273話 油断無き討伐と不測の事態
「これなら、心配ないかしらぁ~…。呪いのナメクジ魔物に為す術はなさそうだわぁ~…!」
「…っ…。(コワイコワイコワイコワイ…。)」
かれこれ20分程、化け物ナメクジは黒炎に焼かれ続けていた。
もう抵抗らしい抵抗もないのだが、シリュウさんは未だに黒い炎を維持している。死んだフリの可能性を考えて念押ししているそうだ。
「周囲は強烈な闇魔法の炎ぉ、地面は土魔力を浸透させての超硬化ぁ~。
呪い魔物を、単独で封殺するなんて凄いですねぇ~。」周囲へ意識を向けつつ観察…
「フルボッコですよねぇ…。
しっかし、あんなに黒炎出して大丈夫なのかなぁ…? シリュウさん…。」ホワァァァァ…
黒炎を「奥の手」って呼んでた訳だし、あんな超時間放ち続けるの、多分よろしくないと思うんだよねぇ。
まあ、何を言っても外野の野次にしかならんのだが。
私が、あのキモ黒ナメクジを代わりに倒すとか、無理ゲー過ぎるしなぁ…。
手足いっぱいの巨大うにょうにょとか絶対、物理に強いやつだし…。そもそも空飛びやがるし…。十中八九、酸性毒とか吐いてきて鉄も溶かされるだろうし…。
「何も力になれないのは、どうしようもないなぁ…。」ホワァァァァ…
「あらぁ~? テイラさんは役に立ってますよぉ~?」
「いや、ママさんの側で、護衛と言う名の棒立ちしてるだけですよ?」
「この『凄く美味しい空気』を出して、守ってくださってるでしょう~? これが有るから、竜喰いさんもこちらを気にせず戦えているはずですぅ~。」
そうかなぁ。単に手持ち無沙汰で、何かやれることをやろうと〔破邪の清風〕を発動しておいただけなんだが。
呪いの攻撃か黒炎の流れ弾がこっちに飛んできた時用の対策だけど、シリュウさんの集中力もサポート2人のカバー力も完璧だから無意味なんだよねぇ。
カミュさんと連携してるフーガノン様は、周辺の異常チェックを広範囲でやってくれてるし。
ダリアさんなんて、空中に舞い上がった火の粉を砂塊でキャッチ&消火してくれているし。
他に私がやれることを考えても。
瞬間的超強化の〔瞬閃の疾風〕は、普通の身体強化で十分間に合う上にすぐ効果時間切れるし。
不意の攻撃を防ぐ〔突風の守り手〕じゃ私だけしか効果対象にできないから、ママさんを守るには不向きだし。
ガチガチの拠点を作るには、手持ちの鉄じゃ足らないし。出しっぱなしの鉄の壁で事足りてるしなぁ。シリュウさんの休憩用に、簡易ゆったり椅子でも作っておくかぁ…?
後は料理くらいだけど…。
してる場合でもないし、そもそも食材がないし、無意味かぁ。
まあ、万が一シリュウさんが呪いを受けた時に鉄ハリセンするとか、アクアの水で黒炎を鎮火する(多分できる)とか、って役目くらいは有るから離れ過ぎる訳にもいかないのだが。
「スラッグにもう動きは無いみたいですけどぉ、竜喰いさんはまだ続けるみたいですねぇ~…。」汗がにじむ…
「ママさん、お水飲みます?」
「いただこうかしらぁ~。
雨瑠璃ィ~? あなたもいただきなさい~。退治が完了すれば、お仕事再開よぉ~。」
「うぅ…。(もう、いっぱいいっぱいだってぇ…!)」及び腰の泣き言…
「踏ん張り所よぉ~。」
──────────
「──!」
防護鉄壁の陰から黒炎の海を見ていた紅蕾が、突然目を見開く。
あまりにも予想外の事態を、後方にて感知したからだ。
彼女は深く考えるよりも先に行動を起こす。
植木鉢に差している自身の根を自切しながら立ち上がり、肘から植物の蔦を伸ばしながら体を捻り、自身の背後に居るテイラとウルリに鞭の様に叩きつけた。
「「!?」」
突然の出来事に反応できないテイラと、反射的にテイラを掴みながら蔦とは逆方向に飛び退くウルリ。
だが、その行動は一歩遅く──
「ウルリィ!左足ぃ!!」
コウライの切羽詰まった声が響く。
ウルリの左足、その靴の裏に、小さな「黒い触手」が貼り付いていたのだ。
呪いナメクジの、末端組織である。
〈呪怨〉をばら蒔く為に草原を侵食していた内の1匹であり、シリュウの黒炎進撃作戦により、焦土の下で死にかけていた個体だった。
それが、恐るべき執念で土の中を這い進んできたのだ。
「っ!」『風弾』連打!!
ウルリは訳も分からぬまま、自身の足を対象に最速無詠唱で攻撃魔法を撃ち込む。
骨が軋み、靴が破損し、ミニナメクジも止めのダメージを受け絶命する。
しかし、1センチにも満たないその体躯から手のひら大の黒い邪気が放たれ、ウルリの左足に絡みついた。
「うぎぃっ!?」ビキィッ!!
邪気に触れられ、空中で硬直するウルリ。
邪気は〔破邪の清風〕から必死に逃れる様に、ウルリの肉体内部へと浸潤。
「獣の因子の夢魔」を適当な駒に〈変貌〉させようと、その肉体を〈汚染〉していく。
──────────
「ぎゃ──うぎゃあああああ!?」
姿勢の制御もできず落下したウルリが、絶叫し倒れむ。
その左足に異変が起きていた。
黒い何かがウルリの足にまとわり付いている。
絶対に良くないものだ。多分、呪い。
体を素早く起こし、ウルリに駆け寄る。
「駄目ぇ!テイラさん!」
ママさんの言葉を無視して、ウルリの足首を両手で握る。
髪留めに意識を集中し、起動している〔破邪の清風〕を最大出力で放出。腕を伝わせて、前面に押し出す。
呪いは、吹き散らす!
「うっ、ぐっ…。」ビキィ!
全身に鳥肌が立った。
肌に触れているだけの両手から、おかしな感じがする。何かナマコの様な軟体に撫でられているみたいな、思わず手を引っ込めたくなる、気持ち悪い感触が──
キィンキィン!
髪留めが警告を発した。やはり危険なものらしい。
「テイっ、テイ、ラっ! 離れっ、て…!」
涙目のウルリが必死に懇願している。
だけど。ここで離れたら、ウルリが不味い。
これが巨大ナメクジの呪いなのだとしたら、シリュウさんが絶対に手を出す。下手しなくてもこの状態のウルリを丸ごと焼くだろう。足だけ燃やして終了なんてことにはなるまい。
それだけは、ダメだ。
しかし、数秒後には現実になる。
それなら、いっそのこと──
「ウルリ。──ごめん。」
「はやっ、くっううぅ…!?」
〔破邪の清風〕を纏っている手に、一層、力を込める。
私の手の中を軟体生物の幽霊が通っていく様な、おぞましさをきっちりと認識したところで。
──誓約 適合
──〈鉄血〉発動
パキパキパキパキッ!! バチュッ! バチュッ!
手のひらから飛び出た鉄針が足に突き刺さり、足首から爪先へと骨や肉を巻き込みながら、ナマコ幽霊を鈍色の屑鉄へと変換していく。
霧状の物を金属にすると言う暴挙を以て、呪いを滅ぼし、内部から食い破る。
「────」ドサッ!
悲鳴もなく無言のまま。ウルリの上半身が地面に倒れ伏した。
次回は12日予定です。




