287話 引き留めと作戦会議
「おいおい。何もそこまで急ぐことはないだろう。」
「何言ってんだ。奴らの質の悪さは知ってるだろう。」
勇者の一団がこちらに向かっていると聞いてすぐにでも町を出ていこうとするシリュウさんを、ベフタス様がやんわりと窘めている。
顧問さんも声をかけるが、返事はするものの態度に変わりはない。その気持ちは固い様だ。
「追い出す形になる俺が言うことじゃねぇがよ。ちゃんと周りと相談はしていけよ? 嬢ちゃんなんて驚いて固まってんじゃねぇか。」
「…。」ちらり…
シリュウさんが私の顔を覗き込む。
その顔は、困った様な悩んでいる様な葛藤の色が有った。
迷惑をかけるつもりはないから、真っ当な指示なら従っておこうかな…。
「テイラは──…、この町に、置いていく。」
「シ、シリュウさん!?」
「イーサン。しばらく面倒を見てやってくれ。」
「いや、儂は構わんが──」
うぉい!? その声色、何!?
「俺を置いて先に行け!」的な今生の別れレベルの深刻さが感じられるんですが!?
「シリュウ。ちゃんと説明はするべきだぞ。
連中が到着するのは、早くとも2~3週──いや精鋭が少数、全力移動でも1週間はかかるはずだ。今後の話し合いをするくらいの猶予はあるだろう。」
「…。戦闘の余波が及ばない場所まで動く必要が有るだろうが。」
「適当な草原でやってくれれば良い。諸々の通達はしておくからよ。
どう動くのも自由だが、筋は通しとけ。」
「…。」
──────────
「なるほど…。
要約すると、シリュウさんは勇者達──もといその所属する【煌光国】と因縁が有り、向こうから問答無用で襲撃される可能性が高い、と…。」
「…。そうだ。」
「難儀だよなぁ、お前さんも。」苦笑い…
とりあえずシリュウさんから説明を受けた。なかなかに根深い問題の模様。
ベフタス様は時折補足情報を出しながら、ゴウズさんが出したお茶を静かに飲んでいらっしゃった。特級冒険者と勇者達との行く末を気にかけつつ、見守るスタンスらしい。
シリュウさんが勇者サイドと敵対している理由は、主に3つ。
1、魔王「夢魔の女王」と関わりが有ること。
2、強力な精霊の力を持つと目されていること。
3、1と2に関連して勇者達を何度も退けたこと。
夢魔の女王様は、余興として勇者パーティーを自国内に招き苛酷な模擬戦を行っているらしい。【煌光国】サイドは「魔王」討伐を掲げて日々研鑽している訳だが、結果は女王様の連戦連勝。数百年に渡って負け無しらしい。
帰還しなかった人の数は計り知れないそう。
そんな魔王相手に引き分けた上に求婚された(しかも振った)シリュウさんは、勇者達にとって最悪の存在なのだろう。
例えるなら、何十年と研究し続けて完成した成果をポッと出の天才少年に先に発表された様なこと…。特許使用許可申請も全拒否されて、今までの苦労が水の泡になった的な…。いや、違うか…?? 分からん…。
2に関しては、これこそ八つ当たりだろう。
光属性至上主義だから、他の属性の強大な存在を疎ましく思うのは分からなくもないが。わざわざ国規模の距離を移動してまで直接排除するか…??
〈呪怨〉の化け物とかだったら、そうなるのも分からんでもないんだけど…。実際に呪いに対抗できる存在として一定の評価はされてるみたいだし…。
まあ、シリュウさんが「精霊」については詳しく説明する気が無さそうだから、真相はもっと違う形なのかもだが。
高魔力持ちに対する単なる「僻み」、って感じもするんだよな…。
そして、3。
勇者達は光の回復魔法でダメージを軽減して戦う存在だからこそ、回復不能レベルの大怪我を負わせて撃退するって戦法をシリュウさんはとっていたそう。
確かに過剰防衛的な意味では、多少なりとも非は有るのかも知れない。この世界に「正当防衛」の概念が盛り込まれた法律なりが存在するかは疑問だが。
存在していたとしても、自国外でそのルールを振りかざせる訳もないのだが。
「逆恨みと言うか…。随分とまあ、横暴な目に会ってますね、シリュウさん…。」
「…。まあ、な。」
しかし、向こうが難癖つけて襲って来ておいて返り討ちにあったら更に粘着するとか、「当たり屋」か何かか…??
想像以上に悪質じゃない?
「私個人の印象では。伝え聞いたあの国の話を考えるに…、シリュウさんの黒袋。それを目当てにしてる可能性が有る気もしますね。」
「あ…? 魔法革袋?」
「ほら、あの国って大陸の西の端に在って、作物がなかなか育たない土地柄なんでしょう?
食べ物に対する執念が捻れてる、と言うか。自分達が食べ物で苦労した分、周りの奴らも苦しめ! って考えてる節が有ると言うか?」
「嬢ちゃん、怖いもの知らずだなぁ!」大笑い…!
「…、 (国の上層部の前で、なんと不用意な発言を為されるのですか…!?)」心の中の絶叫…!
「シリュウの魔法袋は規格外じゃしなぁ…。
奪っても他人には扱えぬが、破壊してやろうと考えてもおかしくはないのかも知れんな。」
「…。それも有るかもな…。あいつ等の食べ物への態度、歪みまくってるし。
そう言えば、最初に難癖付けてきた奴も『弱き者に食料を分け与えろ!』とか言ってやがったか…?」
ああ~…、主義主張がズレてるやつか。小説なんかでも割りと見かける類の人種だね…。
「テイラは【煌光国】贔屓なんだと思ってたが、存外辛辣だな?」
「え? 贔屓したことありました??」
「【光の勇者】でマンガを作ってただろう。」
「ああ~…。あれはおとぎ話としての『勇者』ですよ。この世──大陸──実際、の、【勇者】は見たことはなくて。元々、あんまり良い印象はなかったんですけど。」
まあ、確実に悪くなったな。
暫定的に敵対者ってことにしておこう。どうせ私も「呪い持ち」な訳だし。
「まあ、いい。とにかく分かっただろう? あいつらとは関わるだけ無駄だ。テイラはここで大人しくしてろ。」
「そりゃ関わる気もないですけど…。
シリュウさんだって関わりたくないんじゃないです?」
「向こうから来るんだから仕方ないだろう。」
「シリュウさんが困ってるのに、私1人、町に居残りなんて──」
「気にするな。付いて来られても迷惑だ。」
「これ、シリュウ。」
「事実だ。」
う~ん…、シリュウさんの言葉に棘を感じる…。
安全圏に置いていこうとする親切心よりも、面倒事に対する苛立ちが勝ってる感じかな…。今回もどれだけ執着されるか分からないもんね。
「やっぱり。力にはなりたいです。」
「付いてくるなと──」
「いえ! 役に立たないなら、付いていく気は有りません。」
「あ…?」
「私はせめて、シリュウさんに気持ち良く──心の負担を軽減できる様な方法を、一緒に考えたいんです。
まだ勇者と接触するまで時間が有るんですし、シリュウさんにとっても周りにとっても被害や苦痛を減らせるやり方を、見つけたいなって。」
「…。」
疑いと言うか、不安そうな顔のシリュウさん。
まあ、そんな簡単に見つかるならとっくにやってるわな。それでもこのまま何もせずにいるよりは幾分マシだ。
「シリュウのことを心配してくれるなんて、良い仲間を持ったじゃねぇか。」真剣に褒める…
「…。」何とも言い難い顔…
「──名付けるなら。『勇者撃退・大作戦』っ!!」
「ブハッ!?」笑って吹き出す!
「「!?」」
「…。『撃退』したら、変わりないんじゃねぇか…?」
次回は8月6日予定です。




