283話 竜騎士侍女と未来を信じる心
「この度は、ローリカーナ様とバンザーネをお守りいただきありがとう存じます…。」
「い、いや、あのっ! 頭を上げてください、ナーヤ様…!」
顧問さんの屋敷の応接室にて、深く頭を下げる竜騎士侍女ナーヤ様。
今日は、ローリカーナ達について口頭説明の場、もとい謝罪報告をするつもりだったのだが。私が口を開くよりも先に逆に謝られてしまった。働き詰めであるナーヤ様の貴重な休息時間にご足労いただいているだけで申し訳なさが半端無いと言うのに…。
「むしろ、引き合わせたのは私ですし、バカ侍女もっと苦しめー!って仲裁を遅らせた側面も有りまして! こちらこそごめんなさい!?」頭下げ!
「(バカ侍女…。バンザーネの方により当たりが強いのは、何故なのでしょう…?)
いえ、高位の夢魔族ともなれば本来、貴族が対応して然るべき存在です。テイラ殿や冒険者ギルドの方々が間に入り折衝に当たっていただいていること、感謝こそすれ謗る謂われはありません。」
いや、まあ、確かにベフタス様サイドからは何も言われてないし、シリュウさんも肯定的な評価していたけども…。
人間関係に重大な罅を入れたことに違いないはずなんだが…。
「どんな命題であれ、ローリカーナ様は騎士の務めを果たされたものとして扱われます。そこに貴賤は有りません。
なので、テイラ殿が罪の意識を持つ必要はないのです。」
「それはそうかもですが…。」
「ローリカーナ様に活躍の場を与えてくださった。そう思っていただければ幸いです。」
「むぅ~…ん。」
ナーヤ様は優しく微笑み、私の行いを肯定する言葉を掛けてくれる。
これは食い下がるだけ無駄かなぁ。
「詳細な状況報告も頂いておりますし、取り立てて尋ねる内容もございません。ですので──」
「キャーイ。」召喚出現!
「わ、カミュさん?」
子どもドラゴンのカミュさんが、ナーヤ様の体の前に突然現れた。
パタパタと小さな翼を動かし宙に浮いている。
「話が終わったと思って出てきてしまった様です。すみませんがテイラ殿、お相手を願ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。」
「キャーイ!」フライアウェーイ!
カミュさんが私の膝の上にふわりと飛び乗った。
小型の猫みたいだ。実に懐かれたものである。
私は代わりの鉄クリップで髪を押さえ、髪留めを外しカミュさんの眼前にそっと運ぶ。
「キャイキャー…。」
──ホワァ…
お、やっぱり髪留めが反応した。
スンスンと匂いを嗅ぐ様に髪留めに顔を近づけるカミュさんを、髪留めの放つ淡い緑光が優しく照らす。
髪留めに宿る親友の意思か何かと会話してるだろうかね~? 羨ましいものだ。あいつが側に居ればダブリラさんを簡単に止めれたろうになぁ…。
いや? そもそも〈呪怨〉の抑え込みすらできただろうから、魔王の娘さんに頼る必要も無くなってた──
「キャイ!」
「ん? どうしました、カミュさん?」
髪留めから視線を外し、円らな瞳で私の顔を見上げている。もっと光らせろ的な催促かな?
「…、えー、カミュはテイラ殿に相手をしてほしい様です。」
「あれ? 髪留めはもう要らないんです?」
「…、はい。満足した、と。寒いから暖め──カミュ! 厚かましいお願いをしてはなりません!」
「キャ~~イ!」
「嫌、ではありません!」
ああ~、ちょっと前まで屋敷に来た時は「魔鉄湯たんぽ」に乗っかるのが定位置だったもんね。そりゃ寒いか。
この部屋には持ってきてないし、そもそもシリュウさんが1度回収したままだな。
「ごめんなさい、カミュさん。湯たんぽ、今は無くて。」
「良いのです、テイラ殿。」
「キャーア!」
「今日は遊びではないと言ったでしょうっ。」
「ふぅー…、『身体強化』…!
これならどうです? カミュさん。」体温上昇…!
右の腕輪を起動させ、身体の熱消費量を高める。
温かくなった手でカミュさんの皮膚の様に柔らかい鱗を撫でていくと、気持ち良さそうに目を細めた。
「キャー…イー…。」心地良さげ…
「…、全く…。
申し訳ありません。」呆れと謝罪…
「いえいえ。このぐらいでしたら。」
普段からお仕事を頑張っている偉いドラゴンさんなんだし、このくらいの労いはせねば罰が当たると言うものだ。
──────────
「では、ローリカーナ、様と、あの侍女は…。」
「…、距離を置いています。
ローリカーナ様はいつもの覇気が無いものの、起きて活動なさっているのですが。
バンザーネは…、自室に引きこもっており返事もしません。主に対して暴言を吐いたことに自責を感じている様です。」
カミュさんと戯れつつ、リーヒャさんが用意してくれていたお茶やおやつを頂きながらの雑談タイムとなったものの。
やはり話に挙がるのは、昨日のローリカーナとバンザーネの様子についてだった。
いくら仕事だからと割り切ってはいても、心配なものは心配らしい。
「本当のところ…、ローリカーナ様も、バンザーネが心の奥底に隠していた気持ちを察していた様に思います。」
「え゛っ?」
「あの方は、他人を省みることはなさいませんが、それは感情の機微が分からないと言うことではないのです。他者からの蔑みや憐れみの心を感じとれるからこそ、自身を守る為にあれほど不遜な態度にならざる得なかった…。
バンザーネも私も、ずっとローリカーナ様のお側に居ましたから…、互いの考えていることはある程度分かります。」
それを受け入れられるかは別問題ですが、とナーヤ様は弱々しく笑う。
ん~…、近くにずっと居るからこそ見落とすことも有ると思うが…。
私の疑心が顔に出ていたのか、ナーヤ様は補足する様に言葉を重ねる。
「バンザーネの中に蔑みの気持ちは有ったのでしょう。
──でも、それだけでは。否定や侮蔑の気持ちだけでは、ないのです。
ご覧になられたと思いますが、ローリカーナ様の魔導兵装。あれはテイラ殿の発案を基に、バンザーネが土魔法で作った魔導具なのです。」
「バンザーネが、作った…。」微かな驚き…
「ローリカーナ様の再生する爪と毛髪を、擬似的な魔力回路として見立て装着者の魔法術式を肩代わりする…。そう言った仕組みを、調整を何度も重ねて構築しました。他の者に頼ることもなくずっと1人で…。」
その情景を、尊敬していることが察せられる雰囲気で思い出す様に語るナーヤ様。
お茶を飲む手も止めて、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「バンザーネは、テイラ殿もその助言を受け入れた主も気に食わないと言いながら、それでも懸命に、直向きに、あの籠手を作っていたのです。
作成中も、完成しお渡しした時も、心の底からやりきった顔をしていました。それは、とても良い笑顔だったのですよ。」
──だから、きっと大丈夫です。
そう言ったナーヤ様の顔は、2人が仲直りできることを信じている穏やかなものだった。
私には、とてもそうは思えないが…。
まあ、あの2人は究極どうなってもいいし、とやかく言うことでもないかな…。
私は軽く溜め息を吐きつつ、お茶を流し込むのであった。
次回は12日予定です。




