259話 鈍亀を救う為の戦い
「ギュギュギュギュ!!」猛々しい声!
ドガッ!! ゴガン!!
ゴゴゴゴン! ドゴン!!
「…っ!!」歯を食いしばるっ…!!
無ー理ー!? これ、無ー理ーーー!!?!
現在私は、斜め上から降り注ぐ「岩の雨」に曝されていた。
林の中の暴れ鈍亀ちゃんからの、攻撃である。
1つの大きさは人の頭ほどだが、それが魔法の力で加速した状態で何発も飛んできている。
積層構造の鉄タワーシールドで直撃こそ免れているが、大盾を支える腕には相当な衝撃が加わっていた。
添えただけの鉄杭が、ぎっちりと地面に食い込んでいる程だ。
『テイラー! 離脱できるー!? 逃げた方が良いよー!!』
離れた位置のウルリから、風魔法で伝えられたらしい声が、耳元で響く。
ぐぅ…! これはどうしようもない、かっ!
「了解…! 離脱っ、する…!」
タワーシールドをそのまま放置し、岩弾の射線を防ぎつつ全力で後退した。
いったい何が有ったの鈍亀ちゃんー!?
──────────
「あれは、本当にダメだ…。」しょぼーん…
「はい…。なんであんなに攻撃的なんですかね…。」疲れた雰囲気…
トニアルさんから同意の言葉が返ってきた。
全く以てその通りである…。
鈍亀ちゃんの攻撃範囲から大きく離れて林の外まで出た私達は、鉄の椅子と柵1つの簡易的な拠点を作り、再び作戦会議に移った。
とは言え、事前に牧場での綿密な聞き取りとそれを元にした意見交換は既にしてあるので、修正案を出すだけだが。
「でも、テイラの鉄の盾、かなり防いでたから押しきれるかもだけど。」
「どこが? いや、確かに直撃は避けたけどさ。手も足も出ない状態だったけど?」
「鉄の呪いの力で魔力を弾いてたでしょ? あの『岩弾』、結構な魔力が籠められてたから対処が難しいし、威力も高いんだよ。」
「僕の岩盾じゃ、魔力を減衰できても数発貰えば砕けちゃったし。テイラさんのなら、まだやりようは有りそう。」
ああ~…、「魔法」+「物理」の複合攻撃を、物理のみに絞って捌けてはいるのか。
「それでも、鉄と岩の塊の直接対決になるだけだから、意味ない気が…。」
「ん~…、持久戦に持ち込めばいけない?」
「あの鈍亀は体も大きくて魔力も豊富だから相当時間かかるけど、いけると思います。」
「魔力が枯渇したら、どうとでもできるしね。」
「でも、それってもっと痛めつけることにならない? 枯渇って相当辛いらしいし。」
「そうだけど。この方法なら確実じゃない?」
「…確かに、筋道は通ってるか…。」
攻略の糸口としてはアリなんだろう。…けどなぁ。
凶暴とは言え、相手は鈍亀ちゃん。人と共存する、とっても有益な魔物だ。
この牧場で長らく働いてきた生き物なのだし、手荒な方法で何かしら治療したとしてもその後の関係に悪影響が出るプランは、取りたくない。
まあ、ウルリもそれは理解しており、他に選択肢が欲しい雰囲気ではある。
私は聞き取り過程で書いたメモを確認しつつ、頭を回転させる。
「あの鈍亀ちゃんはメス…。平均的な同族よりも一回り程大きく、甲羅はゴツゴツが強い…。でも鈍亀らしく、頭と尻尾は甲羅の中に引っ込んでいる姿…。
昔から我は強く、しかし仕事はきっちりこなしていた…。
異変が起きたのはビガーさんの出産前後…。言うことを聞かなくなり林に引き籠る様になった…。
ん~…、相手してくれないから拗ねてる…、にしては対応が強過ぎだし、長過ぎだし…。」ぶつぶつ…
ちなみに、ミハさんは休息がてらシリュウさんの相手を、ミールさん・エギィさんはスライムの飼育施設に入って直接的な手伝いをしてくれている。
私も鈍亀ちゃんとスライム粉の間で心が揺れていたのだが、「あなたの髪留めと腕輪。結構な魔導具よね? それはスライムの近くには持っていけない。外してくれる?」と言われた為、そちらは断念するしかなかった。
従業員3人とジョージさんが回復したから人手は足りてるし、危機察知や身体強化無しで、スライムとは言え魔物の相手をするのは怖いし…。
「やっぱり病気とか体調不良の類だよなぁ…。んん~…。
ねぇ、“押してダメなら引いてみろ。”の精神で、ちょっとやってみたいことがあるんだけど。」
──────────
鈍亀ちゃんまでの距離、約30メートル。
高さ、鈍亀ちゃんの頭の位置で固定。
鉄の伸長、開始…!!
そろ~り… そろ~り…
そろ~り… ウルリから合図… 停止…
『…、大丈夫、っぽい。認識はしてるみたいだけど、岩は飛んできてない。』
近くの木の上に登って観測しているウルリから、私達にだけ聞こえる声が届く。
視線を遮る為に設置した、鉄の衝立の向こう側を計ってもらっているのだ。真っ直ぐ棒を伸ばせる場所だから、こちらの姿を見られちゃうからね。
ひとまずこの手段なら次に進めそうか。
「…了解。…1度、回収する。」そろ~り… そろ~り…
林の向こうに伸ばした鉄棒を、行きと同じ様に手元に戻していく。
適当な長さで切断し、脇に控えるトニアルさんに1本ずつ手渡して置いてもらう。
そして、回収した鉄棒の先端に、鈍亀ちゃんが好む若く柔らかい葉っぱを数枚重ねて固定し、その葉の隙間に上級ポーションを数滴ほど垂らす。
目の前の地面に先ほどいくつか置いた三脚付き「コ」の字型の鉄枠をしっかりと見据え、鉄棒の先をコの字に嵌まる様に乗せて、再びゆっくり伸ばしていく。
そろ~り… 鉄を繋いで… 再びそろ~り…
これで鈍亀ちゃんに近づくことなく、餌をあげられる算段だ。
そう! これこそ、「鈍亀ちゃんに回復水薬を飲ませよう」作戦!!
私の頭の中には今、「ヤ○マ作戦」のBGMが流れている。
攻撃範囲外から遠距離治療だ!
ん? この場合、鈍亀ちゃんから反撃食らって、盾使いが庇って死にかけるパターン…??
いや、状況が違い過ぎる。妄想してないで、集中しよう。
ウルリから合図。鉄伸ばし、停止。
鉄棒を握りしめ、じっと待つ。
怖く無いよ~。美味しくて栄養の有る葉っぱだよ~(念送り)
…。
『食べた! 鈍亀が葉っぱ食べたよ! ガツガツいってる!』
「良ぉし!!」心の中でガッツポー!
「やりましたね!」安堵の声!
ブラボー!ブラボー! ファーストミッション、クリア!
これでひとまず、極少量とは言え回復ポーションを摂取させることに成功した。
これを数回繰り返せば、それなりの量を摂取させられるはず。大概の体調不良はこれで治るだろう。
「ウルリ。鈍亀ちゃんが食べ終わったら教え──」
グイッ!!
「──て!?」グイグイ引かれる!?
『鈍亀が!? 鉄の棒、噛ってるよ!?』
「「え!?」」
『葉っぱ全部食べて、そのまま食べてる!』
「ちょ!? なんで!?」
『分かんない! でもなんか凄い勢い!』
「でしょうね!?」
めっちゃ引っ張られてるもんね!?
「引き離しましょう!」ガシッ!
「ですね!」ぐぐぐ…!
トニアルさんと2人、綱引きの要領で鉄棒を引くがビクともしない。むしろこっちが引き寄せられている。
どんだけ必死なの!?
『私! 直接行ってくる!』
「た、頼んだ…! 気をつけてね!」
うおおお…!! 力強過ぎでしょ…! 長くは持たない…。
『ダメだってこれ!? 近づいても甲羅触っても反応してくれない! ずっと噛り付いてるよー!?』
ウルリの奮闘虚しく、意地でも離すつもりはない様子。
鈍亀は、カミツキガメやったんかい!?
夜になったら、離してくれるかなぁ! それはスッポンだし、世界に月無いよ!!(超速セルフツッコミ!)
「だあああ! ウルリ! 私がそっち行く! 噛ってる先を切り離すから援護お願い!」
『わ、分かった!』
「トニアルさんは待機しててください!」
「一応押さえておきます…!」鉄棒握りしめ…!
「怪我無い様に!」ダッ!
「そちら、も…!」
それから現場に着いた私は、亀魔物の執念深い噛りつき様にドン引きしつつも対処に乗り出した。
短く切ってしまうとそのまま呑み込みかねないので、程々の長さを残す様にし、近くの木に巻き付けた鉄と融合させる要領で鉄棒の先を切断した。
私達が側で作業しても、そこから立ち去ろうとしても、魔法を放ってくるどころか目もくれず。
鈍亀ちゃんは、木から伸びる鉄棒を、甲羅の頭の中に突っ込んだ状態で、一心不乱に噛り続けていた…。
この亀、ひょっとして超絶な悪食…??
変な物でも食べてお腹壊してるだけなんじゃ、なかろうか…?
次回は12日予定です。




