235話 気付けと真紅の魔鉄
バジジジジジジジ!!
鉄のお盆の上、私とシリュウさんの血が有った場所に、真っ赤な『金属』が存在していた。
猛烈な勢いで、赤い稲妻を噴水の如く放出している。
私もシリュウさんも突然の事態に、座ったまま硬直してしまった。
『何呆けてんだい!! 早く離れな!!』
風に乗ってダリアさんの怒声が響いた。
ぼーっとしてる場合じゃない!
と、とりあえず鉄操作!!
当初予定していた初期対応を思い出し、鉄の台を変形させて、お盆を包みこむ鉄のドームを形成する。
魔力を弾く鉄だから、シリュウさんの異常魔力が由来の魔法現象でも抑え込めるはず。後は分厚い鉄の固さがシャットアウトしてくれるだろう。
帽子とマフラーの隙間から露出させてるアーティファクトは何の反応もしていないから大丈夫だとは思うが、自分のとは言え〈呪怨〉が引き起こす現象相手に油断は禁物だ。
ドームが閉じたのを確認して、素早く離脱を開始──
シリュウさんが呆けたままだ!?
赤い閃光が物理的に見えなくなったにも関わらず、鉄のドームを凝視したまま微動だにしない。
なんか呪いでヤバいことになっちゃった!?
「シリュウさん!? シリュウさーん!?」
「──」
肩を掴んで揺すっても反応がない。
椅子から落ちたりはしない辺り、無意識に力が入っているっぽいが、これは不味い…!
「と、とりあえず! 失礼します!」ガッ!
シリュウさんの脇の下に肩を入れ、腰を抱えて持ち上げる。とにかく一旦、離れよう!
つーか、シリュウさん、軽っ!? ガチで小学生くらいの体重なんすね!?
──────────
鉄の台から数メートル離れた所で、駆け込んできたダリアさんと合流した。
シリュウさんを下ろす。
「状況は!?」
「不明です! 『魔鉄』の創造がいきなり発動しました! そしたら、シリュウさんが反応しません!!」
「おい!? シリュウ!?」ガシ!ガシ!
「──」
地面に立った状態になっても、シリュウさんは反応を返さず、「魔鉄」が有った方向を見つめたままだ。
夢遊病者の様な姿は、文字通り目を開けたまま気絶でもしているかのよう。
「ああもう! 目ぇ覚ましな!!」ブンッ!!
「うっわ!?」距離をとる!
ダリアさんが竜骨の棍棒を振り上げ、シリュウさんの脳天に向かって振り下ろした。
ゴンッ!!!!
凄まじい音が鳴った。
しかし、変化はない。首が曲がってもないし、背骨も足もそのままだ。地面にすら、陥没もひび割れも無い。
「ちっ! 身体強化も地面の硬化も発動してやがる! 生きてはいるみたいだねぇ…!」
「シリュウさーん!? 呪いでヤバいですか!? 頭、大丈夫ですかー!?」
「──」
何の手立ても無いままシリュウさんに呼び掛けていると、ダリアさんから遅れて顧問さんとゴウズさんが駆け付けてくれた。手早く事情を説明する。
とは言え、シリュウさんの正気を戻す方法が分からない。あ、顧問さんと初めて会った時──
「そうだ! シリュウさんのぉ、食いしん坊! 『ホーンヌーン』で! 『イラド』のガキィ!!」
「おい!?」
シリュウさんのトラウマだか嫌悪感マックスだか知らんが、無視できない言葉の羅列作戦!!
「──」ピクッ…
「あ! 反応した!? シリュウさーん!? 聞こえますか!?」
「──」シーン…
「駄目みたいじゃの…。」
「くっそぉ! 悪口なら届くかと思ったのに…!」
「いきなりヤベェこと口走るんじゃないよ!? シリュウがぶちキレたら終わるだろうが!?」
「あ、あの! 一先ず回復ポーションを掛けてみては!?」
「いや、1度距離をとって横にさせよう──」
「それよりも水だよ! 冷水ぶっかけてやれ!!」
「そうか! アクア!!」マント内から取り出す!
シーン…
「アクア! お願い!! シリュウさんがピンチなの!! お水お願い!!」
パカッ… 触手がニュッ…
「あ!」歓喜…!
触手ゆらゆら… 引っ込んで…
再びの──蓋閉じ…
「ちょおい!? アクア!? アクアー!?!?」
起きて応えてくれたのに、何故か何もせずに戻ってしまったアクア。
私の言葉分かってるんでしょ!? それともシリュウさんがこんな状態だから、あんたまでバグってんの!?
その後もいくら呼び掛けても出てきてはくれなかった。
仕方ないので、マントの内側から水筒を取り出し、中身のお湯全部をシリュウさんの頭の上から掛けたが結局反応はなかった。
飛び散った飛沫が私の顔に掛かっただけである。保温してあったから冷たくはないんだけどさぁ…。
ダリアさん達の頑張りを横目に見ながら、頭を回す。
さっき確かに悪口には反応したから、意識はギリギリ有るはず。私の〈呪怨〉でシリュウさんが植物人間になるとか、想定外も想定外だ。そんな悪夢は流石に勘弁である。
〈呪怨〉… 悪口… 呪われた亡国… 夢現… 意識… 覚醒…
「だあああ! 面倒くさい! とっとと起きろぉっ!!」ブウンッ!!
極薄鉄で作成したハリセンを握りしめ、シリュウさんの顔面にぶち込む!!
〈呪怨〉で意識がおかしくなってるなら、何かしら弾き飛ばせぇ! そんな感じでよろしくぅ!
バヂィ!!
「──痛てぇ!?」
「シリュウさん!?」やったか!?
「「シリュウ!」」
「ご無事ですか!」
「…。あ…? テイラ…? ダリアに、イーサン、堅物野郎…?」鼻をさすりさすり…
「大丈夫ですか!?」
「何してたか分かるかい!?」
「体に不調は!?」
「あ、ああ…、大丈夫だ。何があった…??」困惑と顔の痛み…
「…、(『堅物野郎』、ですか…。)」少し遠い目…
──────────
「そんなにか。」
「ああ。5分は固まってたね。」
「本当に体は大丈夫なんじゃな?」
「ああ。問題ない。」
「大丈夫には見えなかったけどねぇ…。」
シリュウさんがバツの悪そうな顔で私を見る。
「悪い、心配かけたな。」
「いえ、私の意味不明な呪いせいで、本当にごめんなさい…。」
「俺が呆けてたのが悪いんだから、謝るな。感覚としては1秒も経ってない認識だったが…。」
シリュウさんがドームの方を見つめて、歩きはじめた。
「シリュウさん!?」
「『魔鉄』の確認に行く。」
「いやいや!? しばらく休憩しましょう!?」
「そうだよ。あんたにしちゃ有り得ない状態だったんだよ?」
「なんなら今日は引き上げて、明日にでも──」
「大丈夫だ。なんとなくだが、目当ての物が出来てるって確信がある。悪いことは起きねぇよ。なんなら、お前らも付いてこい。」
困惑する皆を余所にシリュウさんはズンズンと歩いていく。警戒しつつも、私を先頭に後に続いた。
近くまで来ても特に異常は感じない。
シリュウさんが、台の上の鉄の覆いに手を触れる。
「あ、シリュウさん、今開け──」
──開けますから待ってください、と言うつもりだったが言葉を続けられなかった。
バキリッ! ゴン!
鉄の半球が、卵の殻を割るが如く2つ裂けて、地面に落ちる。
わ、私の呪いの鉄を…破壊した…? いや、むしろ今のは鉄の形態操作…??
中の真っ赤な「魔鉄」が姿を見せる。手のひらよりは大きい、6角形の薄い金属の板がそこに在った。
赤いスパークは止んでおり、その美しいまでの深い赤の光沢が静かに煌めいている。
驚愕している私達には目もくれず、深紅の魔鉄に触れるシリュウさん。「良しっ!」と弾んだ声をあげ、懐から何かを取り出す。
あれは──お肉??
鉄の皿に乗った、魔猪の薄切り肉だ。鉄トング付き。
え゛っ、もしかして──
シリュウさんが、薄切り肉を魔鉄の上に乗せた。
ジュウゥゥゥ!!
途端、お肉の焼ける良い匂いが、辺りに漂う…。
「良っしゃあ! ちゃんと焼けてるぞ!!」テンション爆上げ!!
「「「…、」」」
「『IHヒーター』…、完成していたと言うの…。」
夢の「魔導コンロ」が手に入りました…??
次回は21日予定です。




