288話 魔鉄装備と香辛料
勇者撃退作戦と銘打ったものの、実行するのは当事者たるシリュウさんだ。
いくつかアイデアを出した後は、私にできることは料理を作るくらいのものである。
と思っていたのだが。
「では、シリュウさん。始めていきます。よろしくお願いします。」
「…。本当に、無理するなよ?」
「してませんよ? これくらい普段から何度もやってますし、負担で言うならシリュウさんの方が上ですし。」
「まあ、いい。好きにしろ…。」
ではでは。お互いに納得したところで、
──誓約 締結
──〈鉄血〉発動
──────────
勇者撃退作戦は、如何にしてシリュウさんの正当性を通すかを主軸に据えている。
逆に言えば、勇者達の悪質性を強調させて戦闘を続けなくさせてやればいい。相手の心、特に薄っぺらい信仰心を叩き折ってやるのだ。
まあ、シリュウさんのスペック──攻撃力・防御力・持久力が元からどれも桁違いに高い為、何の助力もなく目的を遂行できる可能性は結構有る。
しかし、シリュウさんがどれだけ能力が高くても、個人ではできることに限界が存在する。特に今回は勇者を始めとした光属性魔法使いを複数人、単独で相手取らねばならない。
つまり、シリュウさんが苦手とする攻撃・行動をどれだけ抑えられるかが重要になる。
だから私がすべきことは、足りないものを補うこと。新たに魔鉄を生成して、特定の機能に特化させた武具を製作するのだ。
ベフタス様が満足そうな顔をして戻られた後、顧問さんは食料等の確保に、簡単な事情を聞いたミハさんが保存できる類の料理を作ってくれている。
私も私で、できることを全力でせねば。
シリュウさんの意見を聞きながら撃退アイテムを設計していく。
「──やっぱり地形変化を任意で行える様に──」
「──聖剣の能力は色々で、俺として鬱陶しいのは──」
「──魔鉄で『剣』を作れば相当な攻撃力に──」
「──いや、それは要らん。それよりも、周囲への戦闘余波を抑える何か──」
「──でも、武器は有った方が…。あ、ならこんなのどうです──?」
「…。有り、か…? いや、だがそんな機能を付けても魔力回路は壊れるぞ──?」
「──シリュウさんの魔導具破壊か…。う~ん、魔鉄の素の効果は運用できてるし、もっとシンプルな構成で──」
「──発熱と硬化だけで十分──」
「──いっそのこと、超絶に巨大化させて──」
「──どれだけ血を使うつもりだ──?」怒…!
「──や、やっぱり時代は小型化ですよね!?」方針転換!
「──ああでもない──」
「──こうでもない──」
──────────
そうだ、もう1つ思いついた。
撃退作戦の、その後の展開について布石を打っておこう。
作成の合間に雑談を振ってみる。
「シリュウさん。魔鉄装備とは別で、何か欲しいものは有りませんか?」
「…。何の話だ?」
シリュウさんが怪訝な顔を向けてきた。
う~ん、下手な嘘は逆効果だろうな。
「ぶっちゃけるとですね。料理をお願いしに行った時にミハさんにこっそり言われたんですよ。『シリュウがこのまま何処か別の場所に行って、長く帰ってこないかもしれない。』って。」
「…。」
ミハさんの直感は、風氏族エルフの未来予測とは別物。正確な現象を言い当てると言うよりは、「女の勘」に近い漠然とした不安感が大半だろうとは思う。
とは言え、その懸念は私も抱いていたしシリュウさんも自身の帰還を明言していない。
勇者達の能力次第では、長期間粘着されてずっと逃げの一手と言う可能性も考えられなくはないし、戦闘で疲れたシリュウさんが眠たくなって人気が無い場所で寝続ける…、なんてこともあるかもしれない。
「だから、ちゃんと帰ってきたくなる様に、シリュウさんの考えの邪魔にならない程度の楽しみと言うか、欲するものを用意しておきたいな~…って?
別に行動を束縛しようとかではなく、あくまで面倒な輩と戦う前の戦勝祈願的な、テンションを上げられる何かが有ればな~? …と…。」
「余計な世話をするな。──と言いたいところだが…。」
私の頭の中で海○瀬人が「──甘いぞ! 遊○ぃ! エネコン発動!」って叫んでいるが、努めて平静を保つ。
「まあ、色々と苦労をかけるからな。テイラの要望にも応えるとしよう。」
「ですか。」
「…。(何か、余計なことを考えてやがるな…? まあ、良いか。)
それにしても、欲しいもの、か…。」
シリュウさんが目を瞑って考えはじめた。
これは私も適当な受け答えしてる場合じゃないな。真剣に提案してみよう。
「…別に、難しく考えることないですよ? 例えば…、例えば──?
大量の宴会料理を作っておけ~、とか。酒を大量に──それこそ『池』とか『湖』ぐらいの量で集めとけ~、とか…? 実現できるかは不明ですけど、言うだけなら只だし…。」
「…。池ぐらいの酒…。俺は何処の『激流蛇』だ…?」
「え゛っ? アクアの本体さん、池の水単位でお酒飲むんですか??」
「…。知らないで口にしたのかよ…。」
「シリュウさんなら、それぐらいするかな、って…。」
「1度にあの量は流石に付き合いきれん…。」
樽単位とかなら付き合えるの…?? つーか、何か凄いらしい精霊様とお酒を飲む仲なんですね? シリュウさん。 ん? 精霊ってお酒飲むの? あ、アクアと同じく受肉してらっしゃるのか?
でもまあ、お酒なんかは顧問さんが用意するのが確実かつ安全だろうしなぁ。
悩む私にシリュウさんが諭す様に声をかける。
「別に、変なことはしなくていい。テイラはいつも通りに未知の美味いものを作っててくれ。」
「それじゃ今までと同じじゃないですか。何かもうちょっと特別感と言うか、労いとして一味違うものにしないと意味ないと言うか…。」
あんまりやり過ぎると死亡フラグになりかねないが、心底面倒な戦いに赴くのだし少しでもプラスになる働きをしたいところなのだが。
言い渋る私に根負けしたのか、遠い目になったシリュウさんがゆっくりと口を開いた。
「そうだな…。
久しぶりに──辛いもの。香辛料たっぷりの飯が食いたい、かもな。」
「香辛料を利かした料理、ですか。」
「ああ。舌への刺激が重く鋭い、障気も一撃で吹き飛ばす様な。そんな飯を食いたいな…。」
激辛麻婆…。その類っすか…。まあ、知識が皆無では無い、か…?
「分かりました。 そっち方向で色々頑張っておきますっ。」
「言っておいてなんだがな。コウジラフじゃちゃんとした香辛料は手に入りづらい。俺が求める量は無理だと思うぞ?」
香辛料は東のイラド地方が主な原産地で、船での運搬が主だったか。 直接の海路がない上に内陸部じゃあ相当な希少品で、隠し味程度の利用しかできないのが普通だろう。
「そこはどうにかしてみせましょう…! 期待せずに待っててください…!!」燃える目…!
「…。(料理に集中していれば、テイラが勝手に町を出たりはしないと思って言ってみたが…。逆に不安になってきたな…。
勇者どもを完全に潰して、とっとと戻ってくるのが正解か…。)」早期の帰還を決意…
次回は12日予定です。




