274話 本人確認と摘出オペ
「…。どう言うつもりだ?」
「とりあえず。シリュウさんはそれ以上、近づかないでください。」ホワァァァァ…
ウルリの左足を針鼠にしてしばらくした後、シリュウさんが側にやってきた。デカナメクジを完全に消滅させる処理が終わったらしい。
今の私は、ウルリごと自分の周りを鉄の檻で囲っている。黒炎が飛んできてもばっちり防げます。
地面もきっちり覆っているので、もう奇襲される心配はない。〔破邪の清風〕も再度発動しなおしたし。
「…。魔猫女を殺しはしねぇよ。」
「ごめんなさい。今の私には判断がつかないので、この形のままでお願いします。」
シリュウさんの声色がいつもより冷たい。
処分する気、満々な感じがする。
ママさんが説明してくれたので、事情はお互いに把握している。
あの黒い霧はやはり、デカナメクジと同質の存在だったらしい。それがウルリの肉体に取り憑き、魔王の眷属に無理矢理変換しようとしていたところだったそう。
私をも侵食しようとした邪気は私が破壊した訳だが、シリュウさんから見れば判断のつかない状態であろう。ウルリと私は、処分対象の可能性が有るのだ。
だから、ウルリに触れさせない為に、半ば隔離した。左足は酷いことになっているが、ウルリは生きている。これ以上、傷つけたくはない。
「竜喰いさん~、私から視て、ウルリにもテイラさんにもあのスラッグが発していた呪いの気配は有りませんわぁ~…。」
檻の外、車椅子に座りなおした紅蕾さんが話を繋いでくれた。
念のためとは言え、私はママさんすらも隔離している。しばらくの間、気絶したウルリを見て取り乱していたが今は落ち着いていらっしゃった。
「…。本当か? 〈呪怨〉を受けた魔猫女が〈変貌〉している可能性は有るだろう?」
「…、テイラさんの、強烈な〈呪怨〉が、邪気に取り憑かれた部位を完全に吹き飛ばしたのは確実ですぅ~。」
「…。」疑いの眼差し…
「我らが『女王』に誓って、事実ですぅ~。」頭下げ…
煮え切らない表情のシリュウさんがこちらに向き直る。
「…。テイラ。」
「はい。」
言葉を探る様に間をおいた後、質問を投げかけてきた。
「…。今、俺についてどう思う?」
「…どう言う、意図の質問でしょう。」
「俺と言う存在に対して、テイラの中の感情は、どうなっているかと訊いている。」
どう言う質問だ…? いや、言葉の意味は分かるけど、意図が不明だ。
とりあえず何かしら返事はするべきか。
「よく分かりませんが、率直にそのまま伝えるなら…。えーと…。まず、何をするか怖い。
大嫌いな魔王の呪いを受けたウルリを、焼き殺そうとするんじゃないかと警戒してます。
あと、鉄の水を飲む変人。あんな量の鉄分を摂取して体になんともないとか、本当に人間かな?って思ったり。」
「………。」
「井戸はともかく、林まで全部焼くとか何を考えているのかと。環境破壊がヤバ過ぎですよ。いや、必要な処置だと理解はしてますが、強引過ぎると言うか、クレイジーなバーサーカー感が満載と言うか…。
ん? 狂ってると狂戦士で『狂う』が二重表現だな…? あれ? マイナスかけるマイナスはプラス理論で『正常』ってことになる?? なら、クレイジー・デンジャラス・バーサーカーってすれば良い…?」ぶつぶつと自問自迷(?)…
「これは、確実に『テイラ』だな…。」安堵の溜め息…
「そうだね…。」同意の呆れ…
「…、(理解できますが、随分な本人確認ですね…。)」無言のスルー…
「ウォー…。」
「キャイ。」
シリュウさんをはじめ、檻の外の皆が大きく息を吐く。
良く分からんが何かを納得したらしい。
続けて、シリュウさんが柔らかくなった声色でこちらに声を飛ばしてきた。
「テイラ。今、自分の状態を把握してるか?」
「…ちょっと興奮状態です。」
「だろうな。先ずは自分を治療しろ。
〈鉄血〉を使ったんなら、怪我してるだろ。」
「いや、まずすべきはウルリの方──」
「テイラが先だ。それとも、俺達を中に入れてくれるのか?」
「…分かり、ました。」
ダリアさんが檻の隙間から差し出してくれた上級ポーションを鉄アームで受け取り、手に掛けながら直飲みすることで、後回しにしていた手のひらの痕を塞ぐ。
結構ジンジンするけど気合いで耐えて、ウルリの治療に取りかかる。
まずやるべきは、屑鉄の除去だ。
足首に鉄の輪をキツめに巻いておいたから、出血はしにくいはず。
形態変化を利用しつつ、足から生える鉄の針を雑草を根っこから引き抜く様に慎重に取り外し、その都度ごとにポーションを掛けていく。
今回、ウルリ自身を呪った訳ではないから、彼女の魔力回路は生きていると思われるが、全部が無事とはいかないだろう。邪気に侵食された肉に巻き込まれる形で損傷している可能性が高い。ちゃんと回復してくれるかは未知数ではあるが、こうする他ない。
ママさんの闇魔法でウルリが意識を覚醒させない様にしてもらい、ダリアさんの探知魔法等の力も借りて、なんとか全ての鉄を取り除ききったのだった。
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「全く。無茶するね、あんたは。」
「…ご迷惑をおかけしました…。」
「別に、良いんじゃないかい? あんたが呪いの力を使わずにいたなら、ウルリが今頃どうなってたか分からなねぇんだし。」
ウルリの治療が一段落し、摘出した鈍色金属を黒炎で消滅させたところで、シリュウさんは再び探索に戻っていった。
あの巨大ナメクジは完全に消えたが、その分体がまだ残っているかもしれないし、同種の存在が1匹だけとも限らない。
フーガノン様とママさんを引き連れて、うっすらと呪いの痕が残っている草原を辿り、東に向けて焼き進んでいっている。
ママさん、この状況でもしっかり任務をこなすなんて素晴らしい方だよね…。なんとしてでもウルリを確実に保護しておかねばなるまい。
ダリアさんが、万が一ウルリが暴走した時の制圧要員、兼ボディガードとして残ってくれたのは正直有り難いことだった。
この状態のウルリと2人っきりとか罪悪感で気が滅入りそうだったし、とても助かる。
「ウルリ、大丈夫ですかね…。」
「ポーションは効いたみたいだし、どうにかなるだろ。
あとは…、精神が狂ってないか、だろうね。」
あの黒い霧を受けた時、めっちゃ悲鳴あげてたもんね…。
足自体は、欠損していた部位がミミズ腫れの様になっていてはいるものの、一応は回復したらしい。歩くぐらいはできるはずだそう。しかし、中身まではどうなっているか不明だ。
「『ホーンヌーンの魔王』は夢魔族に干渉できるみてぇなことを言ってやがったが。まあ、大丈夫だろ。」
「えらく楽観的ですね…。」
「そりゃ、あんたの鉄は無駄に痛いからねぇ。呪いの影響なんか、ふっ飛ぶってもんさ。」からかいの笑い…
「いや、どんな理屈ですか…??」
「アタシの実体験さね。」ドヤ顔…
何故、そこで自慢気な顔をしてるんです…?
「ウルリを憎んで呪った訳じゃないから、ダリアさんの時とは条件が違いますよ…。」
「似た様なもんだろ。」
違うと思うけどな…。
ん? 違うなら、ウルリの中に呪いの影響が残ってるってことになるのか…? なら同じものって思った方が正解? あれ…??
バネ仕込みの高反発鉄まくらに乗っているウルリの頭を時々撫でながら、正常に目を覚ます様にと祈りを込める私であった。
次回は18日予定です。




