279話 紙芝居と即興独演会
「──こうして。『マッチ売りの少女』は、大好きだったおばあちゃんに抱きしめられ、静かに、光りの中を、空へと昇っていきます…。
翌朝、路地裏には、マッチの燃えカスを握りしめた少女が、冷たい雪の中で、横たわっていたのでした…。
──おしまいおしまい…。」
「「「「…、」」」」
「うっひょっひょー!!」ゲラゲラ!
私の1人朗読会が終了した。
この会は、着色した鉄人形の劇と紙芝居を組み合わせ、異世界の話を再現したもの。喋った内容は、アンデルセンの童話「マッチ売りの少女」だ。
話を聞いていた皆は、1人を除いて、沈痛な面持ちで黙りこくっている。
その例外たるダブリラさんは、空中でお腹を抱えて笑い転げていた。かなりテンションが上がっている模様。
もちろん、「マッチ売り」の話に笑いポイントを加えた訳では、ない。
話を聞いた皆が抱いた「悲哀」の感情を、「食べて」いるのだろう。目論見通りに成功したらしい。
「よく…、こんな暗い話ができるね…。」
「まあ、悲しくて嫌な気持ちになる物語をチョイスし──選んだ、から。
話す前に伝えたけど、改めてごめんなさい。」頭下げ…
「や。謝るほどじゃ…ないけど…。」
「ほんと。随分と嫌な話にしたわよね…。」
話の直前までトニアルさんに抱きつこうとしていた熱気は霧散したらしい薄着さんが、ウルリと共に呆れた顔をしている。
効率的に皆が負の感情を抱ける様にと、「寒い季節」・「独りぼっちの少女」・「貧困」・「淡く儚い希望」ってテーマで攻めてみた訳で。
まあ、気分が良くなったりはしないよね。
「でもぉ~、幸せな夢を見ながら逝けたのはぁ~…、まだ、良いことなのかも知れないわねぇ~…。」お白湯をこくこく…
アクアのお水を飲みながら、紅蕾さんが悲哀を含んだ声色で呟く。ダブリラさんとウルリの様子を見に来てくれたついでに話を聞いてもらったのだ。
「死んじゃったら、意味無くない…?」
「ん~…。世の中には、『良い死に方』って言うのも有るからぁ~…。ほんの少しは、救われていたんだと、思いたいわねぇ~。」
「『マッチ』なんて、有りそうで見たこともない道具なのに。実際に体験した感じになるのが、気色悪さを強くしてるわ…。」
「ん。それ。
貴族の結界が無い時代とか、こんなんだったって言われても信じちゃうかも。」
「マッチ」の設定を、異世界に擦り合わせるのに苦労したが、なんとか話の筋道は確立できていたようだ。
発火する魔法植物で作った、使い捨ての安価な「マジックアイテム」って強引な辻褄合わせが、結構不安だったからね。単語を変えても、話し手が言葉に詰まったら意味無いし。
「はあ~っ!! 結構悪い気持ちが食べれたよ。サンキュー、鉄っち♪」
「まあ、お役に立てたなら何よりです。」
「なーんか、吟遊詩人、って感じだったよね~。昔、やってたの?」
「いえ、全く。
単に絵を描くのが好きで、色んなお話をたくさん聞いただけですね。」
「じゃあ、これは、テイラさんが見聞きしたお話ではないんですねぇ~?」
「はい。完全に架空のお話です。」
「それは良かったですぅ~。」
アンデルセンも実際にこんな少女を見聞きした訳ではないしね。まあ、彼の母や祖母の人生が、下地に有るらしいとは聞いた気もするが。
「『紅ちゃん』ってば、優しいね~。
お金が無くて飢えて死ぬ子どもなんて、普通のことでしょ~?」
「私はぁ、そう言うことは好きじゃないのでぇ~。」
「花美人族は呑気だねぇ。もっと悪辣に生きたらいいのに。
やっぱり太陽の下で生きてる夢魔は変わり者だなぁ~!」
「そんなことはないですわぁ~。」
「いやいや~。男が寄りつかないお店の、主に相応しいって~!」
「けなしていただいて、何よりですぅ~。」
「」ケラケラ~!
「」うふふふ~!
「ママ、あれ、怒ってるよね…?」小声…
「まだ普通じゃない…?」小声で返事…
う~ん、なんか変な方向に話が向かってるなぁ。
「(やっぱり紅ちゃんをからかうと皆が反応するね~♪)
そもそもの話~。そんな弱っちい性格で、よく〈汚染〉の力を授かったよね~!
町を救う為に〈呪怨〉を使うとか、愚かにも程が有るって言うか?」
「…、私に養分をくれる、娘達を守る為ですものぉ。当然のことをしたまで、ですぅ~。」
「それは拡大解釈し過ぎでしょ~。
“〈呪怨〉は、人を苦しめる為に在る。” それが大前提。
そうやって無理繰りに使うから、夢魔の力を喪った訳だし♪」
「『女王様』は、認めてくださいましたからぁ~。
私は、自分の意思を貫いただけですぅ~。」
「へぇ~…、我らがお母様が…。
頭の中で声でもした?」
「ええ~、夢の中に現れてくださってぇ~、
『貴女の自由になさい。』と、お声掛けを賜りましたぁ~。」
「で、その結果、他人の感情を魔力変換できなくなって、死人同然の寝たきりになったと。
いやぁ、美談だねぇ!♪」
「…、」ふふ…
「「」」ズズズ…
ウルリ達から静かに怒気が立ち昇る。
だが、何かしらの行動に出ることはしない。そんなことをしても、この夢魔が喜ぶだけだと理解しているのだろう。
しかし、このまま言われっぱなしなのも釈然としない。何か、程よい復讐の方法はないだろうか?
ダブリラさんは、「負の感情」を好んで食べる夢魔だ。
なので、彼女にとって「嫌なこと」は、その逆。「正の感情」を向けられることのはず。
深呼吸をして、精神を統一させ、気持ちをフラットに…。
彼女の過去を妄想構築。
その悲劇に「同情」し、「尊敬」の念を心に抱く──
「──ダブリラお嬢様、その様な言動はお慎みなさってくださいませ…。」
「お…??」
「あらぁ~…?」
「…、(テイラがまた何か始めた…。)」
「…! (徹底的に、凹ませなさいよ…!)」
「テイラは心配でございます。貴女様が、他人から誤解を受けているのではないかと…!」
「何言ってんの、鉄っち…??」
ダブリラお嬢様は、悲劇のお姫様で、私はその侍女なのだ…。(妄想)
この悪役令嬢じみた嫌がらせにも、辛く悲しく、止むに止まれぬ事情が有るのだ…!(完全架空)
「本当は素直で優しく、他人を思いやることができる御心をお持ちだと言うのに…! 他人に嫌われる生き方をしなければならないなんて…!
夢魔族の宿命が憎うございます…!」
「──!? ペラッペラだけど本物の善意!?
どこから生み出した!?!?」
「生まれたばかりの頃は、他人の優しさを信じ世界に希望が満ちていると、心の底から信じていらっしゃったはずなのに…! 夢魔として生きていく為にご自分の心を殺して、他人を傷付ける悪辣にその身を置くなど…! あまりにも! あまりにも無慈悲です…!」
「や、止めて!? ふわふわの信頼を向けないで!?」ぶるぶる震える…!
「光の道を歩む夢魔族を見つけて、思わず本気の嫌がらせをしてしまうほどに、その心が磨り減らしていらっしゃるなど…!
なんと、なんと…! 労しいことでしょ──」
「ぎゃあーー!?」トプン…
ダブリラさんが悲鳴をあげて、床の影の中へと消えていった。
闇魔法か何かで移動したらしい。
つまりは私の推測通りと言う訳だ。完全勝利である。
ミールさんが片腕を上げていたので、バシッと無言のハイタッチ。
ウルリもウンウンと力強く頷いている。
紅蕾さんは、困った様な、でもちょっとスッキリした様な感じに笑っていた。
ふふふ…、人に嫌がらせばかりするから、信頼を向けられることをされるのだ…!
そんな中、気配を薄くし黙って話を聞くばかりだったトニアルさんが、口を開いた。
「あの…、テイラさん…。」おずおず…
「何でしょう? トニアルさん。」
「今日は、ダブリラさんを、『回復させる』手助けの為に…、来たのではなかったでしたっけ…?」
「あ…。」
「そうだった…。」
「ふふ。(トニアルちゃん、真面目…! 良い子っ!)」
「ですよねぇ~…。」苦笑い…
眼球を潰したお詫びだとか、組織での足場固めの為に利用するとか、考えてたはずだった…、のにな…。
「やっちまったなぁ…。」
「でもぉ、私を助けてくださったのは、嬉しかったですぅ~。ありがとうございますぅ~。」
まあ、ママさんを優先するのは間違ってない…な、うん。そう言うことにしとこ…。
次回は18日予定です。




