241話 炬燵と魔鉄エンジン
コトコトコト…
黒い薬缶から、水が静かに沸騰する音が響いている。
丸い魔鉄を組み込んだIHヒーターもどきは、その機能を十全に発揮していた。電気コードの位置もガスボンベの残量も気にしなくていい便利さに、ほとほと感謝である。
コンコン! コンコン!
そんな暖かさと潤いの満ちた部屋にノックを音が飛び込んだ。叩き方的にシリュウさんじゃなさそう。
「どうぞー。開いてます。」
「失礼します。」
「ただいま戻りましたですじゃ。」
「お帰りなさいです。顧問さん、トニアルさん。」
「シリュウから、皆、炬燵部屋に居ると聞きましてな。早く準備しましたな。」
「ええ、私にはもう十分寒いんで。皆さんに手伝ってもらって設置しました。」
「町中でも気温が下がりはじめましたからなぁ。」
この町は貴族達の魔力を注ぎ込んだ結界で覆われている為、外の寒気が直接入り込むことはない。しかし、それでも十分に冷えてきた。
大陸の北に位置するこの町では、各家々で暖房器具が準備される。暖炉や魔導具のストーブなどが一般的らしいが、このお屋敷には「掘り炬燵」の専用部屋があった。そこをミハさん達に手伝ってもらい、掃除をして使える様にしたのである。
この部屋は中央が1段高くなっていて、その中央に足を入れる四角い穴、それを覆うテーブルと掛け布団が置かれている。
そして横長の座椅子が4つ、炬燵の周りに配置されており、入り口側の1つ以外には現在使用中だ。
「母さん…? ダーちゃん…? 寝てるの??」
「…、」zzz…
「トニアル~…、お帰りなさい~…。」
上座に座るダリアさんは腕を組んだ状態で、座椅子の背もたれに体重を思いっきり預けて爆睡している。外套を掛けた時も起きなかった。お疲れのお父さん感がバリバリである。お婆ちゃんなのにね。
私の対面に居るミハさんは、足を炬燵に入れたまま座椅子をベッドソファにして横になっている。起きてはいるものの、今にも寝落ちしそうなほどトロンとした声色だ。
「ただいま。随分、脱力してるね。」
「ダリアも、ここまで深く眠っとるのは珍しいのぉ。」
「トニアル、父さん…、これ、凄いわ~…。とっても気持ちいいの…。」
「良かったら、お2人も入ってみてください。どんな塩梅か感想を聞きたいので。」
「では。」
「はい。(炬燵ってそんな良いものだったかな?)」
2人は段の一部を外して中央へと進み、入り口側の座椅子に仲良く座った。土足で炬燵に入るなんて日本では考えられない摩訶不思議文化である。自分で経験しても慣れる気がしない。
自室用に小型炬燵を作るかな? ベッドの上で使える様に…、いや、それなら「湯たんぽ」もどきを作る方が楽かな?
「ほほ。これは温いですなぁ。」
「本当だ。温かい風が良い感じに当たるね。」
2人から歓声あがる。お気に召してもらえたらしい。
「む? 中に有るのは火鉢ではないですな。魔導具ですか。」
「いえ。魔導具じゃありません。」
「火魔力を感じるのですが…?」
「あれ…? これって、シリュウの??」
「なんじゃと?」
「ふっふっふっ。流石、トニアルさん。よく分かりましたね。そう! この炬燵のメインパーツは! シリュウさんの魔鉄です!」
「「!?」」
そう! 発熱する金属「深紅の魔鉄」を改良し、ついに夢の暖房器具「炬燵」アーティファクトが完成したのだ!!
「魔鉄をですね…、こんな風に配置してまして──」
構造は簡単。電熱線代わりの棒状魔鉄が2本、その中間に気流を生み出す「回転羽根」があり、耐熱性の高い火魔猪の毛皮を組み込んだ金属網がそれらを覆っている。
魔鉄棒から発生した熱を、ファンから出る柔らかな風が炬燵布団の中に巡らせる仕組みだ。前世で実家の炬燵を掃除の為に何度も分解していたおかげで、構造を覚えていたから、物はすんなり作れた。
苦労したのは、ファンの「動力」だ。電気もないし、魔法も使えないし。風の髪留めを構成している「緑色魔鉄」を削って移植する手段は、流石に選べなかったし…。
それを解決したのが、これまた「深紅の魔鉄」だ。火魔法の「加速操作」を応用することで、物理的な移動の力を発生させられることに気づいたのだ。まあ、私が起動させても、もの凄く弱い力しか生じなかったんだけど。
どのくらい弱いかと言うと、魔鉄の上に乗せた薄い紙を僅かに浮かせる程度の出力だった。探査機「ハ○ブサ」のイオンエンジンかっての。
それでも物理的な力を生み出すことに違いはない。それを利用して、回転運動を起こす装置を組み上げた。
薄くて軽い円形羽根を作り、そこにこれまた薄くカットした深紅の魔鉄を8枚、渦巻く様に中心軸から傾けて設置した。そして付箋の様な形の魔鉄の一端から、ジェット噴射のイメージで火魔力的な何かを吹き出させてやれば回るのだ。ちょうど、ネズミ花火の如く。
私は、この装置を「魔鉄エンジン」と名付けた。今はこの程度だが、刻印や紋様で「加速操作」の魔法式を付加してやればそれなりの出力を生むだろう。人力車を魔力自動車にアップグレードできる日も来るかも知れない。
魔鉄の起動・出力調整は、私とシリュウさんにしかできず他人には扱えないから、私達の専用アーティファクトだけれど。
「なるほど! 凄いですな!」
「ダーちゃんの風魔法じゃなく、おじさんの火魔力で羽根車を回して、風起こし…。凄っ…。」
「シリュウさんが血を提供してくれたおかげですよ。」
「いや、テイラさんが凄いよ。手先も器用だし。魔鉄だって、呪い──(の力で)──」
トニアルさんが私を褒めだしたと思ったら、口を開けたまま固まった。
「ん? なんか、言葉が── あれ?喋れる??」
「む? お主、何を言おうとした?」
「だから──魔鉄って、テイラさんが、おじさんの魔力を──(呪って)──」ポウ!
トニアルさんの言葉が再び途切れると同時、彼の首周りに炎が出現した。
「え!?」
「何これ?」
「口に出すのを止めなさい。誓約の警告じゃ。」
「あ、そっか!」
「誓約!? 大丈夫なんですか!?」
「無理に喋らぬ限り問題ありませぬ。直に収まりますじゃ。」
数秒じっとしていると、炎はスッと消えた。パッと見、火傷とかにはなってなさそう。
「でも、なんで??」
「テイラ殿の秘密を喋ろうとしたからじゃろうな。」
「え、でも、母さんもダーちゃんも知ってることだよね?」
その通りだ。そもそも2人とも寝てるかボーっとし──
「あ!! ごめんなさい! この部屋の中に部外者が居ました!」
私は慌てて炬燵の掛け布団を捲り、隣に居る人物を確認する。
そいつは体のほとんどを掘り炬燵内部に入れており、座椅子のクッションの上に顎を乗せて、鼻先だけが外に出ている状態だ。
「…、ん~…? にゃあ~…?」
「え。ウルリ姉…?」
「がっつり潜っておられるな…。」
そう、猫耳モードのウルリである。
とてつもなくだらけきった表情だ。目は閉じて耳もペッタリと伏せている。正しく、垂れウルリ。完全に存在を忘れていた。
「ちょっと、ウルリ。話、聞いてた?」
「…? なぁに~…?」ねむねむ…
「うん、まあ、何でもないよ…。」
どうやら、何も気にしてないっぽい。一安心である。
私が呪い持ちとは知ってるけど、「呪いを利用してアーティファクトもどきを創れる」ことは教えてないからね。危うくトニアルさんにまた迷惑をかけるとこだった。
「ウルリ姉──んん。ウルリさん。何してるの…?」
「…、炬燵、めっちゃ、良いの…。」
「体調崩してた私を心配して来てくれたんですけど、炬燵に誘ったらこうなっちゃって…。」
猫に炬燵は、ベストマッチだった訳だ。上級冒険者としての体裁や女としての尊厳すら捨てた堪能っぷりであった。明らかにダメ人間と化している。
「ウルリ。そろそろ、お店に帰ったら? 皆、心配してない?」
「…、私…、テイラん家の子になる…。」
「ここは、顧問さんの屋敷だし。自分より年上の娘とか勘弁なんだけど。ウルリ先輩?」
「…、テイラおねぇちゃん…。」むにゃむにゃ…
「誰がお姉ちゃんだ。」
「…、ふにゃあ~………。」ふわふわ…
「…寝ぼけてやがる…。
これは炬燵のスイッチを切るしかないか…?」
こんな風にだらけられる程、女主人さんの容態が安定したってことなのだろう。まあ、良いことだ。
炬燵の魔力は異世界でも同じと言う事実に、なんだか安らぎを感じる。
シリュウさんとカミュさんは、寒い中、庭でぐるぐる回転して遊んでるし。ウルリは炬燵で丸くなっている。今は終秋節、体感的にはこの世界の11月くらいのはずだが、日本のお正月みたいだ。
実に、平和である…。
次回は12日予定です。




