282話 灰色夢魔の実力と他人操作
「馬鹿だ~♪」ゲラゲラゲラ!
「ぬガァアアア!!」
「『岩壁』『岩壁』『岩壁』っ!!」
空中のダブリラさんを覆う様に石の壁が地面から競り上がり、空いた正面から「大」の字の炎が飛び込んで内部を赤く塗り潰す。
直撃すれば、簡易竈に置かれた薪の如く燃え尽きることになるだろう。
「ひぃぃ!♪ こんなっ(弱火力のっ)炎でっ! 通じると思うとかっ!♪ (ゲロ甘ぁ~!♪)」ゲホッ!♪ ゴホッ!♪…
火炎の向こうから余裕綽々の声が聞こえた。やはり普通にノーダメージの模様。
いや? 笑い転げながらも噎せているから、ある意味ではダメージ入ってるのかな??
何がそんなに面白いのかね? ローリカーナの人生はまあ、ある種、喜劇っぽい感じは有るけども…。
なし崩し的に始まった模擬戦は、一方的な様相を見せていた。
見た目はバカ貴族2人が魔法連打で攻めている様に感じるが、実際のところは完全に無効化しているダブリラさんが圧勝しているのだろう。
ローリカーナの新戦法らしき奇妙な籠手も、攻撃魔法をまともに撃てないあのローリカーナが炎の手を何度も撃ちまくっていることから考えて、機能はしている。
バカ侍女も多分的確にサポートしているし、連携もできている様に感じる。
だが上位の夢魔には欠片も及んでいない。
反撃が無くてこれだからなぁ。
シリュウさんによると「奴自体に戦闘力は皆無だが、本気を出せば『都市1つ』を落とせる力が有る。」んだそう。あの2人が勝てる見込みは万に一つもないだろう。
まあ、引き合わせた以上ここを離れるのは流石に卑怯過ぎるかなぁ…。
魔法を弾く鉄の壁に身を隠しながら、トニアルさんと共に事の推移を見守っていた。
「ひぃ♪ ひぃ、ひぃ… (ちょっと鬱陶しいなぁ~。〈魔力汚染〉で無効化するのも手間だし…。)」パシュッ… パシュッ…
空中で逆さになった後、何かを悩んでいるのか顔をしかめはじめた灰色夢魔さん。そろそろ反撃が来るか?
「こうするか♪
──〈神経汚染〉・〈下僕化〉。」
「う…ぎっ…!?」
何かを唱えるとおバカ侍女が苦痛の悲鳴をあげた。それと同時、到達寸前だった追加の炎の手が、新たに出現した土壁に防がれていた。
「何をしているバンザーネ!!」
「何、でっ、すの…!?」ギギギ…!
油を差していないブリキ玩具の様にぎこちない動きをするおバカ侍女。そのままヨタヨタと歩き、ダブリラさんを背にしてローリカーナと対峙する形で立ち止まった。
良く良く観察すると、浮遊するダブリラさんの足下に出来た真っ黒な影から1本の黒い線が伸び、バカ侍女の影と繋がっている。
まさか、「影○似の術」っ!?
「あなたの体は私が支配したって訳~♪ 見下してるご主人様と戦わしてあげるから、頑張ってね?♪」
「避け、ぇ、くだ、さっ…!」『岩弾』!『岩弾』!
「ぬがっ!?」
バンザーネの土魔法が次々とローリカーナを襲う。
直撃を受けダメージを負いつつも反撃の炎腕を繰り出すが、全て石の壁に阻まれていた。
「怪我をする戦闘になったかぁ…。」
「これ、大丈夫でしょうか…?」
「まあ、専任官からも許可は出てますし…。多分…。」
屋敷の中にはシリュウさんにウカイさんも待機してくれている。いざと言う時には確実に抑えてくれる手筈なので、まあなんとかなる、だろう。
「止めてっ!! 止めてくださいましっ!!」
「そんなに、自分の実力がバレるのが困るの~?♪ 本気で魔法を使えば、ご主人様に勝てちゃうくらいには強いって・こ・と♪」
「そんな、わ、けっ…!」『岩弾』!『岩弾』!
「嘘つくの下手~♪
──〈精神汚染〉・〈本心吐露〉。さあ、ぶちまけちゃえ♪」怪しく眼が光る…!
「あ──ぎゃ──わっ私、は、ローリカーナ、様を…、自身、の、出世に利用できる、と考えて…、お仕え、し、え、ましっ、た…!
私っよりっ、才覚が劣、る主、に仕えるのは、く、く、苦痛っ! でしたっ!」
「──」
「うっひゃっひゃ!♪ 酷いこと言う~!♪」
魔法攻撃を止めたバカ侍女が、今にも泣き出しそうな絶望顔で口を動かす。
自身の唇を噛み切る勢いで口を閉じようとしているらしいが、呂律が怪しくなる程度の抵抗しかできていない様だ。
ローリカーナには悪いが、あのバカ侍女が苦しんでいる姿はちょっぴり嬉しい気持ちが込み上げてくる。
良いぞー! もっとやれー! やっちまえー!(私怨全開!)
「…、キサマが、バンザーネの口を動かして、虚言を言わせている。」
感情が抜け落ちた様な平坦な声色で、ローリカーナが反論した。
「え~?♪ 違うよー? この子の魔力に乗ってる感情を読めば、本心かどうかくらい──あ、そっか! それすらも分かんないくらいに感知能力無いのか! ごめんごめーん♪」
「虚言、だああああ!」『ドラゴンクロー』!
「防げ♪」
「っんぐ…!」『土壁』!!
認めたくない現実を振り払わんと撃ち出した攻撃は、やはりあっさりと防がれる。
「うがああああ!!」連打ァ!!
「無っ駄っ♪ ただの『土壁』すら壊せてないじゃん♪ 弱ぁっ!♪」
「がああああ!!!」バキッ… ガシャッ…!
自身の体ごと燃やし尽くす勢いで魔法を繰り出しても、まるで戦況を変えることはできていなかった。
むしろ、バラバラと籠手装備が破損していっている。
まあ、物質的な土魔法に、プラズマ気体的な火魔法は相性が悪い。そこを考慮しても、自身の侍女に魔法能力で上回られるってのは厳しいものがあるだろう。
やがて籠手が完全に損壊し、魔法を放てなくなった赤髪女はがくりと膝立ちになった。火傷を負った体からは治癒に由る白煙が上がっていた。
「いやぁ、実に弱いねー。ちょっと視てて悲しくなるくらいだよー。」シクシクシク…
「ギッ、ザマ゛ァ…!」激烈な視線…!
「ん~~~♪♪♪
これは、ちゃーんとトドメをさしてあげるのが、快楽ってやつかな♪ さ、土使いちゃん、やっちゃおっか!」
「いやぁ…!! 嫌ぁっ!!」『岩──!
──鉄ハリセン、一閃!!
この辺りが潮時だ。介入する。
狙いは当然(?)、バカ侍女の頭!!
「あ!?──ぎゃぎょ!?」
強打された衝撃で崩れ落ち、頭を押さえてバカ侍女が呻く。
もう操られてないかな? もう万発か食らわすべきか?
「えぇ…、呪いの接続を強制切断された…? 何それ、怖っ…。」超困惑…
「端女…、キサマ──」
「別に、あなたを助けた訳じゃないし。あの夢魔さんを連れてきたのは私だから、最低限度の責任くらいは有ると思っただけ。面倒だからこっち見ないでくれる?」
「なーんで邪魔するの? 鉄っち。夢魔がそいつら虐めてるの、喜んでなかった?」
「ええ、その通りですよ。」にっこり♪
「キサマッ。」
「少し黙ってて。」
「ぐっ…。」
あのままだったら死んでたかも知れない。感謝しろとは言う気もないが、邪魔はするな。
「ふん…。なるほど、なるほど。罪悪感が勝ったって訳か~。中途半端な善意だね~?」
「ま、否定はしませんが。
それ以上にダブリラさんの為ですよ。」
「? 私の為? (うわ、微かに親切心みたいなの感じる…。)」
「このままやってたら、この2人が再起不能になってたでしょう?」
「そうだね、完全に壊れただろうね。
別に良くない?」
「私は良いですけど。
勿体なくないですか?」
「は…?」
「この2人が持つ感情、最初の反応からして美味しかったんですよね?」
「まあ、それはそうだけど?」
「ここで最後まで絞り尽くせば、ダブリラさんにとって最高のご飯になっていたでしょう。
でも、そしたらそこで終わりですよね?
折角の美味しいご馳走なんですから、長く、長期間に渡って、楽しんだ方がお得じゃありません?」
「潰さずに再利用しろ、ってこと?」
「はい。こちらとしても、ここまでのバカ共の代わりを用意するのは難しいので。壊れるギリギリで止めて、保護するのが吉かと。」
「んー、一理有る、けど…。」
「わ、私をっ! 家畜扱いするかっ!!」
「うるさいって。本当に首輪を付けて、飼われたい訳?」
「」ギリィ!
鉄の輪っかに鎖を形成して見せつける。私としては別にそれでも構わないけど。
「では、本日の模擬戦は以上、と言うことでよろしいですか?」
「…!? (次が有るのか!?)」
「…、そうだね~、そうしてあげよっか。 (拒否したら、あの『はりせん』とか言うやつで叩かれそうだしなぁ~。)」
なんとかダブリラさんを宥めることに成功した。きっと美味しい料理を食べて満足したのだろう。
バカ2人が恐ろしくギクシャクとした距離感で撤退をはじめる。
有るのか知らんし興味無いから、仲直りイベント発生させるなら他所でやってくれ。
──────────
「あ、そうだ。ねぇ、君♪」
「」ビクッ!
「もし、次の模擬戦で私に勝てたら、『良いこと』教えちゃうよ?」
「い、要らん!! キサマとこれ以上関わるなど──」
「そう言うと思ったぁ。だから、勝てた時の賞品を用意しないとね。
──君が、ドラゴンと契約できない理由、知りたくない?♪」ドクズの微笑み…!
「なぁ…!?」
「知りたいよねぇ~? その訳を。」
「…、(今さらどうでもいいですわよ…!)」
「今すぐ話せ!!」
「ダーメ♪ 話すメリットが無いじゃ~ん。あ、メリットってのは『利点』とか『利益』って意味で──」
「ふざけるな!! 口を開けこの下等──!?」
ローリカーナが、突然、自らの首を両手で握り絞めていた。
驚愕で酷く狼狽えながらも、その手にどんどん力が込められていく。バンザーネはオロオロとその傍らで右往左往していた。
「別に『詠唱』も『影の接続』も必須じゃないんだよね~。なんとなくやってるだけで、それが無くても〈呪怨〉は届く。」
「あっ!…ぁっ…!!」ギリギリギリッ!
余計な手間増やさないでくれないかな?
私はローリカーナ目掛けてハリセンを振りかぶった。
「おっと、〈神経汚染〉解除♪」
「はぁっ!? はぁっ!!」ゲホッ!ゲホッ!
「さてさて、これで上下関係は理解したかな?
これからも私と遊んでね♪ 『ローリちゃん』♪」
「…っ!!」
親を殺した鬼を見る様に睨みつけるローリカーナ。
対照的に、ダブリラさんはご満悦の表情だ。
お気に入りのご馳走に新調味料を仕込むとは、なるほどやりよる。ローリカーナも、自身のアイデンティティーに関わることは無視できまい。
次回も開催確定だな…。面倒臭っ…。
次回は7月6日予定です。




