302話 話し合いと女子会 前編
「…、」フォン…!
「………、」気まずそう…
ラーシエンさんの肩口から伸びる半透明の赤い腕が、段差に腰掛けるウルリの左足首を掴んでいる。
目を瞑って集中している火魔法使いさんと違い、人間モードの魔猫族は落ち着かなさそうにソワソワしており、逃げたくて堪らない様子だ。
まあ、逃げても事態が好転することはないと理解しているだろうから、心配することはないが。
ここは、屋敷の炬燵部屋。
私、ウルリ、ラーシさん、フーミーンさんの4人が集っている。
今日は楽しい楽しい女子会なのだ。
その証拠に炬燵机の上には美味しい軽食・お菓子が並んでおり、私とフミさんは先にいただいている。
「…、本当に、魔力回路が喪失しているのね。」
ややあって、ラーシさんが目を開き、呟く。
その声色には無念の響きが有った。
「やっぱり駄目そうー?」
「ええ。一応、フーも視てくれる?」
「りょーかいー。」
「べ、別に、そこまでしなくても…。」
「あんたは黙って従う。」
「んう、ん…。」
2人に押しきられる形で沈黙したウルリは、そのまま診察され続けていた。
動物病院に連れてこられて怯える黒猫っぽいな…。
まあ、必要なことなので本人が嫌がっても受けてもらうしかないのだが。
ウルリをフミさんに任せて下がったラーシさんが、私の隣に来て魔法腕でお菓子を掴み、口にする。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます。」
「別に感謝される理由は無いわよ。」まくまく…
「いやぁ、ウルリの魔力回路をぶっ壊した元凶たる私としては、色々とご迷惑を掛けてるなぁ、と思いまして。」
「あんたがやったのは、緊急の措置だったんでしょ。変に責任を感じる必要は無いわ。
それに、迷惑掛けてるのはウルリでしょ。怪我は仕方ないにしても、勝手に私達を避けるし、勝手に脱退する気でいるし…!」
ウルリは自身の怪我を理由に、所属する冒険者パーティーを抜けようと考えていた。
トニアルさん達の説得で冒険者そのものを続ける気にはなっていたのだが、「今までみたいにみんなと一緒の行動は無理だから。」と単独での活動にシフトしようとしていたのだ。
そんなおりに、見舞いにやってきたラーシさんと口論になってゴタゴタしたのが先日のこと。
両者の頭が冷えた状態で、互いの状況をきちんと把握し合い建設的な話し合いをする場として、本日の会合を開催してみた。ラー油もどきの廃液処理方法の確立は急務だが、町の重要戦力達の関係改善もまたやらねばならぬことだしね。
甘い物をつまみながら、なるべく穏便に妥協点を探れればと思う。
「まあまあ、ラーちゃん。ウルリが気ままなのはいつものことでしょー?」
「今回は酷過ぎるわよ。」つーん…!
「ごめん…。」
「謝るくらいなら、話をしろっての…。」
「…、」へにょり…
今は存在しないのに、力無く垂れ下がる猫耳の幻影が見えた。
どうにも、脱退を考えた確固たる理由が有る様なのだが、それを口にする気は無いらしい。
「んー、身体強化とかの魔法は使えないかもだけど。普通に歩くのは問題ないと思うんだよねー。」
「ん…。もう体は、大丈夫…。身体強化魔法も、左足以外は普通に掛けれるし…。」
「なら、わざわざパーティーを抜ける必要ないじゃない。」
「や…、結局は移動する速さが落ちてるし、前みたいに皆と一緒には…。」
「何言ってんの? あんたとリグが突出して速かっただけで、全体移動は大盾持ちに合わせてるんだから問題ないでしょ?」
「や…、ほら、『斥候』としては、こう、万全? じゃないし…。」
「『なんか、その代わりに、闇のローブ無しで気配を薄くできる様になったから平気!』とか言ってたでしょ。」
「…、」うぐぅ、と沈黙…
「そこで黙らないでよ…。」溜め息…
ふーむ。落ち着いて話はできてるけど、平行線だな、これは。1つ、揺さぶってみるか。
「あの~、すいません。発言良いですか?」
「勝手にしなさいよ?」
「どうぞー。」
「実は、ウルリについて周りの人達に話を聞いたんですが。」
「ちょっ、何を言う気──」
「ウルリは黙ってる。
それで? 続けて。」
「はい。それで、その方々の話…、まあ、推測とか直感とかが混ざったあやふやな話なんですけども。
ウルリが、リグさんに、何かされたじゃないか、意見が出てるんですよ。」
「何言いだすのっ!?!?」
ウルリと家族同然の薄着さんや、不思議直感が冴え渡るミハさんが、ウルリをしばらく観察したことで導きだされた答えだ。その確度は高いはず。
まあ、その考えに私も矛盾は感じない。
身体に問題が無いにも関わらず、パーティーから抜けることにだけ拘るなら、十中八九「人間関係」が原因だろう。
ウルリやラーシさん達が所属する冒険者パーティー。そのリーダーを務めるリグさんは、ラーシさんの恋人であり、ウルリが想いを寄せていた相手である。
元貴族であるラーシさんと昔から知り合い同士だったらしく「一夫多妻」とかの貴族的価値観を有してる上に、色んなことを卒無くこなす万能冒険者。そして、私が大嫌いな、女好きの軽薄男である。
彼との間に何かしらのトラブルが有ったと考えるのが自然だ。
「──ウルリ? あのリグ、何かした訳…?」ぐりん…!
「そ、そんなこと無い──」しどろもどろ…
「目を、見なさい。私の、目を見て、答えなさい。」
切れ長で普段から目力が有るラーシさんが、恐ろしいほどに目を見開いてウルリを覗きこむ。
「リグは、あんたに、何か、した?」
「………なっ…、何も…、」目を逸らし続ける…
ウルリは、目を合わせなかった。
その態度から色々と察したらしいラーシさんの体から、ゆらゆらと陽炎が立ち上る。
「あんの馬鹿、ちょっと締めてくるわ。」ゴゴゴ…!! 阿修羅が顕現…!
あれ…? サクッと終わらせるつもりなのに、何故か分割する文量になった…?? まあ、いいか?
次回は6日予定です。




