275話 目覚めと再会とバケツ女
「………っ…ん……。」瞼ピクピク…
「ウルリ? 分かる?」ホワァァァァ…
「テイ、ラ…? あれ…? どこ、ここ?」
「私の鉄の檻。その中。」
「お、檻…??」
シリュウさん達が探索に移動してしばらくした頃、気絶していたウルリが目を覚ました。
ショックで記憶が飛んでいるのか随分とぼんやりしている。
檻の外で一応の警戒をしてくれているダリアさんに目配せしつつ、普段通りの態度で話しかけることで様子を窺うことにする。
「なんで──痛ぅ…!」
「無理に起きたらダメ。足が酷いことになってるから。」
「足…?
──っ!! 黒ナメクジ!?」バッ!
記憶が蘇ったらしく、一気に覚醒したウルリは私を凝視。もう危機は去った、紅蕾さんも無事だと伝えウルリを落ち着かせる。
安堵したウルリは、敷いてあった自身の外套の上に再び寝転がり、頭だけを動かして自身の確認をした。
「足、何とも無い…?? 治ってる?」
「いや、変に赤くなってるからまともには回復してないと思う。」
「や。ものすごく気持ち悪くて痛いのが、無くなってる…。
体の中に、絶対入ってきた感じだったのに。」ググッグッ…
ゆっくり力を入れると、足首が動いた。どうやら神経は繋がっているっぽい?
足の機能が生きてるなら不幸中の幸いだ。自力での移動ができるだけで、生活の質の低下は最低限に抑えられる。
「ほんとごめん。」
「なんで謝るの??」
「私が、ウルリの足に、鉄の呪いを掛けたから。」
「え? あ、そうなの…??」
自分の足と私の顔を交互に見つめつつ、どこか軽い調子のウルリ。
「あの邪気?を祓ってくれたんだ?」
「内側から鉄の針でぐちゃぐちゃにしただけだよ。」
「や。むしろ、ありがと。あれ、本気でヤバかったから助かった。」
シリュウさんが置いていった魔鉄ストーブで暖をとりながら、ウルリが弱々しく笑う。
私がしたことは、褒められたものでもないと思うが。
まあ、やってしまったことは取り消せないし、これからできることで償っていくしかないか…。
「えっと、迷惑かけました。ありがとう、です、ダリアさん。」
「ま、狂ってないみたいで安心したよ。」
ダリアさんも警戒を解いたのか、ゆっくりと脱力した。
後は、シリュウさんが何て言うかだが。
「ママは…、竜喰いさん達と一緒?」
「うん。ウルリのことすごく心配してたけど、探索を続けてる。アクアの水をたっぷり渡しておいたから──」
「あん?」
ダリアさんが突然すっとんきょうな声をあげた。
その視線は遥か東の方、シリュウさん達が移動していった先を見つめている。
「どうしました?」
「…、良く分かんねぇけど、シリュウ達、戻ってくるみたいだよ。
他の冒険者と合流した、とか言ってるね。」
「地元の人達と出会したんですかね?」
「…、高ランクの冒険者…、みたいだね。大陸中央の奴らだ、って。」
ん? 何か不味い案件かな?
「…、あん…?? まあ、いいか。
シリュウから注文だよ。テイラはしばらく声出すな、ってさ。」
「はい???」
──────────
出会った人達は呪いの調査で隣の領地に来ていたらしく、こちらに合流したいそうだ。シリュウさんはそのついでにその冒険者にウルリの無事を確認させるつもりらしい。
そして、その人物と私が接触するのは避けたいみたい。最後の部分が、全く以て、良く分からん。
とりあえず、指示通りに鉄の檻を片付け、ウルリのお腹に掛けてた私の外套だけ回収して距離を取っておいた。
車椅子のママさん、ドラゴン達を引き連れたフーガノン様が先に帰還した後。
少し遅れてシリュウさんが姿を現す。その傍らには、2つの人影が浮いていた。
あれ…? あの片方って、ウカイさんっぽくない…??
灰色の髪に、黒いサングラス、見覚えの有るゆったりとした上着を着込んで、空中を滑る様に移動しているのは特級輸送員ウカイさんだった。
何故にこんなところに?
「なんだい? あれ…。」
そして、ウカイさん以上に謎な存在がその横に居た。その姿を見ていたダリアさんが思わず呟く。
多分…。ものすごく推測混じりだが、恐らく夢魔の女性だろう。
近づくにつれ見えてきたのは、灰色の肌に、扇情的とすら言える生地の薄い黒の服、女性らしい凹凸の有る体、そして背中から生える蝙蝠の様な骨と皮膜だけの翼。
それをほとんど動かすことなく、ふわふわと浮いてるその様子はどこからどう見ても夢魔だろう。
既に十分異形の姿なのだが、これらを上回る大問題なのが頭だった。
この女性、頭にデカいバケツ?を被ってらっしゃるのだ…。
テレビゲームの中ボスのグラフィックみたいな、顔を描かない手抜きと未知の恐怖的な威圧感を両立させたビジュアルである。
ダリアさんは、警戒する以上に困惑してらっしゃるし。
フーガノン様は透明な貴族スマイルのままだし。
さっきまで嬉しそうに笑ってたウルリは完全に硬直しているし。ウルリと抱き合ったままのママさんは苦笑いしているし。
あ、ウカイさんが私に小さく手を振っている。とりあえず、こちらも振り返しておこう。お久しぶりです。
ウカイさんはそのまま気配を消す様にシリュウさんの後ろを付いていた。
「ダブリラ。今からその鍋を外すが、余計なものは視るな。前だけ見てろ。」
「しつこいなぁシリュウくぅん。少しは信用しておくれよ~?」ウワンウワンウワン…
「理解してるから言ってんだが。
──忠告はしたからな。」
ダブリラと言う名前らしい女性の猫なで声が、バケツの中で反響している。
つーか、あれ! 鍋って言った!?
バケツじゃなくて寸胴鍋じゃん!?
もしかしなくても、シリュウさんに渡して有る私の鉄製調理器具!? なんでそんなもの被せたの、シリュウさぁん!?!?
問い正すこともできずやきもきしている間に、ウルリの前に降り立った夢魔女さんがガポッと寸胴鍋を外した。
顔の肌も灰色で、髪は紫色をしている…。だが、その横顔は存外可愛らしい感じだ。わざわざ顔を隠す必要は感じない。
「さてさて、と──ちょおい!? 何これ! ねぇシリュウくん!何これ!?」
側に置いてあった魔鉄ストーブを見つけて、突如興奮しだした夢魔女さん。
本屋で、心待ちにしていたマンガの新刊を見つけたくらいの、喜びに溢れた声色だ。
「余計な物は視るなと言っただろうが。」ゴンッ!!
「いっだっっいっ…!!」
シリュウさんの拳骨が、女性の後頭部に下から突き上げる様に直撃。灰色女さんは崩れ落ちる。
脇道に逸れただけで鉄拳制裁とか…。シリュウさんが随分とぞんざいな扱いをされている…。仲悪いのかな?
「真面目にやれ。」
「りょーかいっ、りょーかい…。」後頭部を擦り擦り…
シリュウさんが若干の苛立ちを含む声で催促し、女性がゆるゆると動き出した。ウルリの足の前でしゃがみ込む。
「ふんふん。足の組成は普通に人間のものだね。
不自然にこの足の部分だけ、夢魔の形質が消えてる。魔力回路は…、生きてるけど内部のみ。
まあ、身体強化は掛けづらいだろうけど、特に問題はないかな? お大事にね~?」
「え? や? うん。ありがとう、です…?」
矢継ぎ早に告げられた言葉に、目を白黒させながらウルリが答える。
「おら。終わったんなら、早く鍋を被れ。」
「いやぁ、〈呪怨〉に掛けられた部位だけを的確に除去するなんて、凄いことするよねぇ。シリュウくんにこんな細かいことできる訳ないし、いったい誰の仕業かなぁ──?」
瞬間、私の背中を強烈な悪寒が駆け抜けた。
──誓約 適合
──〈鉄血〉発動
「え」
「んぺぎゃっ。」ブチュッ!ブチュッ!
「ひぃっ!?!?」
灰色女さんの顔面から、金属らしい黒く太い針が2本、いきなり飛び出た。
眼球を内側から貫く形で生えて、いる…。
なんで…? 私の血液に触れることなく、〈鉄血〉が発動したってこと…??
ガクガクと震える夢魔女さんは、そのままゆっくりと崩れ落ちる様に横倒しになった。ビクビクと痙攣している。
「やっぱりこうなったか…。」はぁ…
シリュウさんが呆れた様な溜め息を吐いた。
他の人の視線が私に向いている。
遂に、敵対関係になってすらいない人を、殺めてしまったかぁ。証人も多数ときたもんだ。
完全に終わったな。
逃亡、待った無しかなぁ…。
現実逃避にぼんやりと空を見ると、薄く暗雲が立ち込めていたのだった。
次回は24日予定です。




