260話 説得と解説とその後の対応
「──と言う訳でシリュウさん。出動、お願いします…!!」
「…。」
亀魔物を暴走を止める為、何より彼女の命を守る為、シリュウさんを切ることにした私達。
ウルリとトニアルさんには林の出口で遠巻きに見張ってもらい、私が身体強化全開で鉄の拠点に戻って出動願いを伝えにきた。そのまま事の次第を一気に伝えたところだ。
ミハさんが心配そうにシリュウさんを見つめるが、当の本人は鉄リクライニングチェアに座ったまま動く気配がない。
「最悪、俺が出向く必要があるなら出るが。まだ大丈夫だろ。」
「話聞いてました!? 鈍亀ちゃんが鉄に噛りついてんですよ!? パワー凄過ぎて私達一般人じゃどうしようもないんですって!」
あのまま鉄の塊を呑み込んでしまったとしても、シリュウさんの超パワーで甲羅と内臓を貫通して引きづり出し、上級ポーションを掛ければまだどうにか助けられるはずだ!(猟奇的強引思考)
「…。テイラが必死なのは分かるが、落ち着け。」
「今にも鈍亀ちゃんが死ぬかも知れないんですよ!?」
「…。確認するが、そいつが噛みついてるのはどんな鉄だ?」
「だから腕ぐらいの太さの──」
「中空なんだろ? テイラが作ったんなら。厚みは?」
「このくらい、ですけど。」収納の腕輪を起動…
実際に使用し回収した鉄棒を取り出して、シリュウさんに見せる。
確かにシリュウさんの言う通り、中が空洞になっている鉄パイプ状態ではある。だが、その厚みは5ミリ近い。いくら身体が大きい亀魔物でも呑み込んで大丈夫な訳がない。
「(予想通りだな。) これだったら、本気でやればとっくに噛み砕けてる。
そいつにテイラの鉄を食べる意思は無いな。」
「はい??」
「じゃあ、噛んで遊んでるってこと?」
「その可能性も有るな。
俺としては、単純に鉄分を摂るつもりなんじゃないかと思う。」
思わずと言った感じでミハさんが質問を入れるが、シリュウさんの返答は予想外のものだった。
「…え? あの鈍亀ちゃん、貧血なんですか??」
「貧血かどうかは分からん。
亀の魔物は甲羅を強くする為に、石とか鉱物なんかを噛る習性が有る。俺にはその類だと感じてる。」
確かに、前世でも異世界でも、似た話は聞いたことが有る。亀は、甲羅を形成するカルシウムを補給する為に卵の殻や貝殻を食べるらしい。
「まあ、鈍亀は漏れなく土属性魔力を持ってるから自己供給できるはずだが、金属成分は貴重だしな。好みにでも合ったんだろう。」
「いや、でも私の鉄って、…〈呪怨〉の産物ですし。ちゃんとした鉄分が摂れるか凄く怪しいですけど…。」
「その懸念は分かるが、な。俺達だって調理器具なんかに使っているだろう? その辺りは普通の鉄と変わらん。
むしろ、俺の魔法袋に入れてれば相当安定化するし、テイラの腕輪から出したやつも簡単には溶け出したりはしない。急激な変化を起こすことはないだろう。」
ああ~…、魔力に触れて錆びづらくなるってことは、鉄イオンが流失しづらいってことに通ずる…の、か…??
「…まとめると。あの鈍亀ちゃんは私の鉄を噛り切るのではなく、鉄分補給に舐めているだけで、安全である。…と…?」
「恐らくな。」
鈍亀ちゃんの所業に相当焦っていた気持ちが、ゆっくりと消えてゆく。
亀好きのシリュウさんが言うなら、大丈夫だろう。
「俺も亀魔物を助けたい気持ちはあるから、対応不能な状況なら参加する。が、まあ、林に生えてる魔力素材に悪影響がある訳だしな。
可能な限りそっちに任せる。」
シリュウさんの言う通り、力技で解決できない理由が素材の保護だ。
鈍亀ちゃんが居る林はこの牧場の運営上なかなか重要な場所であり、スライム達の餌となる魔草、生活の為の薪や食料、そしてスライムを粉にする際に使う何かしらの素材等々が手に入る。
火を使う部外者を草木の側に近づけたくないって話は理解できるし、その強大な魔力で素材が変質する可能性も否定はできない。
もちろん人命優先なので、命に関わる様な切迫した場合は介入してもらう予定なのだが。
「分かりました…。このまま様子を見ます…。
お騒がせしました…。」踵を返す…
「真っ当な報告だ。問題ない。」
「テイラちゃん。もう少ししたら日が暮れるし、皆でここに戻ったらどうかしら?」
「ああ…。そう、ですね…。鈍亀ちゃんを放置しても良いなら、今日は引き上げた方が良いか。」
「そうだな。テイラはそのまま休め。伝達は俺がやる。
魔猫女にはここからでも魔声が届く。」
これは、数日様子を見るべき案件になったな…。
スライム施設の方は上手くいっただろうか?
──────────
晩ご飯を食べながら、帰還したミールさん達の話を聞いていく。
ちなみに、メニューは焼き肉だ。シリュウさんが手ずから魔猪肉を楕円赤熱魔鉄で焼いてくれている。味付けは岩塩のみだが、これがまた美味いんだ。
やはり体をいっぱい動かした日は、たんぱく質に限る。
「スライム班は、思ってたよりは大丈夫。」
「変わったスライムだったわねぇ。姿形もそうだけど、金属部屋の隅に集まって固まったまま動かなくてねぇ。」
牧場で飼育されてるスライムは、白っぽい灰色でぷるっと丸い半透明な体に、緑色の斑に見える細胞核がいくつか浮かんでいる姿をしているらしい。その核が分解酵素的な物を生み出す器官なんだとか。
「プラスミドDNA」的な、後天的に獲得した特殊能力みたいな物なのかな?
冬場は寒さ対策なのか、複数個体が群れて固まることは多々有るそうだが、今年は延々と団子状態で微動だにしないらしい。
町に出荷した後は、しっかりと分解処理をするみたいで業務的には問題視されてはいないらしく、放置されてるのが現状だそう。
「でもスライム粉ができなくなったことには関係してるみたいね。その行動をしはじめてから、ビガー姉が納得できる物にはならなくなったって。とろけ具合とか色味が違うんですって。」
「ん~…、なんとも対処がしづらい話ですね…。」
「あの『まてつ何とか』って小型暖炉で暖めてみたら? 元気になりそうだけど。」
「ダメでしょ。スライムが変な味を覚えない様に魔導具の持ち込みを禁止してるんだから。」
「それに。寒くて震えてるだけで、粉にした時に劇的な変化を起こるってのは…。話が繋がりにくい気がしますね。」
「あの建物は屋根が空いてるから外と同じ寒さだけど、普段の冬とそう変わらないらしいしねぇ。」
「ダメかぁ。」
生育状態なんかの関係で間引いたスライムを、丁寧に加工した物が「スライム粉」だ。本筋の業務と関係ない代物の為に、生きてるスライム達に外から大きな変化を加えることは望ましくない。
製造してるのはビガーさん個人だし、その過程のどこかに原因が有るかも可能性も考えられる。
「スライム達にも暖かく過ごしてほしいって気持ちは有るんですけどね~…。」しみじみ…
「…、(何その気持ち。)」
「…、(思ったよりは可愛い感じだったけど、共感はしづらいわね。)」
昼間に貸し出した魔鉄ストーブはきっちり回収している。起動したままだと火事になりかねないからね。子どもやお年寄りが居る場所だし。
「まあ、明日も手伝ってくれると助かるって言われたから、しばらく観察するしかないわね。」
「亀チームもそんな感じですし、全員、泊まり込み確定ですね。」
「…。何なら、この後でも町に人力車、出すが?」
シリュウさんが何でもないことの様に軽く提案をしてくれた。
もう暗くなるのに、鉄の塊を牽引してくれる気か…。
「いえいえ! 明日にまた運んでもらう手間をかけるのは申し訳ないですし大丈夫ですよ! (トニアルちゃんと一晩、同じ屋根の下なんて逃す手は無いわ…!)」ギラギラ笑顔!
「私も結構です!? (あんな怖いの、何度も嫌だ!?)」全力首振り!
「…、トニアル? あなただけでも帰る?」ゴゴゴ…
「え!? いや、これも指示された仕事だし、大丈夫!」焦りつつも男の意地…!
「そう…。なら、私も残ろうかしら。
私も居候してる身だし、きっちり働かなくっちゃね。」ゴゴゴ…
「…。そうか。」
うん。混沌。
色んな思惑が渦巻いてやがる。
行政から私達の支援を言い渡された形のトニアルさんはともかく、診察魔法を連発したミハさんはちゃんと休んでもらいたいのだけど…。
言わぬが正解かな…。
ミハさんの雰囲気に日和って、無言を貫く私であった。
ちなみに後半、ウルリは鉄拠点の個室で先に休んでます。魔鉄湯たんぽを抱えながらタレウルリ状態です。
次回は15日予定です。




