁ、ウッズ?」ふぅ…
「」疲労困憊の無言…
肌の色を元に戻しつつ、その眼に喜びを湛えたダブリラさんが、最後に周囲を見回して口を開いた。
「ではでは、餌諸君。またヤろうね~♪♪」ニタァ~♪
全員、「もう来るな」としか思ってないと思いますよ…?
次回は30日予定です。




