276話 現場検証と退散
「こいつはダブリラ。見ての通り夢魔だ。」
いや、見た目は猟奇殺人の被害者です。
シリュウさんは随分と冷めた目で、倒れた灰色夢魔さんを見下ろしていた。
「邪眼──『呪いの魔眼』持ちで、他人の頭の中を覗いたり洗脳して操ったりする、能力と性格が悪い女でな。
テイラと会えば良からぬことを確実にやると思っていた。こっちに付いてくると言って譲らねぇし、魔猫女の精神確認にも使えるからと同行させたが…。」
知り合いがえげつない死に方をしたと言うのに、淡々と語っている。
救命措置や状態確認をするでもないその様子から、周りの皆も動けずにいた。
「大方、興味本位でテイラを視たんだろう。その結果、〈汚染〉の呪いを繋げやがって、逆に〈呪怨〉を貰ったってところか。
本当に、頭が軽過ぎる。」
「あの…、シリュウさん。殺っちまった自分が言うのもなんですけど…、あまり死人の悪口を言うのは──」
「ああ、安心しろ。こいつは死んでねぇよ。
おら。とっとと起きろ、蝙蝠女。」ゲシゲシ!
「………っ…、待っ…、てっ…!」声を絞り出す…
うえ!? 生きてる!? 鉄が目を貫通してるんですけど!?
「待たん。起きろ。」
「シリュウ、くんっ…! 本気っ…、本っっ気で、痛い、か、らっ…!」
「この程度の蹴りで痛みを感じる身体してないだろうが。」
「眼球…!! 目だよっ! 揺らす、っと、目にイクっ、からっ!!」
倒れたままの顔面鉄針夢魔さんと、それをドツキ漫才の如くあしらうシリュウさん。
ホラーなのかコメディなのか分からない光景が繰り広げられている…。
ま、まあ、知らずに呪い殺した訳じゃないなら、セーフ、かな…?
口振り的に、向こうがこっちにちょっかい掛けたのが〈鉄血〉発動に繋がったみたいだし…。
あとで何かお詫びはしよう…。
「眼球くらい余裕で自己回復できるだろ。適当吹かすな。」
「無理っ! 金属っ、全然、干渉できなっ、い。『肉体初期化』するレベルのっ、損傷で──!」
「なら、しろ。」
「無茶言うなぁ!? 20年前にしたっばっかりだし…! そもっそもっ! 『夢の国』の外でやるとか──」
「」ガシッ! ガシッ!
「あだだだだ!? 何するの!?!?」
シリュウさんが片足を蝙蝠女さんの肩に掛け、両手で、目の鉄針をそれぞれ掴んだ。
「歯を食いしばれ。」
「!!!? 止め──!?」
ま、まさか!?
おぞましい未来を想像した私が、バッと目を背けたその瞬間。
ブジュルッ!!
「んぎゃぺぎゃっ!!!?!?」
生々し過ぎる音と共に、絶叫が響いた。
「邪魔な鉄は抜いてやった。早く再生しろ。」
「あぎゃ、ギャ! ッマ…、きゃ…──」ビクンッ!ビクッン!
「おい、何を呆けてやがる。」
「ぁ…、あ…、ぅ…。」ぴく… ぴく…
「アニキ…。流石に無理かと…。」ガチ引き…
「死んでもないし、意識も有る。こいつならいける。」
「限度が有りますよ…。」
「腐っても『娘』だろ。」
「…、(アニキを説得するのはやはり無理…。)
ダブリラ様、耐えてください…。)」諦め…
「うぎゅ…、ゅぅ…。ぅぅ…。」さめざめ…
「…、正しく、『血涙』って感じだね…。」冷静な感想…
ダリアさんの呟きが、苦悶の呻き声と共にやたらと耳にこびりつくのだった…。
──────────
「皆さん、お騒がせしました。
改めて、ご挨拶を。冒険者ギルドで『運び屋』をしている、迂回、と申します。」
ダブリラさんが眼球を修復した後、天候も悪化してるし、日も暮れかかっているからと移動を開始した私達。
全員でスライム牧場の拠点まで一時退避することになった。
身体能力が高い人達は徒歩か浮遊。
怪我人のウルリ、日光減少でうつらうつらし始めたママさん、そして私の3人が、鉄人力車1号機に乗せてもらっている。
その道中、ウカイさんが人力車に並走浮遊しながらここまでの経緯を話してくれた。
「ダブリラ様と共に、ここから北東に有るラットンの町にて、ギルドに反逆した輩の排除をしておりました。
ミャーマレース様──水の氏族エルフの方が中心になって、呪具の抹消や呪いの浄化を行っていたところ、アニキ──特級冒険者『竜喰い』に出会った形になります。」
私達と別れた後、大陸中央に戻ったウカイさんは事の次第を報告。その結果、特級冒険者から成る特別チームみたいなのが派遣されることになったそう。
ウカイさんは多人数を一気に空間移動できる魔導具を運用できるそうで、そのチームにずっと同行していたらしい。
〈呪怨〉に対処できる水氏族エルフさんとその仲間達が一丸となって、違法に所持されていた呪具の破壊や呪いによる悪影響の浄化等の任務をこなしていたらしい。
その任務の中には、横流しされた食料品の回収ってものも有って、その食料品ってのが本来シリュウさんに渡されるはずだった「砂糖」なんかも含まれるそう。
ウカイさんは、そうした物品をシリュウさんに返還する為にチームを一時離脱する許可を貰ったんだとか。
グッジョブ!ウカイさん!
災難続きで不機嫌なシリュウさんに、最高の報酬である。まあ、それなりの量が既に消費されている為、そんなに多くはないそうだが無いよりマシだ。
ダブリラさんはその任務に飽きて刺激を求めており、そんな折にシリュウさん達の気配を感知したそう。呪いの確認作業はほぼ終了しているし、規律に厳しい水エルフさんから離れて、多様な人が居るマボアの町で「夢魔の食事」をしたかったそうだ。
まあ、「他人の感情を食らう」…と言う名目の「男漁り」らしいが…。
無理やりに襲いかかるとかじゃなければ、好きにしたら良いんじゃないかな…。
「ああ~…! まだ目が痛むよ~…。」くしくし…
「元通りになっただろ。錯覚だ。」
人力車を押して歩くシリュウさんの横には、すっかり回復したダブリラさんが浮きながら会話していた。
「あのねぇ! 形は元に戻せても、邪視能力は粉々に砕かれたんだからね! 完全修復には程遠いんだよっ!?」
「知らん。治るんなら良いだろ。」
「良くないってば!? 〈呪怨〉を新しい眼球に馴染ませるの大変なんだよ!?」
「興味無い。」
「100年分『老化』するくらい力が必要なんだって! 大事なんだよっ!」
「忠告を聞かんからそうなる。」
「くっそぉ! 視ただけでここまでダメージ受けるなんて思ってなかった…。
いったい何者なのさ彼女!」
「視て確認したらいいだろ。」
「もう視ないよ! あんな痛みっ、発生以来、初だよ…!!」
「…。(こいつの意思を曲げさせるとは流石だな。テイラが居れば、躾ができるかも知れん。)」
「ちょっとぉ!? なんかおぞましいこと考えてない!?」
「うるさい。」鉄の針を取り出す…
「こっち向けんなぁ!?」空中後退り…!
なんか普通に元気だな…。
私の呪いがここまで効かないとか、妙な感じだ。いや、良いことなんだろうけど。
変なことを考えている私に気づいたのか、ウカイさんが補足情報を開示してくれた。
「…、ダブリラ様は、我らが『女王』の直系であられまして。
500年ほど前に、女王ご自身がお産みになられた『娘』に当たる方なんです。」
「「え!?」」
「…、あらぁ~………。」zzz…
つまり、魔王の娘(500歳)ってこと…!?
どう見てもコスプレした若い女性にしか見えんが!?
「ですので、その能力は女王に準ずるものであり、『魔王貴族』──夢魔族上位層の中でも高い地位におられます。
テイラ嬢は…、軽い接触とは言え、そんな方の〈精神汚染〉を防いだ上で、『呪い返した』と言うことになり…。それはとても…、凄いこと、かと…。」ぷるぷる震え…
明後日の方向を見ながら言い淀むウカイさん。
首から下げるペンダントをぎゅっと握りしめている。
ウルリの視線が、妙に突き刺さる感じがするのだった…。
ここらで謎戦闘パートは終了です。
次からは町に戻ってのんびりした話にしたい所存。
次回は30日予定です。




