270話 植物の夢魔と呪いの調査
「な、なんでママがここに!?」
「町で〈呪怨〉と言えば、私でしょう~? 動ける様になったし、頑張らないと~。」ぽわぽわやる気~!
「無茶じゃない!?」
「ふふっ。大丈夫よぉ~?」
顧問さんやゴウズさんと共にタラップを下りた車椅子に、ウルリが駆け寄る。
心配の言葉をかけるウルリに対して、ある種、場違いなほどに柔らかく微笑む紅蕾さん。
その雰囲気は、小さな女の子がやる気になってるかの様な健気さが感じられた。
確かに、彼女は「呪いの専門家」だろう。
植物に金属の性質を混ぜ込む〈呪怨〉の力を持っている為、今回の事案にはうってつけに思う。
しかし、まさか町の外に出て活動するほど回復していたとは…。無理してらっしゃらないのかな…。
驚きなのは、彼女がこの場に登場したことだけではない。
今目の前に居る彼女は、緑色のワンピースタイプのドレスしか纏っていないのだ。
ママさんは、全身の肌に呪印が出現している。日光と栄養剤で起きて活動できる様になってからは、黒いヴェールや手袋で素肌を晒さない様にしていらっしゃったのだが。
潤いを取り戻した緑色の肌や艶やかな深緑の髪が、彼女の回復を印象付けている一方で、朝日に照らされた腕や顔には黒ずんだ斑点模様が浮かんでおり、病気の身を押して活動している様な痛々しさが感じられた。
頭の上に生えている大きなピンクの蕾が汚れもなく鮮やかで、殊更に歪な美しさを醸し出している。
つーか、寒くないのかな…。肌に日光が当たる方を優先してるんだろうか。
ウルリの心配を余所に、ママさんは移動を始める。どうやら1度、シリュウさん達と合流する様だ。
しかし、誰も押してないし手も触れてないのに、車椅子の車輪が独りでに回転しているな…。魔法で動かしてらっしゃるのかな…?
とりあえず、私も話を聞く為、手近な知り合いに声をかけつつ付いていく。
「…ダリアさん、おはようございます?」
「おう。また随分なことになったみたいだね。」
「ご足労かけて、すみません…?」
「(何を謝ってんだ??) シリュウは鉄の中だね。あいつは無事かい?」
「えー、と。ちょっと微妙ですかね。しかめっ面でずっと謎水を飲んでます。」
「ふん。その程度で済んでるなら、御の字だね。」
「そうなんです?」
「…、ホーンヌーンの、シリュウ最悪の精神的苦痛、その元凶が関わってんだろ? ここら一帯が消し飛んでてもおかしくないんだよ。」
「あ~…。やっぱりそんなレベルのお話なんですね…。」
心的外傷で暴走するとか、いったい何されたんだろうな…。
「よく分かんねぇけど、シリュウを止めたんだろ? よくやったよ。」
「役に立てたなら、良いんですが…。」
目の前で、一般人にいきなり鉄ハリセンしただけなんだけどね…。一応、適解だったのか。
──────────
ママさんの顔を見るなり、シリュウさんがしかめっ面を更に険しくしたり。
弱ってるママさんに命令を下したフーガノン様を、ウルリが露骨に睨んだり。
そんなギスギスハプニングは有ったものの。
ママさんの「あの魔王は、全花美人族の仇敵だものぉ~。どうあれ、全力で潰させていただくわぁ~!」と言う、底知れぬ怒りの熱量に押しきられる形で、彼女を主体にした調査が行われることが決定した。
何か知らんが、亡国の魔王は、草花夢魔から〈汚染〉の呪いを奪いとった為に、『夢魔の女王』と敵対関係に有るっぽい。
まあ、少なくとも。シリュウさんを納得させ、ウルリを一瞬怯えさせる程、青緑色の瞳に宿る炎は本物だったと言うことだ。
調査メンバーは、呪い感知のママさん、竜騎士のフーガノン様、子馬サイズになったロザリーさん、透明化したカミュさん、仮の超級冒険者ダリアさん、上級のウルリ、そして私である。
まあ、私は精霊の水を出すアクアの運搬係的な何かだから、単なる添え物だが。
シリュウさんは鉄拠点で待機。他の騎士達と共に拠点防衛を担ってもらう。顧問さんが側に居てくれてるし、ミハさんやトニアルさんも呪いを受けてないか調べた後で合流してもらう予定だし、鉄水を大量に置いていったから大丈夫なはず。
「久しぶりねぇ~、ビガー。」
「──うん。久しぶり、紅蕾。」
「ご無沙汰です、紅蕾さん…。」
「ポートさんもお元気そうで、何よりですぅ~。」
ママさんは、先ほどの熱量を感じさせない朗らかな雰囲気で笑っている。
ウルリによると、ビガーさんがお店に居た時分、ポートさんはビガーさん一筋の常連だったんだとか。なるほどねぇ。
そんな母親の後ろの方で、ルータ少年がめっちゃ険しい顔をしてママさんを睨んでるけど、大丈夫かなぁ。
「さて…、先ずはビガーから見ていくわねぇ~?」
「えっと、手、出せばいい?」
「ええ~。握るわねぇ~?」ふわり…
あ、飛び出そうとしたルータ少年が、お爺ちゃんに止められてる。
「…、うん。やっぱりビガーは大丈夫ねぇ。」
「そうなの…?」
「そうなのぉ~。呪いの気配が全然感じられなかったからぁ~。そちらの、可愛らしい赤ちゃんも、全く問題無いわぁ~。」
「良かった…。」
「それじゃ、ポートさん。お手を~。」
「はい…。」
「…、呪いの影響は抜けているみたいねぇ~。ただ、とても疲れてらっしゃるから、休息なさった方がよろしいわぁ~…。」
「は、はい──いや、でも、スライム達をなんとかするまで休む訳には──」
「休むこともお仕事ですよぉ~? でも、無理強いはしませんからぁ~。」
「分かり、ました…。程々で、様子を見ます。」
「スライム達も後で視させてもらいますねぇ~。」
「お願いします…。」
「さて、次は後ろの僕──」
「こっち来んなっ。」
「あらぁ~…、嫌われちゃってるわねぇ~。」にこにこ笑顔~…
「ルータッ! この人は私の、お母さん…みたいな人で大丈夫だから!」
「いいのよ、ビガー。
ただ、この子、少し呪いが溜まってる風に視えるからぁ…、」
「え!?」
「水精霊様のお水、よく飲ましてあげてねぇ~? しばらく飲めば影響は無くなると思うわぁ~。」
「わ、分かった…。(あの水、精霊の水なんだ…。なんか納得…。)」
従業員の冒険者トリオは、結構深刻なレベルで呪いの汚染が進んでいることが判明した。
何やら生命力が吸い取られているみたい。でもこちらも、アクアの謎鉄水を何度か飲んでれば、後遺症もなく治る程度には弱いそうだ。
鈍亀ちゃんも視てもらったのだが、同様に汚染されていた形跡が有るものの、ほぼほぼ問題ないレベルに達しているらしい。私の鉄を直接噛りまくったおかげっぽい。一応、アクアの水を飲める様に給水器を設置しておいた。
ミハさん、トニアルさんも問題無く、ミールさんやエギィさんも軽く呪いを受けていたみたいだが、既に影響からは脱している状態だそうで一安心。
トリオとルータ少年、付き添いのジョージさんを簡易的に隔離して、謎鉄水を鉄薬缶に入れ魔鉄ストーブの上にセットしておけば処置は完了だ。後はセルフでどうぞ。
「それじゃ、牧場の中を探索するとしましょうかぁ~。」
鉄車椅子の車輪には、ゴムタイヤ代わりに水属性の魔猪の内臓素材が備え付けられており、それを魔力操作することで触れることなく回転させることが可能になっています。
次回は24日予定です。




