236話 多分これは、魔鉄の性能実験に違いない
草原に展開した、鉄の家の中。
風は防ぐものの、その熱伝導の高さから防寒性能はあまり高くない金属で囲まれた空間は、熱気に満ちていた。
ジュウゥゥゥ!!
「深紅の魔鉄」を埋め込んだ巨大鉄板が、唸りをあげている。
1メートルはある鉄プレートの片側に、熱を発する魔鉄が嵌まっておりその周囲は高温に、反対側は比較的低温に、と言った具合になっている。
強火で表面を一気に焼き上げた土魔猪の薄切り肉が、低温部へと運ばれじっくり火を通されて、シリュウさんの口の中へと消えていく。
その上では、完全に流れ作業の光景が繰り広げられていた。
魔鉄は1度起動すれば、外部からの魔力供給無しに延々と発熱状態を維持できる為、薪を足すことも集光鏡の角度調整も必要ない。ただ肉を適当なタイミングで移動させるだけ。
流れ出る脂は四方の溝に流れ込む様に微妙な傾斜も付いてるし、やけど防止に鉄板の縁は熱が伝わりづらい工夫を施した構造にしてある。アーティファクトにすらなっていない魔鉄の能力そのままな巨大ホットプレートだが、機能は大丈夫そうだ。
シリュウさんは「温度も相当細かく調整できる…! かつてない感覚だ…! テイラの手先の器用さが乗り移ってるみたいだな…!」と、やたら早口で長い褒め言葉を何度も言っていた。完全に「クリスマスプレゼントを貰った小学生」だった。
その嬉々とした様子に呆れ果てた私達は、シリュウさんから距離を置いて黄昏ている。
今、昼間なんだけどね…。
顧問さんもダリアさんも、シリュウさんが反応もなく呆けてたのは異常だ、大人しく様子見すべきだと進言し続けたのだが…。“暖簾に腕押し”、“馬の耳に念仏”、“馬耳東風”って具合に相手にされなかった。
「すみません、顧問さん、ダリアさん…。」
「あんたが謝ることねぇだろ…。」
「あれを創ったって意味では、共犯者ですから、私…。」
「シリュウもなかなか頑固じゃからなぁ…。どうしようもないのぉ…。」
「あの馬鹿はともかく。あんたは、大丈夫なんだね?」
「はい。運動系に支障もなく、痛覚・知覚も問題無し。アーティファクトも通常通りに起動できますし、〈鉄血〉の発動も生成鉄の操作も、変化は無さそうです。」
「ほっほっ。万全ですな。」
私の申告に納得したらしいダリアさんは再びシリュウさんの方に目を向ける。
「シリュウの奴も、あの様子なら放っておくしかねぇだろうし…。町への伝達もやったし…、しばらく様子見かね…。」
ここにゴウズさんは居ない。門の方に伝令に行ってもらって、そのまま向こうで待機させている。うん。本人の精神衛生的にも正しい判断だったと思う。この光景は少し、心に謎のダメージを与えてくるからね。
「まあ、シリュウさん、幸せそうではあるんですがね…。」
念願の、自分の魔力で操作できる調理器具だから、然もありなんと言うやつだ。
レイヤの火の魔鉄は、体温を高める効果くらいはあったけどそれそのものが熱を持つことはない。そんなだったら手首を火傷するし。
それと違ってシリュウさんの深紅の魔鉄は、肉に火を通せるほどの火力で自ら熱を放出している。私が触れて、どのくらいの効果を起動できるかは定かではないが、全く系統の異なるアーティファクトを作成できるだろう。
様々な工夫が必要だろうが、暖房器具にも応用可能なはず。最悪、「懐炉」くらいの効果があれば、防寒着と合わせてこの地の冬を乗り越えられるだろう。
なかなかに夢が広がる。
シリュウさんにとっても、私にとっても、両方に益の有る不思議物体だ。期待感はもちろん有る。
ジュウゥゥゥ!!
もぐもぐ!! もぐもぐもぐ!!!
「「「…、」」」
有るけれど…。
なんだろうな、このやるせない感じ…。
〈呪怨〉で創った不思議金属の上で、肉が焼かれている、この状況…。
普段やってることと大差無いと言われたらそれまでなんだけども…。
まあ、「真っ赤な溶岩を生成し続ける」とか「周囲の物質を結合分解で破壊しまくる」みたいな性質のヤバい物にはならなかっただけ全然良いんだけど…。
3人でシリュウさんを見ていると、トングで肉を掴みながらこちらに目をやった。
「テイラ。こっち来て、食ってみないか?」
「…。…。はいっ!!」思考放棄!
まあ、いっか。私にも扱えるだろう超便利物体の誕生を祝うとしよう。
わぁ~い、ホカホカお肉だ~…!
美味しい~…。火の通りが完璧~…!(現実逃避)
「…、」優しい諦め…
「…、」呆れの眼差し…
ダリアさん達の視線を無視しながら肉をつついていると、すぐ横のシリュウさんが、2人には聞こえないくらいの声量で呟いた。
「テイラ。あとで、話がある。テイラの〈呪怨〉について、だ。割りと重要な話かも知れん。」
……。
……いきなりのマジモードはマジ勘弁してくれません…?
次回は24日予定です。




