293話 シリュウサイド 沼地の戦い 事後処理編
雷光は消え、雨は止み、雲の隙間から日光が降り注ぐ。
太陽光に触れたことで魔力回路が励起し、光属性使い達の傷が自動修復されていく。
だが、勇者は膝を付いたまま動けない。
他の2人も沈黙している。
光が届かない曇天下でこそ真価を発揮する「雷魔法」は、逆境を打ち破る切り札であったが故に。
折れた精神は、単純な魔法では回復しない。
もう充分だろうと、シリュウは盾を収納し、移動を開始する。
目指すは、勇者を連れ込んだ間者女の逃げた先──
「ま、待てっ…!!」
「…。」すたすた…
「い、かせる、かぁ…!」
制止の言葉を無視して歩く強者に対して、勇者の青年が死に物狂いの様相で進路上に割り込んだ。
疲労で震える足を無理矢理に魔力で補強して、強引に前に出る。
雨風を防ぐ魔法防御膜の再展開ができず、その全身は泥にまみれ、白き鎧は輝きを失い、煌めく金髪は見る影も無いほどくすんでいた。
「何のつもりだ?」
「ユリシーにっ! 導師に、手は出させ、ない…!!」
誰のことかと訝しむが、恐らくは聖女見習いの名前か何かだろうと当たりをつける。
力で押し通ってもいいが、自身を睨む目を見て面倒な気配を感じたシリュウは、渋々と声を掛けた。
「お前らに用はねぇよ。逃げた女を潰しにいくだけだ。」
「か、彼女も、協力者だっ! 手は出させ、ない…。」
明らかに勢いがすぼんだ勇者を、冷めた目で見るシリュウ。
この状況で庇う必要もないだろうに、馬鹿が過ぎる。と、内心で悪態をついていた。
問答をする時間が無駄だと理解したシリュウは、青年の腹に蹴りを入れる。
「」ゲシッ!
「ぐっう!?」
そして、雑な制御で火属性の「加速魔法」を足先に発動。くの字に曲がった青年の体が宙に浮き、放物線を描く。
ヒュウ──ドサッ!
「がっ!?」
「勇者様!」
青年の体は、小山の上から導師達が立つ地面へと無様に落下した。
慌てて聖女が駆け寄り、手当てを行う。
導師は数歩離れた位置で黙したまま状況を見守っていた。
「ユ、ユリシー…、すまない…。」
「謝らないでください…。私も、全く、何も…。」
すたっ…
「「!」」
主人公とヒロインの王道シーン的な雰囲気を打ち破る様に、赤い服の黒髪少年が降り立った。
青年は僅かに回復した体力で魔力を振り絞り、少女を庇わんと立ち上がる。
シリュウは今度こそ放置して、後方に抜けようと歩きだし──
「わ、私は、【勇者】だ、負ける、訳に、は…、いかない…!!」
「…。」
青年のあまりの錯誤ぶりに思わず足が止まる。
この状況でまだ世迷い言を言ってのけるとは…。
感心するどころか、いっそ哀れに思えてきたシリュウは、青年の神経を逆撫でする一言を放ってしまう。
「非力な女に支えられて言う言葉か…?」悲嘆…
「──」ギリィッ!!
青年が奥歯を砕く勢いで噛み締めた。
その碧い目に、光が灯る。
自らを信じる正義の色ではなく、暗く濁った激情を湛えた炎が。
「──があッ!!」
青年が本気の悪あがきに打ってでた。シリュウの顔を目掛けて、手離さず握っていた聖剣を突き込む。
その剣身は黄色い雷の魔力を帯びており、体内の残存魔力で生成された為に量は少ないものの、並み程度には鋭い一撃になるだろう。
それに何より、自己否定を跳ねのけんとする青年の顔には鬼気が宿っていた。
ここにきてようやく、シリュウが迎撃を選択する。
腰に装備してあった棒を素早く握り込み、剣先と交わる様な形で拳を突き込んだ。
──カアァン!!
「──」
「…。」
澄み渡る綺麗な音と共に、黄色の閃光をなびかせながら、青みを帯びた白銀の光がくるくると空を舞う。
シリュウの武装と激突したことで折れ飛んだ、聖剣の刃先である。
それを為したのは、武装アーティファクト「褐色魔鉄トンファー」。
歪んだT字型をした、打撃補助装備である。
土の魔法特性「硬化」と金属のしなりが合わさった、シンプルに強靭武器であった。
それは、模造品とは言え【聖剣】に押し勝てた時点で、厳然と証明されている。
「なっ…、が…ぁ…っ………。」──ドサッ!!
受け入れ難い現実を直視したことと、聖剣からもたらされる数々の補助効果が消失したこと。
2つの衝撃で、青年の意識は完全にブラックアウト。
地面に倒れ伏せ、ピクリとも動かなくなった。
「ゆ、勇者様っ!!?」
聖女見習いの少女が回復魔法を掛け続けるものの、青年が目を覚ます気配は一向になかった。文字通り再起不能である。
期せずして、ここに作戦が成った。
勇者撃退作戦、番外。
「汝、勇者に非ず。」作戦。
勇者を【勇者】たらしめる最大の象徴、【聖剣】。
その聖剣を破壊することで、勇者の存在意義そのものを抹消する極悪プランである。
【光】の意志の具現たる聖剣が破壊されるはずはなく。逆説的に、破壊されたのなら、それは聖剣とは認められない。
聖剣を所有しているからこそ勇者なのであり、聖剣を持っていないのなら一般剣士か何かだ。
血筋や雷魔法の使い手云々と言う話も重要ではあるが、こと対外的に、絶対の象徴が【聖剣】なのである。
紋所を持たぬ水戸光國公など、破天荒なお爺さんに成り下がると言う訳だ。場を収められず事態が悪化していく感じの。
効果のほどは折り紙付きだが、流石に追い込み過ぎて怨みが深まり過ぎると懸念し、提案したテイラ自身が否定していたプランだった。
「…。(やれやれ。根本的に鍛練が足らん奴だ。)」
シリュウはしばらく様子を見ていたものの、すぐに飽きて視線を移す。
「何と言う…。何と、言う…。」
そこには、折れた聖剣の剣先を拾い上げ、膝立ちのままフルフルと震えている老害が居た。
シリュウに見られていることに気づき、たどたどしく口を開く。
「あな、あなた、は、自分が何をしたのか──?」
「鬱陶しい害虫を払っただけだが?」
「──」
畑仕事の一環だ、と言外に伝えるシリュウ。
その態度に、湧き上がる怒りが恐怖や疲労をも超え、老人の顔を紫色に染め上げていく。絶望的なまでに敗北確定の為、自棄糞になった老人は、自らの内に有る不満をただ吐き捨てはじめた。
「貴様の様な輩が居るからっ! 我ら【煌光国】の民が苦しむことになるのだっ!! 貴様らこそが、食料を食い潰す害虫なのだっ!!」
「…。(どの口が言ってやがる。)」
光魔法を当て続け植物を枯らしては「軟弱だ。」「これもまた悪しき物でした。」とか宣っているらしい狂人達の噂を思い出し、遠い目になるシリュウ。
「貴様には必ずや【光使様】達からの【罰】が下るぞっ!!
『魔王』に与する者めっ。
魔族と繋がりし『黒髪黒眼』めっ!」
「」ぴくっ!
シリュウの顔が一瞬歪む。
それを見た導師は、弱点を見つけたぞと言わんばかりに、浅慮な言葉を口にした。
「確か、『夢魔の女王』だけでなく、他の魔王とも通じているのでしたかなぁ?
ホーンヌーンの地で『黒の姫』などと名乗っている不届き者。邪悪な新参魔王と、あなたはぁ、
共に、イラドの王家の血縁に連──」
ビギャアアアィィィン!!
──なると言う噂を耳にしましたよぉ?
そう告げるはずの言葉は消し飛ばされた。
耳をつんざく大音量の正体は、緊急展開された魔法障壁が強引に突破された音だ。
シリュウが神速の踏み込みを以て、老人の顔面を殴り込んでいた。
その勢いは留まることなく、老人の身体を浮かせながら、2人まとめて弾丸の様に一直線に突き進む。
障壁により多少の減衰はしたものの、加速し続けるダンプカーの如き魔力衝撃によって、老人の肉体が次々と破壊されていく。
顎や首の骨は折れながらも即事回復するが、やはり再び折れる。
肉は潰れ、血は飛び散り、されど回復する。
ドガガガガガガガガガガッ!!!!
やがて老人の身体をクッション代わりに、地面を滑り続けた拳が止まる。
シリュウが腕を引き抜くと、地面に半ば埋まる様に、汚ならしい肉塊がウゴウゴと蠢いていた。
半自動的に肉体を修復させる魔法式も仕込んでいたらしく、意識はないままに再生しようと必死の抵抗を見せていた。
この老害の頭蓋を叩き砕いて確実に絶命させようと、シリュウは自身の骨が軋むほど強く拳を握り締め──
ふと、違和感を覚える。
手の中に、異質な存在が在った。
怒りで我を忘れた自分の全力握力にすら耐え、形を変えることなくただ収まっていたもの。
魔鉄トンファー、であった。
それを認識した途端、その製作者の言葉が脳内で再生される。
──迷惑かけてきた相手をさっくり殺っちゃうのは、勿体ないと思うんですよね。
──「死」は本来安らかなもの。悪質な詐欺師達にもたらすのは、なんか納得いかない気がします。流れで死んじゃったら仕方ないですけどね。
──なので、苦しんで生きぬいてもらう方向性でこんなのも作ってみました! どうですかね!? (曇りなき眼!!)
今思い出しても、あまりにもあんまりな言葉に身体から力が抜ける。
だが、ちょうど良い。
このゴミ男にはそれなりに苦しんでもらう実験台になってもらおう。
確殺を止めたシリュウは、懐の黒革袋から件の道具を取り出し、回復途中の肉体に取りつけていった。
──────────
「」コフォ…! ゥァ…!
「…。」ふむ…
ほぼほぼ肉体が再生し意識を覚醒させた老人の首に、褐色の金属が首輪の様に巻かれていた。
だが、それがただのおしゃれ装備ではないことは、声も出せずに呻くその姿から一目瞭然である。
この魔鉄チョーカーは、ただただ拷問器具だ。
内側に太い棘針が生えており、痛覚神経をダイレクトに刺激しながら首の肉を抉っている。
光魔法の使い手達の「回復魔法」を逆手に取り、永遠の責め苦を与える呪いのアイテムである。
物理的に異物が刺さっている為に完治はできず。傷が在る以上、回復魔法を発動させ続けるより他はなく。
喉が潰れている為に魔法詠唱も行えない。
取り除こうにも、絶大魔力で超硬化した魔鉄は破壊不可能。錆びもしないし、曲がりもがしない。
最後の手段として、肉体の方を切断してチョーカーを引き抜くことは可能だが、頚椎を一時的にでも切って即時繋げるには相当な前準備と最高の人材が必要である。
この場ではできないことは明白だった。
できたとしても、「1度、首を完全切断する。」と言われて実行に移せるだろうか? その痛みで死んでしまうのでは? 仮に痛みを無効にできたとて、切断された事実に精神が耐えられるのか?
「…。思った以上には、スカッとするな…。
ま、精々苦しめ。」すたすた…
溜飲が下がったシリュウは、もう歯向かってくることもないだろうと、ズタボロになった勇者達を尻目に離れていった。
果たして、極悪人はどちらだろうか…。
──────────
その日のうちに、勇者の仲間達──聖女達の身の回りの世話をする供回り──が控えていた後方の野営場を強襲したシリュウ。
そこで偉そうにふんぞりかえっていた間抜け女騎士を発見、確保した。
供回りの奴らに戦闘力はなく特に攻撃しても来なかったので、無視をして即時離脱した。
弱いとは言え光魔力を帯びた人間が複数集まっていたおかげで、差程の苦労もなく発見できた為、温情を掛けた形だ。
間者女の手足を砕き、口を布と頑強な魔鉄製の枷で塞いだ上で、魔獣鉄製の簡素な荷車に乗せる。
あとは適当に運ぶだけだ。
ウカイと合流すれば回復ポーションでも借りられる。
それでこの女を延命させれば町までは保つだろう。別に保たなくても構わないが。
(そのままウカイと一緒に戻るべきか…。念のため、様子見にどこかで待機するべきか…。)
シリュウは悩みながら、マボアの町に向かう帰路についた。
後編以上に危害を加えている事後処理…。
穏当に済ますとはなんだったのか。
余談ですが。
製作者としてはトンファー内部に、
仕込み鉄弓矢とか、
仕込み鎖分銅とか、
仕込み鎖棘鉄球を…!
と考えていましたが、全て却下されています。
そんな小細工が必要ないほどに、使い勝手が良かったので。
自分の全力にも耐える装備に、シリュウのテンションは割りと爆上がっておりました。
次回は12日予定です。




