277話 お見舞いの品と励ましの言葉
「端女! 新戦法の餌食にしてや──!!」
俊足鉄拳パーンチ!! アーンド! 顔面拘束ぅ!!
「がふっ!?!? 何をする!?──もがっもがっ!? (取れん! 前が見えん!?)」
「青髪ぃ! いきなり何を──!!」
「こっちの台詞じゃボケぇ!!」鉄棒鳩尾突き!!
「うげぇ!!!?」身体硬化貫通!?
──────────
「──ってことが昨日有ってさぁ。全く、嫌になるよね。」
「あ。そう…。」困惑の反応…
スライム牧場を発端にした呪い騒動から帰ってきた2日後、私はママさんのお店「蜜の竹林」にやって来ていた。
今居るのは店の奥に有るウルリの自室。
寝台で座るウルリは、微妙そうな顔をしているが普通に元気そうだ。
今日は彼女の体調改善の為に、お見舞いのプレゼントを持ってきたのだ。
「騒動を収めるのに尽力して休息中のナーヤ様の目を盗んで、来訪してきたんだよ。有り得ないよね? こっちも色々いっぱいいっぱいで疲れてるのにさ。『私達を除け者にして手柄を横取りした!!』とか宣いやがって。もううんざり。
暴力でお帰り願ったけど。」
そも、自己回復魔法オンリーのローリカーナが何の役に立つと考えていたのか。これが分からない。
場を掻き乱すマイナス要素しかなかろうに…。
土魔法がそこそこ使えるらしいクソ侍女──名前何だっけ…? …コバンザメ? いや、「ザーメ」って感じに長音符が有った様な? まあいっか──の方が、まだ戦力になるレベルだっての。
「あー…、色々って言えばさ。竜喰いさん、平気…?」
「ん~…、まあ、ほどほどに多分…。
ちょっと奇妙な自棄食いしてるけど。」
シリュウさんは帰ってからはずっと食事をしている。
まあ、食事と言うにはあまりにも原始的な、砂糖と生の魔猪肉を、そのまま貪ると言う行為なのだが。
なんでも、人の手が入った料理に対して忌避感が強くなっているそう。
周辺一帯の〈呪怨〉は抹消できたのだが、1度思い出したトラウマはシリュウさんの精神を蝕んでいる模様。
ただひたすらに、ウカイさんが持ってきた大量の粉砂糖を、手を翳して水分を飛ばし固めることで拳大の塊にし、ザクザクと咀嚼していらっしゃるのだ。
そして合間に、加熱無し血抜きだけの魔猪肉をむちむちと噛りつく。
あげく、顧問さんから貰った蒸留酒を一気飲みまでしている。
少々(?)野生的に過ぎる光景だったね…。
「それって本当に平気なの…?」
「糖尿病とか食中毒とか大丈夫かな…、って思うけど。カロリー問題は今さらだし、黒革袋に保存した肉だから、平気なはず。鉄粉水もある程度置いてきたし。」
まあ、自棄食いしたい時は自由にさせるべきだとは思うんだよね。
そのうちに収まってくれると良いのだが。
「(とうにょう…? 体調じゃなくて、精神状態の話なんだけどな…。) ねぇ。私達のことはいいから、竜喰いさんの側に居た方が良くない?」
「私が? いやぁ、ないない。ミハさんやウカイさんが側に居るし。
今のシリュウさんに、料理くらいしか取り柄のない私は必要無いよ。」
「そんなことないでしょ。」
「まあまあ。
ウルリ達の様子を見るのも、私に課せられた重要ミッションだから。シリュウさん本人にも頼まれてるし。
──ねぇ? トニアルさん。」
「は、はぃ…。」ガチガチに緊張…
部屋に入ってすぐの位置でずっと直立不動状態のトニアルさんが、消え入りそうな返事をした。
「トニアル、どうかした…?」
「…っ!」あらぬ方向を見る…
「あー…、今回、荷物持ち兼護衛代わりに付いてきてもらったんだけど…。」
トニアルさんには、見舞い品の部品とか諸々の物を簡易マジバで運んでもらったのだ。
今回は母は同行していないし、怪我人のお見舞いの流れだったから夜の店に来るのは覚悟していた様なのだが。
ウルリの部屋に自分も入るってなったのは想定外だったっぽい?
別に内装も女の子女の子した感じではなく、殺風景とまでは言わないが、物があまり無い普通の部屋なんだが。
いや、部屋じゃなくて、ウルリの格好かな?
いつもの冒険者然とした服じゃなく、ゆったりした部屋着だし。
別に胸元が開いてる訳でもスカートで足が見えてる訳でもない、ちゃんとした服なんだけども。
男にはちょっと強い刺激だったかも?
雑談してるうちに多少は解れるかと思ったが、逆効果だったか。
「まあ、ちゃっちゃっと設置しちゃおう。トニアルさん、持ってきたもの出しちゃってください。」
「う、うん…。あ。はい…。」
「…、(私の足のこと、気にしてんのかな。嫌悪、って感じじゃなさそうだけど…?)」首かしげ…
──────────
「あにゃあ~…。」タレタレウルリ…
「良し良し。問題無さそう。」
「…、(ウルリ姉…さん、が、また凄いことになってる…。)」ちょっとドキドキ…
無事、取り付けが完了した。
ウルリがご満悦の表情で蕩けている。上手くいったね。
私が今回持ってきた物、それは魔鉄製の「ミニ火燵」である。
簡単に言えば、病院ベッドの備え付けテーブルの下面に火燵ユニットたる発熱魔鉄エンジンを付けた構造だ。
その上から掛布団を乗せれば、寝台に寝たまま暖がとれる寸法である。1人用で小さく出力も弱いが、十分な熱を静かに放出できている模様。
「寝る時はちゃんと消してね? 点けたまんまだと風邪ひくから。」
「…、ずっと、起きてる…。」むにゃむにゃ…
「なんて言う戯れ言…。」
魔鉄は、シリュウさんか私じゃないと起動・停止ができない。そこで今回の装置には、起動制御システムを組み込んだ。
まあ、言うほど大層なものでもないが。
別途作成した、「起動」「停止」って文字の形にした魔鉄を嵌め込んだ鉄棒を、魔鉄装置に直接押し当てれば、文字の意図する効果が伝わるのだ。
じわじわと効果が表れるから、手間のかかる方法ではあるけど。他人が魔鉄装置を操作できる手法が見つかっただけ進歩したと言えよう。
「はふぅ…、こんなすごいの、ほんとに貰って、いいの~…?」
「うん。シリュウさんも色々気にしてたから。
怪我のお詫びには釣り合わない、かもだけど。」
「や…。火燵が手に入るなら…、全然、アリ…。」ほんわかホワホワ…
「冒険者を続けられなくなるかも知れなかったのに…。そんなんで済ましちゃダメでしょ。」
「ん~…? ママも、起きて動ける様になった、し…。
私が、上級冒険者じゃ、なくなっても、別に良いかなぁ、なんて…。」夢うつつ…
そんなこと言わないでよ…。
私のせいで、そんなつもり無いのに、人生狂わせた、とか…。申し訳無さ過ぎるよ…。
「ウ、ウルリ姉! 僕は──冒険者っ! 続けて欲しいと思う!」
「へ…?」
突然トニアルさんが、熱意の籠った声をあげた。
「ウルリ姉…さんはっ、僕と同じ半夢魔でっ、でも凄い魔法の才能が有って、格好良くて憧れてっ! とにかく凄い!って思うから!」
「お、おう…?」
「だから、えーとっ…、しっかり休んで、元気になってっ、くださいっ!」
寝ぼけ眼だったウルリが、シパシパと瞬きを繰り返す。
「ん。なんか、そう、だね。まだまだ普通に動けるし。
ま。無理せずやるよ。」
「は、はい…!」
「ありがと。トニアル。」
「えっ、いや、お礼を言われるなんてそんな…。」
トニアルさんの気持ちが、ちゃんとウルリに伝わったらしい。お互いに優しい顔になっている。
付いてきてもらって、本当に良かった。
呪った本人である私じゃ、何を言っても空虚だったろうし──
「純粋純粋だねぇ!! キラキラでピュアピュアの波動が迸ってるねぇ!!
青春かな!? 若い男女の恋愛の匂いかな!?」
「「!?」」
柔らかい雰囲気をぶち壊す様に、キャンキャンした甲高い声が響く。
無粋の極みゲス女の代名詞(今決めた)灰色夢魔のダブリラさんが、いつの間にか部屋の中に浮いていた。
それにしても。おっさんみたいな語録だな、おい。
次回は6月6日予定です。
ロクロク!




