243話 再びの模擬戦
「昨晩は同僚が、すみませんでした…。」
ガタガタと揺れる箱馬車の中、隣に座るナーヤ様が深く頭を下げている。現在、貴族が遣わしてくれた馬車に乗って司令所に向かう道中だ。
「いえいえ、こちらこそすみません。ナーヤ様の先触れを妨害してしまって…。」
「カミュと接続しない様にすると言ったのはこちらなので…。本当に申し訳ない…。」
おバカ侍女が屋敷にやってきた理由は、まあ、予想通りと言うか、ローリカーナと私の再戦申し込みだった。
痺れをきらしたローリカーナだったが、上司との誓約で私に対して一方的な強行手段には出れない為、部下を使って事前に相談に来たと言う流れ。
それでも一応はバンザーネ自身も貴族ではあるし、日が落ちてから訪ねてくるなどなかなかな強引なやり口に、腹は立ったが。
ナーヤ様はその訪問の前に、召喚竜を通じて私達に告知しようとしていたのだが、呪いの鉄籠で覆っていたばかりに伝声魔法が発動せず結果的に突撃訪問となった訳だ。
「…。謝罪合戦より。
本気でまた戦るのか? テイラ。」
「ええ。向こうが約束を守ったのなら私もそれに応えるまで、ですよ。ローリカーナの奴がこうなったのは私が原因ですし、取れる責任くらいは取らないと。」
向かいに座るシリュウさんが心配そうに私を見る。
回転遊具やら楕円形魔鉄やらでのお楽しみを邪魔したのは申し訳ないが、私がやり過ぎた時の為にストッパーになってもらいたいので付いてきてもらった。
「テイラもおかしな誓約を交わさせたもんだねぇ…。」
シリュウさんの隣のダリアさんが、呆れつつも面白そうな色が混じった顔をしながら呟く。
「いやぁ、あの差別用語は気分悪いですし…。
それよりもダリアさん。本当に、付いてきて大丈夫なんですか…?」
「アタシが居れば、あの小娘が本当に誓約を交わしたか判断できるだろ?」
「それはそれですけど。」
「『砂塵』のダリア殿! 誓約は完全に履行されており、偽ることなど誓って──!」
「ああ、必要ない あんたらを疑ってはいないよ。堅っ苦しいのは嫌いなんだ。直接確認したいだけだよ!」
「そ、そうですか、申し訳ありません。」
顧問さんの屋敷に来たバンザーネは自分から来ておいて「亜人がいっぱい!亜人臭い!」と最悪な態度だった。
夜に訪ねて来たのも、亜人の住む所に高貴(笑)なる自分が入るところを見られたくないからとか言う、しょうもない理由だったしね。
そこで私は、今回の再戦を受け入れる条件として、「ローリカーナとバンザーネの両名が、今後一切、『亜人』と言う単語を口にしないこと」を誓約魔法で誓う様に申し付けたのだ。
いやぁ、そう言ってやった時のバンザーネの顔! なかなかに見物だったねぇ! 顔が真っ赤になってプルプルと震えて。もう! 貴族が感情を表に出しちゃダメですよぉ!
芥子色の髪と相まって紅葉みたいだったね! 芥子色に斑のレッドとか、汚ない紅葉かっての! 自身の属性色である橙色が無くて残念でしたぁ! 悔しいでしょうねぇ! 悔しいでしょうねぇ!!
と、心の中はお祭り状態であった。あの顔が見れただけ、再戦の対価としては十分と言うものある。
私とナーヤ様の膝に跨がって寝転んでいるカミュさんの背を撫でながら、昨日の出来事を反芻することで戦意を高めておく。
「超級冒険者の見届け人は、こちらとしても助かります。
今回、フーガノン様が居られませんので、万が一の際に止めに入れる方が増えることは願ってもないことです。」
フーガノン様は、現在、魔猪の森の見回りを再度行っている。
なんでも、「呪具を運び出した賊が知性を持つ輩ならば、竜喰い殿が町を離れる時期に合わせて動くはずです。」と言って、深紅の魔鉄を作った日からずっと潜っているそうだ。
…積極的過ぎる上に、半分私のせいだよね…。
「テイラ殿。お伝えした通り、ローリカーナ様は今回、全身鎧を身に付け真剣を佩いておられます。
こちらでも回復薬は用意しておりますが、くれぐれもお気をつけて。ご自分の安全を最優先してください。」
ナーヤ様が真っ直ぐに見つめてくる。
自分の主に酷いことをする予定の私を気遣うなんて、大変な道を選んでらっしゃるねぇ。
「はい。大丈夫です。
私としても、手加減し損ねても問題ない奴をフルボッコにできるのは、願ってもないことなので…! 全力でやります!」
「…、は、はい…。」違うそうじゃない、とは言えない…
「…、(大丈夫かぁ…?)」
「…。」
──────────
「よく来たな! 今日こそキサマを下す!!」
北の外壁に程近い場所、いつぞやぶりの訓練場に到着して早々、頭の悪い台詞を堂々と叫ぶ全身鎧の騎士と出くわした。
兜だけ外して喚いているのは、当然、ローリカーナである。「剣も槍も通らぬぞ! 鉄を使う貴様などこれで封殺だ! 魔法金属の防具の力、思い知るがいい!!」などと、宣っている。
その後ろには、両手で兜を持ちムスッとした顔のバンザーネ。
私達一団を見るなり「このっ…、…ぁ…! 混血っエルフッ! こっちを見るじゃありません!!」とかほざいている。いつもの悪口はどうしたんだろうね?(すっとぼけ) とりあえず誓約はきちんと効果を発揮してるっぽい。
さて。相手が挑発をしてるんだから、こちらからも返そう。
「誓約を交わせて、偉いねぇローリちゃん。また1つ、大人になったねぇ?」
「…!! ぎっざま゛ぁ!」激憤!!
「あなた! それが人間に対する態度なの!?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。差別用語を連呼するしか能がない、貴族もどき共。」
「舐め腐りよってぇ…!!」
「ローリカーナ様! もうこいつに関わるのは止しましょう!」懇願!
「くどい! あの端女はこの手で! 倒す!」
「…、(ああっ!!もうっ!!)」内心地団駄!!
良いぞ、良いぞ! そのまま仲違いしてろ。うけけけ!
「…、ハッ!(悪くない光景だねぇ。)」ほくそ笑む…
「…。(ダリアもテイラも、趣味が悪いな…。)」呆れ…
おっと、シリュウさんが少々つまらなさそう。とっととはじめるか。
「ナーヤ様。試合開始の宣言をお願いいたします。」
「はい…。今回は、双方、真剣を含めた武器、防具を装着しております。くれぐれも、やり過ぎない様に。」
「…チッ! バンザーネ!」
「…はっ…。」震える手で、兜をローリカーナに装着…
「──はじめっ!」
「我が敵を屠る力を──」シャキン…!
ローリカーナが鞘から剣を抜き、私に向けながら魔法詠唱を始める。
頭まですっぽりと覆う金属鎧だ。並の攻撃は通らず、しかも鋭利な片手剣まで構えている為、近寄り難い状態である。
かと言ってこのまま黙って見ていれば、奴の遠距離攻撃が飛んでくるだろう。いくら攻撃魔法の才能がないとは言っても、完全な詠唱を伴えばある程度の威力は出せるはず。ハッタリって可能性も無くは無いが、猛特訓したらしいとは聞いたし…。
まあ、どのみち手出ししないなんて選択肢は、存在しない。
鉄槍を構えて、正面から突撃する。
槍を突き込み、剣の間合いの外から鎧を何度も叩く。手に固い反動が伝わる。
「──焼滅せよ。灰になれ。我が意に従い──」ニヤリ!
槍の穂先を剣で払うこともせず、鎧で受けるローリカーナ。
詠唱が止まることはなく、むしろ戦意向上の為か即興的な言葉が差し込まれている気がする。舐められたものだ。
私の呪いの鉄は、魔法効果を貫通させることがウリだ。物理的な障害に対しては単なる金属塊でしかない。マジもんの鎧をぶち抜く様な芸当はできない。
しかし──
「ふっ!」ブォン! ガン!
奴の剣を槍で弾き、距離を詰める。
空いてる方の手で私を掴もうとしてくる。
それを鉄盾を出現させた右手で妨害し、左手も槍から離す。
奴の鎧の隙間。弾かれた剣を握るままの右腕の脇。
そこに、新たに鉄ナイフを握り込んだ左手を、思いっきり突き入れた。
「──ぐッがアァァァ!!!?」
「ローリカーナ様!!?」
──まあ、この通り。鎧の隙間に鉄刃を咬ませば一撃な訳だ。
詠唱を続けることもままならず、ローリカーナは崩れ落ち、鎧姿でガクガクと震えている。バンザーネが駆け寄り、回復薬を肩の隙間に掛けてから兜を外しにかかった。
「あぐっ!? ぐっ…うぅっ!!?」
「しっかりなさいませ!?」
「がっひぃっ…! あっ、あっ…!?」
「脇は人体急所の1つ。そこを突いた。単に死ぬほど痛いだけよ。」
「また、お前はっ! おかしな力をっ!」
「何言ってんの? やったことは、槍から手を離して仕込んでたナイフを懐から出しただけ。あんたら貴族(笑)なら、収納袋で再現できるものでしょうが。」
ナイフとは言ったが、刃先は適当に潰してある。だから、奴の脇から血は出ていない。痛覚にダイレクトに届く衝撃を味わわせただけだ。
これぞ、マジものの忍者が使ったとされる急所突きである。
「模擬戦だから、即死狙いの殺傷攻撃は避けてやった。真剣を持ち出したあんたとは違ってね?
有り難く思えよ?」
「ふぅぅ…! うぅう…!!」睨みつける!!
うん、うん。良い目だね。生きる気力に溢れてやがる。
「んじゃ、とっとと回復して。第2ラウンド、やろうか。」
あんたが絶望するまで、殴るのを止めないよ?
急所突きは、割りとマジで危険らしいので真似しないでください。
次回は18日予定です。




