242話 土属性の魔鉄の話
「さて。見せたいものがあるとのことでしたが。」
「はい。メイン──主な目的はシリュウさんへの説明なんですが。顧問さんとトニアルさんにも見てもらうかな、と思いまして。」
晩ご飯の後、お腹が膨れて落ち着いた頃、部屋に居る皆に向けて話をはじめた。
ウルリは何とか帰ってくれたし、調理担当のリーヒャさんも自室に戻っている。今居るのは関係者ばかりだ。
カミュさんも私の脇で鉄籠の中に入ってくれているから話を聞かれることはない。起動状態の髪留めを一緒に入れてあるおかげか、大人しくしてくれている。
ちなみに、晩の食事は鍋を頂いた。「みぞれ鍋」である。
ご飯の時間にはきっちり戻ってきたシリュウさんを含めて、皆で炬燵を囲み食べた鍋は最高だった。体の芯までポカポカだ。
まあ、紫色の大根を擂り下ろしたから、「紫色のみぞれ」って言うなかなか強烈なビジュアルではあったが…。
「?」
おっと。晩ご飯の味を思い出してる場合じゃなかった。
「具体的に言うと、この、土属性の魔鉄で作ったアーティファクト『土の腕輪』。私の鉄を出し入れできる収納袋の中身を披露しようかと。」
「「「!?」」」
「その中にもヤバい物入ってんのかい!?」
「またおかしなことを…。」
「あ、いえいえ。髪留めみたいに何かが入っているとかでは、ないです。
単に、中の『構造』を見ておいてほしくて。」
「そうかい…。」
「…。構造?」
「はい。魔鉄を加工する上で色々と工夫してあるんですよ。『魔法刻印』とか『魔法紋様』とかを模したりしてて…。深紅の魔鉄をアーティファクトにする時にプラスに働くはずなんです。互いの認識を共有させておくと効果が安定する、的な…。」
「…。なるほど、な…? (焼き石調理に、炬燵。もう、十分な気もするが…。)」
「えっと…、なんで僕にも見せるの…ですか?」
「魔法刻印の学びに役立つかな、って思いまして。かなり自己流な上に無茶苦茶な魔法式なので、あんまり参考にはならないでしょうけど。」
「へー…。(テイラさんのアーティファクトかぁ。面白そう、かな…??)」
「顧問さんには今までのお礼として。前に見せた『足の半輪』は単なる子機──端末?の装置でしたから、親機──本体であるこの土の腕輪なら、多少は見応えがあるかも──」
「是非とも! お願いしましょうぞ!」
「あ、はい。」
「そんな大事な物を分解して問題ないのかい?」
「元から分解できる構造してるんで大丈夫ですよ。人造のアーティファクトもどきなんで、調子が悪くなった時の為に自主点検できる様にしてあるんです。
まあ、今のところ錆びることも、効果が変質することも見受けられませんがね。」
私は左の腕輪を外す為に、腕輪の内側に付けている固定用の中空鉄を収納して消す。残った外側の橙色の円環がアーティファクト本体部分である。
そろりと左手を抜けて、金属の円環を炬燵の天板の上に置く。
表面の彫り模様が皆に見える様にしばらく時間をおきつつ、解説を入れる。
この模様は『土』の字を曲線で描いて複数繋げた構成になっている。1番外側だから魔法効果は二の次で、強度重視のオール魔鉄製である。
実はこのアーティファクトは三重の円環になっている。
全体を覆っている橙色魔鉄を形態操作で切れ目を入れ、内側の円環をゆっくりズラし露出させていく。ちょうどバームクーヘンの層を1つだけ動かす感じだ。
「これは…。」
「見事、ですな…!」
「綺麗ね…!」
円環の内面が見えると同時、感嘆の声があがる。
中から現れたのは、黒い鉄の円環の表面に橙色のキラキラ文字が散りばめられた光景だ。夜空の星の様に見えたのかも知れない。私もこの輝きは好きだ。
久しぶりに開いたが、特に変質したりひび割れたりした所は無さそうである。
「この内側の円環が、アーティファクトの基盤部分、収納魔法を再現する中枢部になります。
見て分かる通り、土属性魔力の塊である橙色の魔鉄を細く小さく加工して、鉄に嵌め込んでいます。魔力を弾く呪いの鉄を絶縁体代わりにすることで──魔鉄の列を擬似的な魔力回路に、見立ててます。
また、配置した魔鉄も、『魔法刻印』──『骨文字』を形づくることで効果を高めています。」
『土』『鉄』『収納』『体内』『血液』。魔鉄で書かれたそんな漢字達が、川の流れの如く蛇行しながら円環表面に所狭しと並んでいる。
「刻印の配置そのものが、紋様になっておるのか…。」
「はい、その通りです。『木』の『枝葉』を連想する形にして、金属の移動を植物の成長と関連づけて。さらに全体で『円』にすることで、体の内側と外側を繋ぐ『門』に見立てて物を出し入れしてます。」
「『立体紋様』…、と言う訳ですか…。」
「まあ、そんな大層なものではないと思いますが…。
『収納魔法』と言っていますが、一般のそれとは趣がかなり異なると思いますし…。」
魔鉄も呪いの鉄も、元々は血液──「体の中」に在るべきもの、だ。
なので「自分の血液で出来た物をそのまま体内に戻す」イメージを、収納魔法として無理やりに確立させたのが、この腕輪に刻まれた魔鉄の文字の効果な訳だ。
亜空間を作りだしそこに物を放り込む仕組みの収納袋とは基礎理論からして異なる。
「そして、効果をさらに高める為に、同じ構造の円環がもう1つ有ります。」
ズズズッと最も内側の層部分も引きずり出す。
「こんな感じで、2つの円環を重ね合わせてます。1つの時より収納量が増えましたので、効果は有るはずです。まあ、厚みと重さ的に三重が限界だったので容量を際限なく増やすことは無理でしたが。」
解説はこのくらいにして、皆がよく観察できる様にしばらく放置する。
炬燵に入らず離れた所に座っているシリュウさんには、片方の円環を手渡そうと思ったのだが、「十分見える。大丈夫だ。」と断られた。
まあ、無理強いする必要はない。深紅の魔鉄を加工する時にきちんと相談しながら作業すれば、そこそこの物はできるだろうし。
「…、(なんと精緻な構造じゃろう…。自ら魔力を放つ金属を、この大きさに加工して魔力回路を構築するなど…。)」凝視…!!
「…、すご…。(画数も多いし、何より小さ過ぎる…。文字の力ってすごい…。)」
「…、(これを作るのは相当な手間隙がかかってるね。シリュウの魔力のアーティファクトが無尽蔵に増えてくなんてことは…、無さそうかね…。)」悩ましげな顔…
「凄いわね、ほんと…。(テイラちゃんとお友達は、どれだけ血を使ったのかしら…。)」心配そうな顔…
「…。ああ。(俺の魔鉄とやらも、ここまでのことができるのか…? テイラを支える道具が出来ると助かるが。)」思案顔…
十人十色の表情で私のアーティファクトを眺めていた。
パソコンの電子基盤をイメージして作っているから、正しく異次元の構造だろう。なかなかに取っ付きにくい物体だと思う。
「とまあ、こんな感じです。お目汚しでした。」
皆が満足した雰囲気になったので、いそいそと片付けに移る。
円環を重ねて、魔鉄で閉じて、腕に通して中空鉄を内側に展開──
「なんのなんの…、感服しましたぞ。」
「ああ。面白かった。」
「とても綺麗で良かったわ。テイラちゃん達の努力の結晶を、見せてくれてありがとうね。」
「まあ、はい。そうですね。命より大切な物です──」
コンコンコン!
「歓談中にすみません。よろしいですか?」
扉の向こうから声がかけられた。この声はリーヒャさん?
「む? リーヒャか。」
「はい。
そちらにテイラさんはいらっしゃいますよね?」
「はい、居ます。」
「来客の方が来ています。」
「…え? 私に来客、ですか??」
もう日が落ちた、こんな時間に…? ウルリが忘れ物したとか──って感じじゃないよね。
「はい。それが貴族の遣いだと言っていまして──バンザーネ、と名乗られました。」
は?? おバカ侍女が訪ねてきてるぅ??
いったい何しにきやがった…。
次回は15日予定です。




