285話 牧場移転とスライム粉の未来
──ズワワワワ…!!
晴れ渡る寒空の下、巨大な金属製の建物が紫色の光に包まれ移動している。
黒い海に浮かぶ船の如く地面と接する基礎部分が黒い影に沈んでおり、その重量を感じさせない動きのままにこちらに迫って来ていた。
「ん~…、なかなかに幻想的…。」
「うお…。」ぽかん…
「──。」ぽかーん…
ちらりと横を見れば、スライム牧場の牧場主と先代主が口をあんぐりと開けて固まっていた。気持ちは分かる。
こう言う現実的に有り得ない光景を作り出せるところが、実に「魔法」だよなぁ…。
やってることは、単なる「お引っ越し」のはずなんだけど。
本日は、スライム牧場の移築のお手伝いに来ている。
呪い騒動で畑や井戸が使えなくなったこともあり、より町に近い位置に移す計画なのだ。
まあ、私は何の役に立たない付き添いだが。ミハさんが持たせてくれた差し入れの料理を持ってきたくらいのものだ。
土地の交渉や被害補償は行政側と話がついているらしいし、無事な建物の再利用と移動は今まさにウカイさんが頑張っている。
「あんな魔法金属の塊を移動させるとかレベルが違うなぁ…。」
「…、何から何まで、有り難ぇことだ…。」
「建物は新しく作るって話だったですもんね。」
「ええ…。これで再開が早まるでしょうな…。」
ウカイさんが闇魔法を駆使して運んでいるのは、スライム達の飼育施設だった建屋だ。デリケートなスライム達を守る為に魔力の影響を遮断する魔法合金で出来ているのだが、当初は元の場所に遺棄していく予定だった。
騒動でスライム達に未知の環境負荷が掛かって変質した可能性が高く、この建物を使う必要性が低くなったからだ。解体して運ぼうにも、内部の仕組みを正しく組み立て直すのは専門的な知識が無いと不可能みたいだし。
町の下水の処理に使うスライムは他所から持ってくればなんとかなるらしく、牧場の方々は生き残ったスライム達を使って新しい事業を始めるつもりだった。
そんな折に、ウカイさんにその話をしたら「自分が運びましょうか? その建物。」と申し出てくれた訳である。
いやぁ、特級輸送員って肩書き、舐めてたね。超すげぇ。
やがて、役人が指定したポイントに建物が到着、状態確認後に魔法を解除。
まるで最初からそこに建っていたかの如く、牧場建屋が鎮座していた。
──────────
「お疲れ様です。ウカイさん。」
「どうも、テイラ嬢。」
「ほ、本当に、ありがとうございます…。」
「感謝します…。」
「いえいえ。できることをしたまで、ですから。」
ほんわかと微笑むウカイさん。特にその表情に疲労の色は見えない。まあ、サングラスのせいで細かいところまでは分からないが。
労いにとアクアの水を差し出したが、何故かやんわりと断られた。遠慮することないのにね。
「いや~、本当に疲れたよ~。
何? 飲み物? なら私に頂戴、鉄っち♪」
ウカイさんに続いて、大して疲れても無さそうな軽い調子のダブリラさんがふわふわとやってきた。
「え~…? まあ、良いですけど。」
ダブリラさんは今回、ウカイさんの魔法の補助をしてくれていた。建物の基礎部分を固定し影の世界に浮かべていたのはこの夢魔の魔法である。
建物の運ぶ前に牧場周辺が呪いに汚染されていないかどうかの確認をしたついで、程度のことらしいが。
仕事はしてくれた訳だし、多少の労いはするべきだろう。なんか釈然としないけど。
「──!? ちょっ、何この水魔力!? 魔力密度、凄っ! 貰う!」こくこくこく!
文句が有るなら飲むな。飲むなら文句を言うな。
一々面倒な人である。
「美味しい♪ 程よい温さだね~。
これ、紅蕾が持ってた水と同じ?」
「ええ、そうですよ。」
「鉄っちが生成した──訳じゃないのか。」感情読み取り…
「ええ。そうですよ。」平坦な声…
「残念♪ 魔法適正無いんだねぇ♪」
「ダ、ダブリラ様っ、その辺りに──」
「ん? あれ? じゃあ、ミャーマレースのにも優るこの水は何処から??」
次に余計なこと言いやがったら有無を言わさずに〈鉄血〉を発動してやるつもりだったのだが。
考え込みはじめたダブリラさんは首を傾げて黙ってしまった。
チッ(舌打ち)、変なところで空気読みやがって…。
「…、(ポート。口を開くなよ…。目も合わせてもならん…。)」無言の意志疎通…
「…、(分かってる、親父…。)」無言の瞑目…
「…、(依頼主の方々を怯えさせてどうするんですか、お2人とも…。)」呆れ…
──────────
「『スライム粉』の、製造所、ですか…!!」
「う、うん。何か不味かったかしら──?」
「いえ! とても素晴らしいと思います!」圧っ!!
「そ、そう…。」若干引き…
ウカイさんがローブ型の特注魔法袋から、牧場跡から持ってきた寝台や棚なんかの備品の数々を取り出しはじめた辺りで、私は一旦その場を離脱した。
今ではすっかり大人しくなった暴れ鈍亀ちゃんに葉っぱをあげようと思ったのだ。
そうしたらビガーさんに遭遇した。
ビガーさんはぽや~と少し眠そうだったが、話はじめるとハキハキと元気な感じだった。慣れない場所での生活だがなんとかやっていけてるみたい。
背中には以前と同じ様に赤ちゃんを背負っていたが、その子もほげ~と元気そうだった。
まあ、腹パン少年には入れ替わる様に逃げられたけど。まあ、残念だが当然の対応だな。仕方ない。
そんなビガーさん達は、これからのスライム牧場を「スライム粉」の製造所として運営するつもりらしい。
「いやぁ、『美人強壮』が作りやすくなりますねぇ。」
「うまくいくか分かんないけどね。林で採れてた素材の代用品から探さなきゃだし。」
「ああ~…、焼却しちゃいましたからね…、シリュウさんが…。」
「仕方ないわ。まあ、何とかなるでしょ。」
「…あの。何か、私──とかシリュウさんに、手伝えること有りませんか?」
「ん~、まあ、応援よろしく…?」
上手くいくかも不明な新規事業だ。手助けするにも勝手が分からないんじゃどうしようもないか。
「シリュウさんも私も、美人強壮がとっても大好きなので。
できることが有れば遠慮無く言ってくださいっ。全力で力になりますからっ。」
「なら、スライム粉が作れる様になったら買ってくれたらいいよ。今のところ紅蕾の所しか売れる先が無いから。」ははは…
「なるほど! 了解しました!」
スライム粉は、異世界モンブランに使うだけでなく、ゼラチン代わりになりそうな超便利食材の可能性を秘めている。
それが手に入るとなれば、色々と料理のバリエーションが広がること間違いなし。粉ならシリュウさんの革袋にも保存可能なはず。
全力支援を敢行するしかないっ…!
その後、シリュウのお金をイーサン顧問経由でスライム牧場に先行投資することになり、その金額の大きさに震えあがる人々が居たとか居なかったとか…。
次回は24日予定です。




