294話 初めての魔猪の森(その手前オンリー)
「皆さん、おはようございます! 本日はよろしくお願いします!」
「ん…。」色々微妙な顔…
「よろしくお願いしますぅ~。」車椅子でお辞儀…
「うむ。よろしくでござる。」腕組みうなずき…
「おう。」ラフな返答…
「………チィ。」小さな鳴き声…
ついにやってきました、「魔猪の森」!
分厚く幅広い魔木の城壁、万里の長城の如く町の北側に展開している境界線、その向こう側は広大な緑の森林である。人間の身の丈を超えるサイズの猪魔物がわんさか出現する、一大魔境。
いやぁ、まさか自分がそこに突撃する日が来るとはね。私自身が一番意外に感じている。
とは言え、森に入る予定は全く無いのだが。
用が有るのは森の手前、緩衝地帯として整備されている「竹林」のエリアだけだ。しかも、やることは植物の採集をするだけ。
なのに、今回のお供をしてくれる方々が、ガチ過ぎる件について…。
くそ雑魚な私をサポートしてくれるのは、心強いんですけどね…!!
うう…、心労で胸が痛いぃ…。
「改めまして、私の些末な採集の為にご足労いただき、まことに申し訳ありません…!! 精一杯、やらせてもらいます!!」
「あ、うん…。」
「気にしすぎですよぉ~? 『竹林』なら私の領域ですからぁ~…。」
ウルリ先輩がどっちつかずな返答をし、紅蕾ママさんがふわふわ声で優しく諭してくれる。
ウルリは毎度お馴染みって感じで、側に付いていてくれるのは本当に助かるのだが。
足が治りたてで無理しないか不安である。私の目的を聞いてからずっと、変にテンション低いし。
ママさんもなかなかに眠たげで、ちょっと心配だ。
外に出て日光浴をするのは身体に良いのだけど、今日は黒いヴェールなんかで顔や腕を隠しているから光合成もあまりできていないはず。
スライム牧場の一件で肌を晒して活動していたのは緊急時の対応なだけだったみたい。
人目も有るし、なかなか難しい問題だ。
ご本人がやる気なので、依頼主がとやかく言うことじゃないんだが。
「気負わずとも良いですぞ。これも“武人の務め”でござるので。」
「おい、似非『サムライ言葉』止めろ。一応は依頼主相手だぞ。」
「問題ござらん!!」
「問題だって言ってんだよ!」
漫才じみたやり取りをしているのは、上級冒険者パーティー「剣剣剣」のゼギンさんとトリュンさんだ。
ゼギンさんは二刀流の剣士で、トリュンさんは魔物使いの斥候職、青い小鳥魔物のリーンさんを肩に乗せている。その実力はこの町のトップ層であり、経験も豊富な為とても頼りになる味方だ。魔猪ラーメンを振る舞ったお疲れ様会以来の再会であった。
「話し方とか、自由にしてください。なんなら、奴隷に対する命令口調でも構いませんのでっ!」
「極端だな!? あなたも普通にしてくれな!?」
「お2人と小鳥様の貴重な時間を浪費しているんですから、普通に接するなんてできません…!!」
「そんな大事じゃねぇって…!」
お2人とも本当は休日なのだが、ギルドマスターが強権を発動して派遣させたのだ。
私の目的を聞いて溜め息吐くわ、森の手前までしか行かないことをバカにしてくるわ、散々否定しておいて。
ウルリとママさんが付いてきてくれる予定だから許可だけくれって伝えたら、大慌てで同行者を付けてきやがった。「てめぇがどうなろうと構わねぇが、紅蕾を危険な目に会わすんじゃねぇ!?」とか怒鳴り散らしてくれちゃってさ。
全く…! ママさんが活動停止状態の時は「楽にさせてやってくれ。」とか言ってたのに、動ける様になったら過保護な心配をするとか…。
ムサい男の「ツンデレ」なんて要らねぇんだよ!!
「それもこれもあのツルピカ野郎の横暴のせい…! クエストが終了した暁には、邪知暴虐の王を、必ずや取り除いてみせますので…!」
「俺らよりも偉い人なんだけど!?」
「ふむ、テイラ殿。それは、風属性のカタナで腕を斬る感じでござるかな?」
「お前も何言ってんの!?」
「そうですね…! 腕と言わず、首をスパーンッ!! と、やってやりましょうかね…!」
「おおい!?」ツッコミが追いつかねぇ!?
「なるほどなるほど。
では、その刀を某に見せてくれることで、此度の件、手打ちにしませぬか?」唐突提案…
「………はい…?」首傾げ…
「なあ、ウルリ、どうしたらいいんだこれ…?」
「や。私にも、分かんない…。」
「…、」静かに肩に鎮座…
「皆、仲良しねぇ~…。」ほわほわ~…
──────────
「なるほど…。ゼギンさんは、『侍』を識ることを何よりも優先している、と…。」
「うむ。某の道にござる。」
だらだらと会話してても仕方ないので、移動しながらゼギンさんの意図を聞きだした。
なんでも、「サムライ」なる曲刀の剣士が、昔、居たらしい。
吟遊詩人が語る話としてはかなり少数派で知名度も無いそうだが、ゼギンさんはその剣士に憧れて冒険者になったのだとか。
だが、その伝承もあやふやな内容な上に数も少なく、その手の話に常に飢えていらっしゃるそう。
そんな時に私が鉄の曲刀で戦闘したことを耳にして色々と期待しており、今回の話に飛びついたって訳らしい。
「テイラ殿が『サムライ』を知っているとは僥倖にござる…! 是非とも物語を聞かせてくだされ!」
「いや、まあ、私が知ってるものが、お求めのものと違う可能性も有りますので、あまり期待しない──」
「構いませぬぞ!」
「お、おう…。」ちょい引き…
「いや、だから構えよ…。」呆れの溜め息…
お仲間さんからの視線が突き刺さっても一切動じていないゼギンさん。なかなかに一直線猛進タイプだ。
物語の英雄に憧れてその真似をして、最終的に上級冒険者の戦闘職に辿り着いているのは、素直に凄いんだけど。
しかし、私の「風の刀」って〔瞬閃の疾風〕のことだろうから、モデルは「侍」じゃなくて「死神」なんだよなぁ…。
時代劇とかも語れなくはないが…。この場合、どっちが正解だろ…。
いっそ、日本刀もどきでも作って差し上げれば良いかなぁ? 見てくれだけなら作れるし、今は鉄のストックはたっぷり有るし。
まあ、腕輪から出して1日も経てば錆びはじめるから、意味はないか。シリュウさんの黒袋に入れればだいぶ長持ちするけど今居ないし──
「ね、着いたよ?」
「うん?」
ウルリの呼び掛けで意識を現実に戻す。とりあえず報酬のことは採集が終わってから考えよう。
城壁の門から歩いてすぐの場所に、光沢を持った棒が、身の丈を越える長さで所狭しと乱立していた。
「おおぉ…、これが『金竹』…。」
「しばらく来れなかったけど、元気に育ってるわぁ~!」歓喜~!
ママさんが〈呪怨〉の力を使って昔に品種改良したと言う魔法植物、金竹である。
姿形は日本でも良く見る竹そのままだが、その色味は緑色がなく。黒っぽい鈍色の金属光沢が、その硬さを主張するかの様に輝いていた。かなり硬そう。
なかなかに興味深いが、今回の目的はこれではない。
金属竹林の横、やたらと視界に訴えかけてくる「赤色」を持つ茂みを見やる。
「それで、この周りに疎らに生えてるのが…、」
「ん…。そう。危険植物『リュカ』…。
テイラが、なんでか欲しがってる、『リュカの実』ができる草だよ…。」
真冬の寒さの中でも美しい緑色を保つ茂みの中には、刺々しい形の真っ赤な果実がいくつも生っていた。
うーん。目を突き刺す様な鮮やかな赤だ。
これは期待できる…!(確信)
次回は18日予定です。




