267話 火球の知らせと謝罪と恐竜
副題のタイトルは誤字ではありません。
「…。」頭ガシガシ…!
「…。」警戒しつつも自然体…
「」びくびくぶるぶる…
「」頭を擦って座り込む…
鉄ハリセンを握ったままの私は、正面に居るシリュウさんを注視する。
正気に戻ったらしい様子だが、しかめっ面で何かを悩んでいて突然攻撃を再開する可能性も感じられる。あまり刺激しない様、静かに出方を窺っておく。
私の背には怯えるウルリ。そのすぐ後ろにはへたり込んでいるミールさん。
ずっと後方にはスライム牧場。
周囲は草原。一部が焼け焦げているが、鮮やかな緑色が辺り一面に広がっている。
さて、どうしたものか。
「…。先ずは。知らせ、だな。」
シリュウさんが動いた。
ゆっくりと反転し、その姿がかき消える。
次の瞬間には遥か前方に立っていた。
そして右手を頭上に掲げ──
ゴオオオォォォォォォ!!
「嘘…。」
「」びくびくぎゅうっ!
「ぁ…。」言葉を失う…
超・巨大火炎球が出現した。
町に着いた時にローリカーナ達を脅したやつより、十数倍はデカい。牧場に向かって放てばその全てを吹き飛ばせそうな規模。
赤くなりかけていた太陽の光を塗り替えるほどの勢いで、周囲を照らしだす。
そのまま火の球は数十秒ほど燃え盛っていたが、眺めてる内にふわりと浮き上がり、シリュウさんの手を離れゆっくりと空へ登っていった。
呆然とする私達の目の前に、シリュウさんが一瞬で戻ってくる。
「町に知らせた。これでベフタス辺りが誰か寄越す。
テイラ。ここの奴らを全員、集めろ。確かめる必要がある。」
空へ打ち上がるミニ太陽。それを背に、無表情のシリュウさんが私を見つめていた。
「…確かめるって言うのは、事件の黒幕とかそんな──?」
「…。いや、恐らくそんな奴は居ない。
だが。この牧場を。──完全に焼き尽くす必要が有る。」
──────────
シリュウさんに指示は出されたものの。
2人から離れる訳にいかないと判断した私は、その指示を断って待機することを告げた。
今のシリュウさん、幾分落ち着いたけど切羽詰まった感じが消えてないから、まだ気が抜けない。目の届く範囲でストッパーをしなければ。
それに、シリュウさんが声に感情を乗せればトニアルさん辺りには届くみたいだし、命令系統はそちらに一本化してもらおう。
頑張れ、トニアルさん。牧場の皆さんを何とか説得して、鉄拠点まで連れ出してください。
しかし、牧場を焼く必要性が本当に有るのかなぁ…。でもまあ、まず優先するべきは人命で、資産の保護は二の次。
呪いの対処は特級冒険者にしてもらうしかないし、全員が集まってから話をするしかないか。
とりあえず状況を整理するついでに、極薄鉄板に話の流れをメモしておこう。
牧場の方々が文字をどれだけ読めるか不安だが…、まあ、なる様になるか。町から来る援軍の騎士さんとかには素早く情報を伝えられるだろう。
──〈問題〉牧場の焼却処分について
提起人:特級冒険者シリュウ
理由:魔王の呪怨を検知した為。
〈発端〉
「蜜の竹林」の女主人さんからの依頼──
〈場所〉
マボアの町の南東、スライム牧場にて。
〈発生事案〉
・スライムの異常行動
・従業員の体調不良
・亀魔物の暴走
〈行った対処〉
・放置
・マッサージ及び睡眠環境の改善
・鉄もどきの摂取
〈不明な事案〉
・牧場内で育成された野菜・木の実を食べようとして、警告音が──
ん~、髪留めのことを書きたくないな。そもそも、事実だけを並べると意味不明の塊みたいな文章になるし。
テイラが何かしか畑の野菜に違和感を覚えたことにして、それをシリュウさんに見せた、で良いか。
あ~、裏に時系列の表も入れておくべき──
「──ありがとう。」
隣で鉄の台に座るミールさんが突然お礼を口にした。
その目線は私を見ているので、私に対して言ったらしい。
「突然どうしました?」
「お礼、言っておこうと思って。」
「…。お礼言われる様なことはしてませんよ? 怒られることはしましたけど。」
「あなたが頭を叩いてなかったら、私、今頃死んでたでしょ。それくらいは分かるわよ。」少し疲れた顔…
「まあ、流石にシリュウさんもいきなり焼き殺すことはしなかったと思いますが…。」
「した、と思うわよ? あの目。本気だったし。
ウルリもずっと、怯えてるくらいだし?」
ミールさんが横目で、今も私の背中で引っ付き虫してるウルリを見る。
まあ、尋常じゃない怖がり方はしてるよね。ずっと無言で顔を私の背中に埋めてるし。
「ミールさん。こんなことに巻き込んで、あと、頭叩いて、すみません。」座ったまま頭下げ…
「なんでそこで謝るのよ…。
巻き込んだっていっても、ここは『蜜の竹林』に関わる所だし。
なんか激烈に痛かったけど、怪我は無いし。むしろ、あなたが居て良かったんじゃない?」
「…私の忠告聞かずに料理食べたり、トニアルさんに変態行動かましたり。そんな不快とした気持ちをハリセンに乗せて叩いた節が有るんで、そこは申し訳なかったと思ってます。」
「…、トニアルちゃんのことは、悪かったなんて認めないけど。」
「そここそ、改善しましょうよ…。」
「嫌よ。」
「死にかけたって思ってるんでしたら、人生見つめ直す良い機会ですよ…?」
「余計なお世話。」
「頑固ですねぇ…。まあ、ご自由にどうぞ。」
「ええ。しばらくはあなたの側から離れないから。」
「何度も守れるとは限りませんよ?」
「そんなことないでしょ。精々頑張って、化け物に意見してちょうだいな。」
「守る気力が、ガンガン目減りしきたんですがそれは…。」呆れの眼差し…
「…、(2人とも、大物過ぎるよ…。)」無言の息潜め…
──────────
牧場の方々が恐々と言った感じで合流しはじめた頃。
町の方向から巨大な白い影が迫ってくるのが見えた。
日が落ち赤く染まった草原を、ドシン!ドシン!を走って来るのは、数十メートルは有りそうな白い首長竜だ。
恐らく、竜騎士フーガノン様の相棒、ロザリーさんだ。その背中には何人か人影っぽいものが見えるので、人員輸送モード的な形態なのだろう。
角の生えた巨大首長竜が大地を駆けるとか、タイムスリップでもした気分になるな。まあ、異世界ファンタジーだから似た様なものか。
「遅くなりました!状況は!?」シュタッ!!
少し離れた位置で止まったロザリーさんの背から、砲丸の如くフーガノン様が降りてきた。シリュウさんの目の前に、スタイリッシュ着地である。
「『魔王の呪い』だ。この一帯を焼き滅ぼす。」
「──何ですと………。」目を見開き思考停止…
「良いな?」
「──もちろん、です。して、我らは何を?」
「ここの住民が抵抗しない様に抑え──」
「は~い!!シリュウさん!!一旦ストップ!!」
「あ?」
不穏なワードが聞こえまくったのでウルリ達を置き去りにしてダッシュし、いつになく性急なシリュウさんの会話を遮る。
「何のつもりだ?」
「可及的速やかに物事を成し遂げるにはっ! 周りへの報告・連絡・相談が肝ですよ! 1人突っ走っても混乱が増えるだけです!」
「…。」
「現状、今すぐどうこうなる感じじゃないですよね?」
「…。」ゆっくり頷く…
「なら。ちゃんと話を通して、連携しないと。」
「…。」
シリュウさんは不服そうだが、反論せずに引き下がってくれた。目線で、私に対応しろと指示をする。
「って訳でフーガノン様。こちら、状況をまとめた覚え書きです。一読ください。」
「…、ありがとうございます…。助かります…。
(竜喰い殿がテイラ殿に諌められている…。最大級に不味い事態ですね、これは…。)」冷や汗たらり…
次回は6日予定です。




