281話 自尊心の汚染と満点噛ませ犬
ざわざわ… ざわざわ…!
「うっひっひ、新鮮な『嫌悪感』が心地良い~。」
現在、私とトニアルさんはダブリラさんを伴って、町中を顧問さんの屋敷に向かって移動している。
周囲の町人からの怯えや疑惑の視線を一身に受けながら、ダブリラさんは活き活きした笑顔で浮いていた。実に楽しそう。
こんな反応になるのは是非もない。
灰色の肌で、紫髪で、空中浮遊してる女とか、明らかに危険な夢魔だからね。
この町に来た時は顧問さんの箱馬車で入ったし、お店に滞在してもらうことが決まってからはずっと中に居たからあまり人目に触れることがなかったはずだし。
なんとも言い難い気分だが、とりあえず粛々と歩くとしよう。
まあ、本来の予定ではお屋敷に着いてからが接待の本番だが、この雰囲気が前菜みたいなものになったのなら良いんじゃないかな。
「ん~、美味かな美味かな、と。
ところでさ。トニアルは、私にあんまり感情を向けてくれないよね~? 良いのも悪いのも薄味って言うかさ。なんで?」
人通りが減った辺りで、ダブリラさんが前を進むトニアルさんに声を掛けた。
「(アルちゃん…。) 僕は、父親が、夢魔族ですから。シリュウにも、凄い夢魔のことは色々、教えてもらいました、し…。」
「慣れちゃってる訳か~。 (詰まんないな~…。)」
「申し訳ございません…?」疑問の謝罪…
「ねぇ、お父さんってさ、真面目夢魔の力学君、だよね。」
「父さ──父、を、知ってらっしゃるのですか?」
「直接会ったことはないよ~。変わった血筋のエルフと結婚した、って話題になったことがあるんだよ。」
「そ、そっか…。」
トニアルさんのお仕事モードが崩れて自然とタメ口になってしまっている。
からかうのが楽しいのかダブリラさんが話を変な方向へと持っていく。
「夢魔族ってたまーに、変に堅物な性格の奴が生まれるんだよね~。お母様が身の周りの世話をさせる為に、ある程度そう言うのが出現する様にしてるって言うかさ?」
「…、『出現』…?」険しい顔…
「うん。ほら、国って運営するのに、色々大変でしょ?
そう言う面倒事を押し付ける為に、真面目で直向きな夢魔が『存在する』と便利なんだよ~。他の大多数には、ね。」
「…っ。」不服な表情…
「お? 『アルちゃん』の気分が落ちたね~。そっかそっか、父親のこと、道具みたいに言われて傷付いたんだ~♪ 尊敬してるんだね♪」
「…、」
トニアルさんは無言で歩き続けるが、その雰囲気から図星であることは明白だ。
それに気を良くしたのか、ダブリラさんはちょっかいを掛け続ける。
「ねぇねぇねぇ~、アルちゃん。堅物お父さんと『アルちゃん』は違うんだからさ、言いつけとか守らなくても良いんだよ?」
「何が? です、か?」
「堅物に生きる『振り』なんかしなくて良いってこと。」
「フリなんかしてない。これは父さんから受け継いだ良い精神──です。」
「堅いなぁ~。ガチガチだな~。そんなんじゃ立派な夢魔に成れないよ~?」
「これが、誇れる自分です。」
「強がりぃ~♪ 可愛いね~♪
なんなら、魔王の娘が相手してあげよっか~?♪」
「何の?」
「鈍いなぁ。夜・の♪ 相手、だよ♪」
「ぶふっ!? ふざけるな!」拒否感満載の怒声!
「割りと本気だけどな~。もちろん朝からだけど♪
君みたいなのがハマれば結構なところまで落ちると──」
「──ダブリラお嬢様? 眼球、潰して差し上げましょうか?」とびきり笑顔!
イライラ全開でダブリラさんを遮りにかかる。
ある程度までなら夢魔の習性として許容するが、これ以上の戯れはラインオーバーだ。
純情な青年を悪人に染めあげようとするんじゃない。
「鉄っち、嫌悪感が隠せてないよ~。」
「隠すつもりもございませんから。」
「ふ~ん…、あの変な『優しさ』は出さないんだ。ああ、出せない、のか。」
「はい。あの状態にするには、ちゃんとした心の準備が必要なので。」
「そっかそっか~。
鉄っちは、卑猥な話が嫌いなんだね~♪」ニヤニヤ笑顔…
「はい、その通りです。
あと、血液を見るのも嫌いなんですよね。往来で、目から血を流す夢魔とか、見たくないんですよ。ええ、本当に。」鉄針を指の間から出す…!
「…、」
ダブリラさんが鉄の針を凝視して黙りこんだ。
その顔には「白けるわ~…。」と「相手するのは面倒だな~…。」と書いてある。そんな風に見える。
「イーサン顧問さんの屋敷に、とっとと向かいましょうか? ダブリラお嬢様?」
「…、はいはい。分かったよ。」受け入れ…
「ふぅ…。(助かった…。)」気持ちを入れ換え案内再開…
はあ、全く…。こんな夢魔の協力を仰かねばならんとは…。面倒な話だ。
──────────
「うっひゃっひゃっひゃ♪ っひ──だめっ、お腹痛いっ!♪ 笑いっ死ぬっ!♪」ゲラゲラゲラ!!
「キッサマァア!」怒髪天!
「いったい何なのかしら!?」怒り心頭!
お屋敷の開けた庭の真ん中で、大爆笑(たった1人だけど)が響き渡っている。
それを見て怒る2人のおバカ貴族。ダブリラさんの接待の為に招待した本日のゲストだ。
ダブリラさんにお詫びするには、良質な食事を提供する──つまり、負の感情を大量に用意する必要がある。
前回は悲しい話を聞かせて聴衆を落ち込ませる方法をとっていたわけだが、少々非効率なので方向を変えてみた。
元から、強烈な悪感情を抱いている存在と引き会わせてみることにしたのだ。
現状の私の伝で確保できる「最強のバカ」が居ることに気づいたんだよね。
何を隠そう、竜騎士に成れなかった弱々貴族「ローリカーナ」である。
劣等感を隠す為の高圧的態度と、周囲への嫉妬やら余裕の無さからくる攻撃性、唯一の取り柄である回復力を利用した執拗さを合わせ持つ「面倒の塊」。
こいつ1人で、負の感情のごった煮にみたいになってるから、存外合うんじゃないかと思った訳だ。
結果は、まあこの通り。
会って秒でテンションMAXである。
「こん、なっ、ここまでの、人がっ! ひゃっひゃっひゃっ!♪ (無理だぁ、喋れない~♪)」笑い続ける…
「きいぃぃ!! 『岩弾』!!」
「『ドラゴンクロォー』!!」ブチィ!!
「ひぃ~っ!♪ ひぃ~っっ!♪」パンッ… フォンッ…
顔を見るや否やでバカにされた2人から、堪忍袋の緒が切れる音がした。気がした。
しかし、早速繰り出した攻撃は、あっさりと無効化される。ダブリラさんに当たるよりも前に分解された、って感じの挙動だ。
ローリカーナの5本指形の炎ならともかく、おバカ侍女の石の塊が塵も残さず消えたのは、少々驚きである。本人は笑い転げてるだけに見えるのに…。
この2人には「私と戦いたかったら、私が連れてくる灰色肌の夢魔を倒してみろ。」と伝えてある。
ローリカーナは、自身の爪と髪の毛を貼り付けたらしき奇妙な籠手的な装備を纏っており、準備万端であった。それにも関わらず、である。
「上下を教えてやるぞぉ! このっ、劣等種族ぁ!」
「ひぃ!?♪ ひぃ~!♪ これっ以上っ、笑かさないでぇ~!♪」笑い過ぎで辛い♪
うーん、死亡フラグ。
噛ませ犬としては満点のキャラ造形してるよなぁ、ローリカーナの奴…。
無駄だろうけど、頑張れー。
次回は30日予定です。




