297話 その成分は水溶性か脂溶性か
「ふ~~~む………、これは、どうして、なかなか…。」
光が満ちる、鉄で囲まれた空間の中で独りごちる。
ここは、顧問さんの屋敷の庭に作った「研究所」の内部。
まあ、便宜上そう呼んでいるだけで、研究と言うよりはただの隔離施設なのだが。
外と完全に切り離したこの空間は、割りとハイスペックだ。
大きさは四畳半ほど。いくつかの鉄製器具が壁際に並んでおり、やりたいことは大抵この中だけでできる仕様。
集光装置で太陽光を集め、大きな水晶のガラスを通した後、鉄鏡で乱反射させて明るさの確保をしている。
鉄テントと同じく密閉状態なので、風の髪留めからの酸素供給&二酸化炭素の分解除去により、毒素を漏らす心配もなく各種の調査が行える仕組みである。
「多分、推測自体は間違ってないと思うだけどなぁ。どうにも上手く分離できないなぁ…。」
研究と言うか実験しているのは、激不味果実「リュカの実」についてだ。
色んな味が混ざった激烈不協和音状態から、辛味成分だけを抽出できないかと奮闘しているが、なかなか上手くいかない。
味見の時に体験したことから推測すると、酸味と渋味の成分が水溶性なのだろう。
では、目的の辛味成分はどうなのか。恐らく疎水性なのだと思われる。
なので単純な仮説として、脂溶性──油には溶けるんじゃないだろうか?
そう思って実の断片や絞った果汁を、植物油に浸けたり混合したりしてみたのだが、成果は芳しくない。
まあ、油にも水にも溶けないって可能性もあるか。でも、それはそれで変化を説明できないんだよなぁ。
「前世の唐辛子とかその仲間だったら、辛味成分が水溶性で、水を飲むと辛味が際立つみたいな話になるんだけど…。」
まあ、とっさの時に反射で水飲んじゃったから、覚えてても無駄な知識だった訳だが。まあ、それはそれとして。
「よし。気分転換するか。
口をリセットしてから、甘い物を食べよう。そうしよう。」
そうと決まれば、レッツラ・ゴーゴー!
部屋の鉄扉を開け、玄関スペースに移動。服に付いた有害成分等々を風で洗い流してから、外に──
──カラン!カラン!
とんでもなくドンピシャのタイミングで、鉄鐘が鳴った。
この研究所の前に来訪者が居るらしい。
嫌な予感がしつつも玄関ドアを開ける。
「おはようでござりまする!」
「テイラちゃん、お客さん…。」
サムライ狂いゼギンさんが居た。実に良い笑顔で立っている。案内してきたであろうミハさんが側で苦笑いしていた。
「…ハハハ…。」乾いた笑い…
この人、情熱の掛け方を間違ってないかな…。
──────────
う~~~んっっ!! 今日も「異世界モンブラン」が美味しい~~~っ!!
もはや私にとっては甘味処である「蜜の竹林」にて、今日も今日とて美人強壮を食らう。
砂糖を使わずに濃厚どっしりとした甘さ、それと調和を成す爽やかな酸味、ねっとりとした喉越しのコク。
疲れて死滅した脳細胞がギュンギュン蘇生して活動していく感じ(錯覚)がたまらない。
「実に良い顔で食べられますなぁ。」感心…
「…ゼギンさんは、面の皮が実にぶ厚くていらっしゃいますなぁ…。」もぐもぐ…
「『押し通ること』こそがサムライの本懐なれば。」むんっ…!
皮肉を受け止めた上で胸を張れるとか…。心臓の方も毛だらけか…?
なんでこの人、ここまで付いてきてんだろ…。
今の時間は食事処的な側面が強いけど、水商売のお店なんだけどなぁ。
いや、護衛代わりに丁度良いかもとは思って、途中であしらうの諦めたけども。
「や。上級剣士を連れてきたテイラの方が不気味だよ…?」
店の奥から現れたウルリが、苦言を呈しいる。
その顔はなかなかの呆れ顔だ。甘味を席まで運んできてすぐに奥に戻ったミールさんと同じくらい、意味不明なものを見る目付きである。
「ウルリ殿、おはようでござる。」
「ああ、ん。おはよう…。」
「おはよう、ウルリ。
私がゼギンさんを侍らせてるみたいに言われるの、心外なんだけど。」
「事実じゃん…。」
「弟子にするのを断っても、教えを乞いたいって付いてきてるんだけど。」
「乞いたいでござるな…!」
「どうにかしてよ、ウルリ上級冒険者様?」
「…、ごめん。無理…。」
私のジト目に耐えられなかったのか、顔を逸らしたウルリが話題を変えにかかった。
「あー…、テイラはまだ、リュカの実で遊んでるの…?」
「遊びじゃなくて、真剣な料理活動なんだけど。」
「や。あんな苦しんでおいて、よく続けてるな、って…。」
「某も同意見にござる。」
弟子にしてやって、師匠の命令は100%全肯定するように言いつけてやろうかな…。
「豆乳を用意してもらったし、対策はできてるよ。」
「とうにゅう…? 混ぜるの…??」
「食べた後に飲んで、口の中を洗い流すの。」
「え~…??」意味分からん…
「ふむ…??」想像できぬ…
辛い物を食べる時、牛乳を一緒に飲めば乳たんぱく質が辛味成分を包んで、舌(の味蕾)と接触しない様にできると聞いたことがあった。
この町で牛の乳は用意できない為、代わりになるかもと、千豆の「茹で汁」をいただいた次第だ。
まあ、あの、水に溶け出す激烈な酸味・渋味自体は完全ブロックできなかったが。それでも、体感で5~6割程減少させることはできた。頑張れば耐えて味見できるレベルである。
数回ほど飲み干せば、口の中をほぼほぼ正常な状態に戻せるし。
おかげでこうして甘味を堪能できている。
ありがとう、異世界イソフラボン(?)
「少なくとも、不味さの原因が味の混合に有ると言う大前提のまま──
水溶性なんだから水に曝せば抜けていくはずで──
辛味成分だけを残して──
乾燥・煮沸、あとは火炙りも試す価値あるな──?」頭に回った糖分フル回転…
「ふむ。この膨大な思考こそ、サムライ道に通ずるのやも知れぬな…。勉強になる…、でござる…。」じっくり観察…
「…、この2人…、魔猪みたいに真っ直ぐ突進しかできないのかな…。」遠い目…
んー、どうしようもなくなったら、サプライズとか考えずに、唯一の有識者シリュウさんに話を聞くべきかな…。
無事に任務が終わっていると良いんだけど。
次回は10月6日予定です。




