250話 植木鉢車椅子と試し乗り
キュイキュイキュイ…
「ふむぅ…、実際に走らせると、ちょっと挙動が不安だなぁ。やっぱりタイヤが無いから、かなぁ?
人が直に座る訳だし、もうちょっと衝撃吸収的なやつを…。でも、金属太バネを取り付けたら不安定感が増しそう…。」ぶつぶつ独り言…
女主人さんの闘病生活を支える便利グッズ第1弾、「植木鉢車椅子」を作製した私はそれを試験走行させてみた。屋敷から「蜜の竹林」までの経路に沿って移動中である。
植木鉢とは言ったものの、単に座面の下に物を入れれる空間を確保しただけで、構造は普通の車椅子と同じ。はず、だ。
試験段階では、そこに土ではなく適当な重さの石を入れているだけなので、ちゃんと機能するかは余計に未知数だが。
まあ、何事も、まずは実行して問題点を洗い出すのが重要だろう。
「座わる面を毛皮なんかで覆えば、どうかしら? それで十分快適になると思うわ~。」
「ママは体強いし、多少揺れても大丈夫だと思うよ。」
「ふむふむ。快適性は必要だと思うんだよね。でも、クッションなんかを敷くと、土に触れる穴が塞がるし…、いや? 穴を四隅だけに空けておけば根は伸ばせるか…?」
カミュさんにはとりあえずナーヤ様の所に戻ってもらったし、今居るのは車椅子に座ってくれているミハさんと、隣を歩くウルリとシリュウさんだ。
私では気づかない問題点・改善点を挙げてもらっている。
ミハさんには魔鉄湯たんぽと膝掛け、肩掛けを羽織ってもらい、防寒対策もばっちりだ。
私はマントを付けているし、後の2人はそのままの格好。町の中程度なら問題も無いらしい。
いや、シリュウさんは極寒でも大丈夫だけど。むしろ、極寒が好きな変態だけど。
「『水魔猪の腸』を車輪に巻いたらどうだ? 大陸中央の奴らが馬車をそんな風にしてたぞ。」
「…なるほど~。」メモメモ…
水魔猪腸とは、その字の如く、水属性の魔猪の胃腸のことだ。水を弾いて、適度な弾力と保持力を持つゴムみたいな素材である。私のマントにも薄くして使われているやつ。
弾力を保つには水魔力を供給し続ける必要があるそうだが、そこはお店の女性なり冒険者を雇うなりすればどうとでもなるか。
「これを雛型にして、この町で手に入る素材で魔木製の車椅子を作ってもらう方が正解かな。きっと良い感じになる気がする…。」
「…? 鉄じゃダメなの?」
「ほら、鉄じゃ錆びるし…。シリュウさんの魔力で染め上げたとしても、いつかはダメになるはずだから。
ベアリングもバネも必要ないってなったら、この先ずっと使うことを想定して身近な素材を使うのが健全かな、って。」
使う人も呪い持ちとは言え、呪いの金属と普段からべったり接触してるってのもよろしくないと思うんだよね。
どれだけ長く車椅子生活になるか分からないし、整備性が高いことは絶対条件だろう。
「…、ママが言ってたんだけどさ。
土の栄養がいっぱいで助かるって。それは、テイラの鉄のおかげだって。」
「? どう言うこと?」
「ほら、魔猪の骨のカス、くれたでしょ? あれももちろん栄養になってるみたいなんだけど、鉄の容器から染み出す『鉄分』? が凄く良いんだって。
だから、鉄で出来た物でもママは普通に喜ぶと思うよ。」
「そんなもんかね…?」
「うん。テイラには感謝しかないよ。」
まあでも、私がこの町を離れるとかってなった時に、私しか整備できないアイテムとか無価値過ぎるし。
自分達で作れる物にしておくべきだと思うけど。
──────────
はあぁ~…、「美人強壮」が今日も美味しいぃ~…!!
これが肉となり骨となり血になり、そしてやがては鉄に変わり、ちょっぴり役立つ道具に還元されていく…。
良い循環だ…。
お店に着いた私達は、試作車椅子をウルリに預け、いつも通りのご馳走にありついていた。
シリュウさんもミハさんも同じ様に幸せそうな顔で食べている。
私が譲った遊星歯車ミキサー(シリュウさんの魔力が染み染みで錆びづらい)のおかげで調理時間が短縮されたらしく、提供してくださる数も増えたのだ。良いことである。
私の横には、人の頭くらいに膨らんだ水スライムもどきさんが、その甘味をアメーバの如く体内に取り込んでいる衝撃的な光景が広がってもいるが…。まあ、良いんじゃないかな…。
女主人さんの回復に一番貢献したの、アクアだし。
他人が居る場面では滅多に出てこないのに、それでも食べたいと思える程には美味しいみたいだし…。
でも、アクアの味覚って人のそれとは違うと思うのだが…。
まあ、良いんじゃないかな…。(大事なことなので2回目…)
「貴女も毎度毎度、不思議な物を持ってくるわねぇ…。」
呆れた顔で店の奥を見ている薄着さんが、独り言の様に呟いた。
「突然、やってきてすみません?」
「来るのはいつも通りでしょう。慣れたわよ。うちのママの為にここまでしてくれるのが不思議なだけ。」
「もう冬なのに、ずっと薄着のミールさんの方が私には不思議ですけどね?」
「これはほら、いつ可愛い男が来ても良い様に、ね。」
「いや、『ね。』と言われても。」
「トニアルちゃんが貴女に付いてくるかもでしょう?」
「それ、最初に来た1回だけじゃないですか。健全な人が来る訳ないでしょう。」
「あら? 健康男子だから来るんじゃない? あの子も成人して──」
「ミールちゃん? うちの息子に不埒なことをしたら、承知しないからね?」ゴゴゴゴゴゴ…!!
子を想う母の怒りが、迸ってる…!?
「いやですよ、ミハさん! あの子は夢魔繋がりでうちのママやウルリと仲良くしてるでしょう? 私にとっても可愛い弟みたいなものなんです。本人の意思に反して手を出したりなんかしませんよう!」
「そうよね、トニアル本人の意思が大事よね?」
「ええ! ふふふ!」ズズズ…!
「うふふふふ!」ゴゴゴ…!
ミールさんが薄着なのって、ずっとトニアルさん狙いだったのか…。確かに興奮して男側から迫れば、本人の意思になるだろうけども…。
なんで人間の女の方から、半夢魔の青年を誘っているんだか…。
ウルリ! これからも送迎はあんたに任せたー!!
「ふふふ──(ほんとは竜喰いちゃん狙いでもあるんだけど。ウルリに強く止められたし…。中身が相当年上って聞いたし…、いや、それもアリなんだけど。そもそも全然目を向けてくれない──)」
「ミールゥ~、その辺りにしておきなさぁ~い?」
「──ママ。」
女主人さんが登場した。ウルリが押す車椅子に乗っている。
意味深に笑っていたミールさんも、途端に綻んだ笑顔になった。その綺麗で素直な表情のままだったら真っ当にモテるのにねぇ…。
「今日もお邪魔してます、女主人さん。」
「いえいえ~、こちらこそお世話になってぇ~。車椅子もありがとうございますぅ。」ぺこり…
車椅子の上で深く頭を下げる女主人さん。私が時々甘味を食べに来る客だと、しっかりと分かる様だ。
衝立越しでなら1・2度話したこともあるが、女主人さんと面と向かってはこれが初めてな気がする。いや、その顔は黒い布っぽいヴェールで覆われてる為に、表情は分からないが。両手に黒い手袋もしているから、肌に出てる呪いの斑点を隠す為だろう。
間延びする喋り方だが、その声にはちゃんと意思の力が感じられた。寝ぼけては無さそうである。
「こちらこそ、美味しい甘味をありがとうございます。」こちらも頭下げ…
「それはサシュが頑張ったからだからぁ、あの子を褒めてあげてぇ~。」
「もちろんです。毎日感謝を捧げています。これからも食べに来ます。このお店を作ってくれてありがとうございます…!」
「いえいえそんな──」
「いやいやどうも──」
「…。(無限に続ける気か?)」
いやぁ、夢魔族の人達とこんな関係を築けるとは思わなかったよねぇ。
素晴らしいことである。
次回は12日予定です。




