278話 ふざけた夢魔と距離の探り合い
「ノックくらい、したらどうですか? ダブリラさん。
(一応)おはようございます。」
「おっは~。
今日も感情が冷え冷えだねー、『鉄っち』♪」
「部屋に突然、部外者が現れたらトゲトゲしくなるのも当然でしょう?」
「辛辣ぅ~! 鋭くて泣きそうなんだけど。」ケラケラ!
悪びれる様子もなく、空中に浮いたまま楽しげに笑う灰色夢魔さん。
随分と親しげである。私に対する警戒心、草原のどこかで落としてきたんじゃなかろうか??
なんで自分の眼球を潰した相手を、あだ名呼びした上で挨拶返しできるんだ…。
なんだか私が堅物クラス委員で、校則違反のギャルを注意してる様な、場違いな気分にさせられる…。
ダブリラさんは現在、このお店に滞在している。
今日来たのもミニ火燵だけだけでなく、この人に会う目的が有ったからでもあるのだ。
「そもそも。鉄っち、って変なあだ名、止めてくれません?」
「え~? 分かりやすいでしょ?」
「『テイラ』、で呼び捨ててくださいよ。文字数も短くて済むじゃないですか。」
「何? 嫌なの?」
「はい。」
鉄っち、ってあだ名だと、まるで私が「鉄男」って名前の人みたいだ。嫌に決まっている。
「じゃあ、止めなーい!」ケラケラ!
「」イラァ!!
この女…!!
「あ、あのダブリラ様っ! そ、その辺にしときましょうっ!?」
慌ててウルリが仲裁に入ってくれる。
抑えろ、抑えろ私…! ここは人様の部屋…! 怪我人の側…!
暴力沙汰は良くない…!!
「『ウルりん』、『様』も『さん』も要らないってば。」
「や。だって、目上の人だし、特級の先輩だし…。」
「同じ鉄の呪いを受けた仲なんだし。仲良くしてよ~。」近づいて肩に触れる…
「あ。うん…。」
「…っ。(ど、どうしよう…。)」オロオロ…
気まずい雰囲気のウルリを見て、ダブリラさんは益々ニヤついていく。トニアルさんもどう手出しするべきか悩んでいる様子。
相手が嫌がっていることを理解した上で実行している感じだ。性質が悪い。
この人のことはシリュウさんから聞いて大まかには理解している。
この夢魔さんは、「他人の悪感情」を好んで食しているそうなのだ。
自身に向けられる敵意・悪意を浴びることで魔力が高まるらしい。どんだけふざけた特性なんだか。
私の呪いのダメージで消費した生命力を効率的に復元する為に、たくさんの負の感情を必要としているそう。
理解しても、許容するかどうかは微妙な話だが。
「ダブリラさん。
ウルリは怪我人なんで、絡むなら私にしてください。」
「え~?」
「や。そんな大した怪我じゃないし──」
「じゃあ、鉄っち。
コレ、欲しいな。頂戴♪」
ダブリラさんが「ミニ火燵」を指さして、私に問いかける。
「暖かそうだよね。なーんか、妙な魔力も感じるし。じっくり観察したいなぁ。」ニヤニヤ流し目…
こいつ、ウルリの為に用意した物を横取りする気か。
嫌がらせになると分かって言ってやがるな。
「えっと。あの── (あげた方が良いと思うけど、竜喰いさんのやつだし問題になったりするかも──)」
「──同じ物で良ければ。差し上げますよ。」
持ってきていた革袋リュックの中から、魔法銀の箱を再度取り出す。
寝台のサイズに合わせて調整できる様に、大きさの異なる予備の発熱魔鉄ユニットが入っているのだ。
「お…? 良いんだ?」
「ダブリラさんに酷い怪我を負わせた訳ですし。お詫びの一環として、ですが。」
「ふーん…。(困らせるつもりだったのになー。貴重な物じゃなかったか。)」
この方は強力な〈呪怨〉を持っている為、変に関わると危険ではあるものの。
シリュウさん曰く「冒険者ギルドでの地位も高く発言力が有るから、味方にできれば相当に融通を利かせられる。」、「テイラを特級にするなり俺のパーティーに入れるなりする時に、都合の良い後ろ楯になるだろう。」とのこと。
諸々の詫びついでに、仲良くしておいて損はない。
仲良くできるかどうかは分からないけど。
「なんなら、今から取り付けにお部屋に行きましょうか?」
「そうだなー…、今はいいや。
手にとって、視てみてもいい?」
「どうぞ。」
「…、(え…? 良いのかな…?)」不安げ…
「…、(ダブリラ様には逆らうな、っておじさんが言ってたけど…。)」無言の静観…
回転羽根の形に成っている発熱魔鉄の円盤を指で弄び、空中で体をゆっくり回転させながらしげしげと眺めるダブリラさん。
面白くもなさそうだったその目が、次第に見開かれ、驚愕の色を帯びていく。
「………、は?? えっ、何これ。
この小さい金属?全体が、魔力を発して、魔法を行使してる…? なんで??
これ、火の魔石の加工品…、じゃないよね。刻印を刻むならまだしも…、魔石を複雑に変形させるなんて…。
──!? しかも、これ、シリュウくんの魔力波長…!? ん?? いや、いやいやいや! 彼の魔力をこんな微弱に抑えて、浸透させた!? 無理無理無理! しかもなんで途切れず、ずっと魔力放ってんの!? 訳分かんないんだけど!?」
ひゅんと移動して、私の目の前に顔を近づけるダブリラさん。
あ。この夢魔の瞳、綺麗な金色だ。なんか闇夜の「月」みたいだな~。眼球が修復できたこと自体は、良かったよ。なんとなく。
「さあぁ~? どうしてでしょうね?」てきとー…
創ったのは私でも、その理屈はよく分からんのよね~。
「あれ? 本気で言ってる…。 いや、これ作ったの鉄っちでしょ!?」
「シリュウさんに協力してもらって創りました。でも、出来る仕組みは分かりません。」
「そんなこと有る!?」
私の目を見ても何も探れないと理解したらしいダブリラさんは、少しでも情報が得られないかと魔鉄ユニットを見つめだす。結構、意固地になっているみたい。
「こうなったら…、〈呪怨〉を思いっきり籠めて視ちゃおっかなあ! もっと深く入れば──」
「ちなみに。それ、私の〈鉄血〉の力を利用してますんで。
下手に視ると、この前の“二の舞”になるかもですよ。」
「…、」ピタッ…!
ダブリラさんが、手の中の魔鉄を凝視したまま固まった。
嫌そうな顔になり、やがて感情が抜け落ちていく。
「はあ…、もういいや。これ要らない。返す。」手渡し…
「そうですか。どうも。」受け取り…
毅然とした態度で真実を述べる。ふざけた相手には、これが一番効くね。やっぱり。
別にそのままあげても良かったのだが。
「代わりと言ってはなんですが。
これとは別に、ダブリラさんの為になるかも知れない物を持ってきてますんで。そちらで満足していただけると助かります。」
「…、私の為? 何を持ってきたの?」
「『紙芝居』ですよ。ちょっとした『物語』でも聞いてもらおうかと考えてます。」
物語を聞けば、人の心は動く。その心の変化が夢魔族の栄養になるのなら、ある意味でこれは「料理」と言えなくもないだろう。
創作者の端くれとして、やれることはやってみよう。
次回は12日予定です。




